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緊急避妊薬の販売、気をつけることは? 薬剤師向けの動画が公開

処方箋なしで薬局で販売することが検討されているアフターピル。でも実際に販売する時に薬剤師は何に気をつけたらいいのでしょう? 学習動画を作った京都大学の薬剤師と産婦人科医に狙いを伺いました。

避妊の失敗や性暴力による望まぬ妊娠を防ぐために性交後に飲む「緊急避妊薬(アフターピル)」。世論の高まりも受けて医師の指示なしでの薬局販売が実現に向けて動き始めている。

しかし、実際に販売するとなったら何に気をつけたらいいのか、不安に思う薬剤師も多い。

京都大学SPH薬局情報グループは、薬剤師向けのアフターピルの学習動画を11月6日から公開した。

産婦人科専門医の池田裕美枝さんがアフターピルの基礎知識や処方を希望する人にどう対応すべきか解説し、同志社女子大学助教で薬剤師の西村亜佐子さんが質問していく内容だ。

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この動画を作ることを発案した京都大学社会健康医学系専攻健康管理学講座健康情報学の特定講師で薬剤師の岡田浩さんと、同大学院の博士過程に通う池田さんに狙いを伺った。

大事な対応が抜けないように ポイントを解説

動画は17分のロングバージョンと10分のミニバージョンがある。「緊急避妊薬販売 薬局で働く皆様へ」というページから入ると、どちらかにランダムに振り分けられる。学習効果はどちらが高いか、事前事後のアンケートで検証もする予定だ。

まず伝えるのはアフターピルの基礎知識。

72時間以内に飲むと、妊娠の可能性は85%低下する。性交からの時間が早ければ早いほど、妊娠を避けられる確率は上がるのでスピードが大切だ。産婦人科がなかなか探せない人が薬局での販売を求める理由だ。

「ドラッグストアチェーンは夜の遅い時間も、土日も開いていることが多いので車を飛ばせば手に入れやすくなります」と岡田さん。

手に入れられる機会が増えれば、急いでいる時に処方してくれる産婦人科医を探す手間や不安もなくなる。

池田さんは薬局で処方する時の注意点としてまず、プライバシーを守れる環境があるか職場を確認するように語りかけた。池田さんが最初に気になったのがその点だったからだ。

「診察室では『セックス』という言葉も普通に使えるし、『コンドームつけていましたか?』とストレートに聞けます。そういうことを話す場だという雰囲気がある。でも薬局はおじいさん、おばあさんが並んでいるイメージがあって、そこでセックスについての受け答えはできるのだろうかと思いました」

「他の人に聞かれるかもしれない場で緊急避妊薬をくださいとは言いにくいものです。文字を指差す、カードを提示するなど非言語的な意思表示の仕組みを作っていただけると女性は助かると思います」

独自に開発した問診票で抜けがないように

病院で働いてきた池田さんは薬局の薬剤師がどのように働いているかわからない。薬剤師と相談しながら何を伝えるのが必要か一緒に考えていった。アフターピルについて啓発活動を続けてきた産婦人科専門医たちにも意見を聞いた。

そして、希望する人に処方する際に確認した方がいい6つのポイントを動画で伝えている。確認すべきことに抜けがないように、話し合いながら作った問診票もダウンロードできるようにしてある。

  1. 性交があった時間の確認
  2. 妊娠が心配な理由の確認
  3. 性感染症について
  4. 現在妊娠している可能性の確認
  5. アフターピルを飲んだ後に避妊する必要性の説明
  6. アフターフォロー


性交後72時間以内なら、アフターピルをすぐに飲んでもらうのが効果的だ。だが、それ以上になるとどうか?

「72時間以上120時間以内だと、産婦人科で銅付加IUDという子宮内に入れる避妊用器具を入れる方が妊娠を防ぐ効果が高くなることを情報提供する必要があります」と池田さんは解説する。性交からの時間を聞き取り、必要ならば産婦人科に紹介することも必要だ。

さらに妊娠を望まない理由に、性暴力が隠れている可能性がある。

「そのつもりがないのにセックスされたというのは性暴力に当たります。警察に届けるようなことではないと本人が思っている場合でも性暴力被害として支援してもらえる可能性があります。その場合、緊急避妊は公費負担で無料になります」

不安な理由をきちんと聞き取り、性暴力にあった人を支援する「性暴力被害者支援ワンストップセンター」の共通ダイヤル「#8891」を伝えることも医療職として必要な対応だと伝える。

岡田さんは、「薬局で薬剤師をしていると、性に関して更年期障害やED(勃起障害)、PMS(月経前症候群)を相談されることはよくあるのですが、望まぬ妊娠の相談を受けることはほとんどない。性暴力の可能性も考え、支援する情報を医療専門職として知っておくべきだと考えました」と狙いを話す。

妊娠の可能性のある性交があれば、性感染症へ感染している可能性もある。検査できる医療機関や保健所について情報提供することも大事だ。

さらに、アフターピルには重い副作用はないが、万が一飲んでから2時間以内に吐いてしまった場合、もう1錠飲むことが勧められている。妊娠の可能性も0ではないので、3週間経っても月経が来ない場合は妊娠検査をすることも勧めている。

「こういう場合は?」薬剤師からの質問

産婦人科医の解説後に、薬剤師の西村さんがさらに「こういう場合はどうすればいい?」と質問をするやり取りがある。

「薬局で性の話題を話す時に気をつけるべきことは?」「アフターピルを出してはいけない病気は?」「もし妊娠してしまった場合、胎児に与える影響は?」「将来の妊娠や出産に与える影響は?」などかゆいところに手が届く内容だ。

岡田さんは「僕のような中年男性ではなく、女性で薬剤師という当事者の人が話さないと説得力がない。真に自分ごととして捉えている人が尋ねているので、伝わる内容になったと思います」と話す。

「任せられない」 薬剤師自身も不安に

医師の指示なしでの薬局販売は決定したわけではない。それでも、先んじてこうした動画を作ろうと思った理由は何なのか?

「内閣府が薬局販売の方針案を示した翌日に、研究室の産婦人科医から、産婦人科医の内輪のSNSの発言が送られてきたのです。『自分たちは性感染症の検査から妊娠チェックまできめ細かく対応しているのに、薬剤師なんかに任せたら性暴力も見逃してただ売るだけになる。そんなに危険なことを許してはいけない』と批判する内容でした」

岡田さんの心には火がついた。「薬剤師はもちろん医師の指示なしでの販売を担える」。でも、周りの薬剤師からは「正直、アフターピルを販売するのは怖い」という声も聞こえてきた。

「『薬局で性暴力に対応したこともないし、性感染症のことも説明しにくいし、立ち入ったことはなかなか聞けない。緊急避妊薬って危険な薬と医師から聞いている』と薬剤師自身が不安に思っていたんです」

オンライン診療で緊急避妊薬が処方されるようになり、医師から処方箋が出た時に、販売する薬局は研修を受けなければいけない。

「『薬剤師が自分で判断するのは危険だから、とにかく産婦人科医に紹介しなさい。薬局で販売する薬ではない』と研修で産婦人科医から言われた薬剤師もいます。自分で扱うには大変な薬だと医師に言われて、怖がっている薬剤師が多いのです」

それならば専門職として十分な知識を身につけなければいけない。適切な情報にアクセスして学ぶことができるようにしたい。すぐに同じ教室の池田さんや西村さんに相談し、翌日には今回の動画プロジェクトが動き出した。

自信を持って対応してもらうために

アフターピルの処方箋なしの薬局販売については、先日、日本産婦人科医会も反対意見を表明したばかりだ。一方、緊急避妊薬を普段から処方している産婦人科医たちは、「患者さんが手に入れやすくした方がいい」と賛成する

池田さんは、薬剤師の学習動画に関わった理由をこう話す。

「医療はトップに医者がいて、周りに薬剤師や看護師などのコメディカルがいて、その下に患者さんがいる構図に往々にしてなってしまっています。でも、情報を医療チームと患者さん皆で共有して、一丸となって向き合っていく方がいい」

「薬剤師も医師の顔色を伺うのではなく、自分の考えで動き、自分で責任を取るプロフェッショナルな働きをすることが患者さんのためになるはずです。アフターピルについても当事者の薬剤師は戸惑っていて、自分たちがどうしたいか聞かれもせず、『あなたたちにはできない』と刷り込まれています」

「この構図が嫌なんです。薬局薬剤師さんを勇気付けるお手伝いがしたいと思いました」

薬剤師が行うのは支援する仕事「指導」や「教育」ではない

日本産婦人科医会などは、医師の指示なしでの薬局販売に反対する理由として、「薬剤師では患者の指導や適切な性教育ができない」ということも述べている。

これに対し岡田さんは、「薬剤師が目指すのは患者の自己決定を支援することであって、指導や教育ではありません。専門的知識を提供してサポートする必要はありますが、大人の女性に対して指導する、性教育をするという態度がそもそもおかしい」と反論する。

アフターピルを販売した患者さんに渡すために、5つのポイントに情報を絞った資料も作った。患者が自分の飲んだ薬について学ぶ手助けのためだ。

池田さんも「医師の行為には指導料や管理料という医療費がつけられるので、指導や管理という言葉を患者さんに当たり前に使っています。そんな医者社会の感覚の方がおかしいのです」と話す。

患者さんに渡す資料の裏には池田さんがお勧めするウェブサイトのリンクを貼って、より詳しい情報を知りたい患者が検索できるようにした。

二人は多くの薬剤師がこの動画や資材を活用してくれることを願う。

「医師が反対する理由には、『女性は保護するもの』という父権主義的な感覚があるように思います。薬で困った人がいる時に助けるのが我々薬剤師の仕事だとしたら、全ての薬剤師が知っておくべきことだと思います」と岡田さんは発破をかける。

池田さんも「医師たちが『薬局薬剤師を信用できない』というのも、単にコミュニケーションがないだけなのではないかと思います。薬剤師さんは自分の技能や知識がいろんな人の役に立つのだということをアフターピルをきっかけに知ってほしいし、医師たちも薬剤師が信頼できるパートナーだと理解し、反対する理由をなくしてほしいです」と話す。

【岡田浩(おかだ・ひろし)】薬剤師、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 特定講師

1990年、福岡教育大学卒業。1990年〜2001年、福岡県の小中学校講師、学習塾講師として勤務後、長崎大学薬学部に入学し、2005年に卒業して薬剤師の国家資格を取得。2014年まで内科クリニック、保険薬局で働きながら京都医療センターなどで慢性疾患における薬剤師の介入効果を研究し、2017年〜19年、カナダのアルバータ大学に留学。2019年に帰国し、現職。

著書に「行列ができる薬剤師3☆ファーマシストを目指せ(じほう、2013)、共著に「糖尿病薬物療法の管理」(南山堂、2010年)、「Community Pharmacy: International Comparison」(Nova Publishers、2016年)などがある。

【池田裕美枝(いけだ・ゆみえ)】産婦人科専門医、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野博士課程

2003年、京都大学医学部卒業。舞鶴市民病院、洛和会音羽病院にて総合内科医としての研修終了後、2006年より産婦人科に転向。三菱京都病院産婦人科、洛和会音羽病院産婦人科、神戸市立医療センター中央市民病院産婦人科を経て2017年京都大学医学部附属病院産婦人科特定研究員。2011年リバプール熱帯医学校リプロダクティブヘルスディプロマ、2012年米国内科学会インターナショナルフェローシップによりメイヨークリニックで女性内科研修。2018年より京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野博士課程に在籍。

NPO女性医療ネットワーク副理事長。同志社女子大学非常勤嘱託講師。