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日本の若者に広がる市販薬の乱用 行き過ぎた服薬で死に至る恐れも

薬物乱用というと、違法薬物が頭に浮かぶかもしれませんが、今、若者の間で問題となっているのは市販薬の乱用です。国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部の調査でその実態が浮かび上がってきました。

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部などの調査で、日本の若者の間では違法薬物よりもむしろ、市販薬の乱用や依存が問題になっていることが明らかになった。

若者たちはなぜ市販薬を乱用するのだろうか?

そして今、どのような対策が求められているのだろうか?

高校生の60人に一人が市販薬を乱用

同研究部の嶋根卓也・心理社会研究室長が2022年、4年ぶりに行った「飲酒・喫煙・薬物乱用についての全国中学生意識・実態調査」では、アルコール、喫煙、大麻、覚せい剤、シンナー、危険ドラッグの経験率は軒並み減少している。

「コロナ禍で、休校措置や自宅待機など様々な社会的活動が制限される中で、アルコール、 タバコ、薬物を使う機会が少なくなったことが背景にあると考えられます」と嶋根さんは解説する。これは米国の調査でも同じ傾向が見られる。

ところが、これとは違う傾向を見せているのが、市販薬の乱用だ。

別の調査になるが、「薬物使用と生活に関する全国高校生調査2021」で、「この1年間に、あなたは市販の咳止め薬や風邪薬を乱用目的(治療目的ではなく)で 使用した経験がありますか?」という質問をしたところ、衝撃の結果が現れた。

全体の1.57%、つまり高校生の約60人に一人が市販薬を乱用していることがわかったのだ。

ちなみに「乱用目的」とは、「ハイになるため、または気分を変えるために決められた量や回数を超えて使用すること」を指している。

「2クラスに一人ぐらいの割合で、一般の高校生に市販薬の乱用問題が広がっていることが浮き彫りとなったのです。これはこの世代に一番多く使われている違法薬物である大麻の使用の10倍の割合です」

「現状の予防教育では、違法薬物に関する教育が中心になっていますが、この調査結果を踏まえると、市販薬の乱用・依存についての教育を強化していく必要があるのではないか。実際、国内でも市販薬のオーバードーズ(過量服薬)による死亡例が出ていますので、喫緊の課題です」

孤立している学生に広がる市販薬の乱用

それでは、どんな若者に市販薬の乱用は広がっているのだろうか?

特徴としては、男性よりも女性が多く、インターネットの使用時間が長いなどの生活習慣を持つ人が多い。

また、学校が楽しくなかったり、親しく遊べる友人や相談できる友人がいなかったりと学校生活でも問題を抱え、親に相談できない、大人不在の時間が長い、家族との夕食頻度が少ないなどという、家庭でも孤立した特徴が浮かび上がる。

調査した嶋根さんはこう話す。

「市販薬を乱用する子どもたちの中には社会的に孤立状態に置かれている子どももいるので、どういう風に救い出していくのかが検討課題なのかなと思います」

市販薬のリスクの知識が薄い

若者に乱用が広がっていることがわかったわけだが、対策としては何が考えられるのだろうか?

前述の中学生調査では、薬物乱用についてどの程度の知識があるかも尋ねている。

その結果、違法薬物の乱用による薬物依存については100%近い中学生が理解しているが、市販薬による薬物依存や市販薬の過量服薬による死亡リスクについては理解している中学生は7〜8割とガクッと減る。

嶋根さんはこう語る。

「市販薬のリスクについても予防教育で触れる必要がある。従来の保健体育の授業で予防教育が行われているが、学習指導要領は今の状況にタイムリーではない限界がある」

「乱用防止教室には専門家が呼ばれることがあるが、市販薬の乱用依存なら薬の専門家である薬剤師だと思う。学校薬剤師を中心に教育をやっていくことが実現可能性として高いのかと思います」

処方薬、市販薬の使用が、薬物依存の診療の半分

松本俊彦・薬物依存研究部長は、1987年以降、ほぼ隔年で行っている全国の全ての精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査(2022年)でも、処方薬や市販薬などの合法薬物が乱用されている実態を明らかにした。

調査によると、1年以内に使用した経験がある人(1036人)が使う主たる薬物として「睡眠薬・抗不安薬」(28.7%)がこれまでの調査で初めて最も多くなった。つまり、処方薬がトップになったのだ。

これまでずっとトップだった覚せい剤(28.2%)が今回はそれに続いた。

また、市販薬の割合がグッと増え、2割を占める。

松本さんはこう語る。

「処方薬と市販薬で、薬物依存診療のおよそ半分を占める。これが今の日本の現場であるということです」

高齢者では処方薬、若者では市販薬の乱用が問題に

年代別に見てみると、60〜70代の高齢者で処方薬である「睡眠薬・抗不安薬」の問題が最も多くなっていた。

逆に、10代、20代の若い世代は、市販薬の問題がトップとなった。

「10代ではおよそ7割が市販薬の問題です。子どもたちが乱用している薬物は、簡単にドラッグストアで入手できる薬物になっているということです」と松本さんはいう。

また、1年以内に使用した薬物の経年的な推移を見てみると、覚せい剤は減る一方だが、「睡眠薬・抗不安薬」や「市販薬」が増え続けていることがわかる。

上位4薬物、性別、年代別でどう使われている?

使用の多い上位4つの薬物(覚せい剤、大麻、睡眠薬・抗不安薬、市販薬)の使用状況を性別で見てみると、男性は違法薬物を使う人が多いが、女性は処方薬や市販薬の割合が多いことがわかる。

さらに、年代別に見てみると、10代、20代の若い世代は大麻と市販薬が多くなる。そして高齢になると処方薬が増える。

学歴と職業との関連も見てみると、比較的高学歴の人が処方薬や市販薬を乱用していることが多かった。職業でみると、大麻を使う人は、職を持っている率が高かった。

市販薬で乱用される「咳止め」薬

合法的に手に入る処方薬や市販薬での乱用が広がっているわけだが、それではどんな薬がよく乱用されているのだろうか?

処方薬では、2016年に向精神薬に指定されたエチゾラム(商品名:デパス)の処方日数が30日に制限されたこともあって、睡眠薬としてよく使われているゾルピデム(商品名:マイスリー)の割合が年々増えている。

市販薬では咳止めなどに使われる「コデイン」含有の薬が圧倒的に多い。

前回の調査までは出てこず、今回の調査で新たに浮上してきたのが、「デキストロメトルファン」が入った咳止めだ。

「これが診療の中でも問題になっていて、若い人でも乱用されています。歌舞伎町のドラッグストアでは売り切れ続出になっています」と松本さんは言う。

年代別、性別で見てみると、10代で増えているのがこの「デキストロメトルファン」を含む咳止めの乱用で、女性に多い。

10代で増える市販薬の乱用 生きづらさと関係?

10代の乱用薬物を経年で見てみると、2014年は危険ドラッグが圧倒的だったのが、規制強化で流通しなくなった後は、市販薬が徐々に割合を増していることがわかる。

「2022年では10代の薬物乱用のおよそ7割が市販薬です。ニュースでは『若年者の大麻の問題が!』などと言ってますが、大麻どころではなく市販薬をなんとかしなければいけないのが現在の日本の状況です」

研究グループの一人、北九州市立精神保健福祉センターの医師、宇佐美貴士さんが発表した論文によると、危険ドラッグを使った層はほとんどが男子で非行歴、犯罪歴もあり、途中でドロップアウトしているという人物像だった。

現在、市販薬を乱用しているのは全く違う層だという。

松本さんは「市販薬を使っているのはほとんどが女性で、学業もクリアしていて、非行歴、犯罪歴もない。見た目は良い子だが、ストレスやトラウマに関連するメンタルヘルスの問題や発達の偏りのような生きづらさを抱えています」と説明する。

「おそらく快感を求めるのではなく、つらい気持ちを紛らわせるために、死なないために乱用しているのではないか。そういう意味では単に『ダメ。ゼッタイ。』と声高に叫び、禁止するだけでは問題は解決しません」

対策もそういう現状を踏まえて考えるべきだと松本さんは訴える。

「以前から増加傾向にあった児童生徒の自殺がコロナ禍以降さらに加速しています。2020年には高校生女子が前年比約2倍に、2022年は高校生男子が増加していて、この十代後半が問題となっています」

「埼玉医科大学の上條吉人先生の研究でも、コロナ禍以降、首都圏では、市販薬の過量服薬による救急搬送患者が2.3倍に増加しています。市販薬の過量服薬の問題と自殺に関連がないのか懸念しています」

「今まで薬物問題は非行や犯罪の文脈、道徳の問題で語られてきましたが、『生きづらさ』や『トラブル』を抱えていることのサイン、一種の援助要請のサインとして受けとめるべき時代になっていると思います」