エルサレムのシュアファト難民キャンプは、「未来のパレスチナ」の姿を見せている

    シュアファト難民キャンプは、パレスチナの指導者たちに見捨てられ、イスラエル人たちに無視され、米国の国連予算削減によって苦しめられている。だがそのような状況は、まもなく普通のことになるかもしれない。

    エルサレム――トランプ政権は、ある計画を立てた。アメリカ大使館をエルサレムに移し、パレスチナ人への援助を減らし、パレスチナ難民を追いやる。さらに、2018年9月10日に発表したように、パレスチナ解放機構(PLO)のワシントン事務所を閉鎖する。そうすれば、排斥されたパレスチナ指導部は交渉の場に引き戻され、トランプがいまだ明らかにしない「究極のディール(取引)」を受け入れるようになるだろう、という筋書きだ。

    しかし、この計画によって起こりうる結果を、まったく違ったものとして見るであろう者たちもいる。東エルサレムにあるシュアファトのような場所に住むパレスチナ人だ。分離壁で囲まれたシュアファト難民キャンプでは、麻薬や武器が蔓延し、ゴミが積み上げられ、下水があふれている。シュアファトは、何十年もの間、悲惨な状態にある。援助が届いていたときでさえ、そうだった。

    シュアファトの現状は、米国が援助を止めた後にパレスチナ人たちを待ち受ける状況を予見させる。しかも、オスロ和平交渉が崩壊しつつある中で、トランプ政権は、右派のイスラエル政権を際限なく支援しているように見える。パレスチナの諸組織が、パレスチナ人たちに平等の権利を与えることなく弱体化してしまえば、パレスチナはシュアファトのようになる。そしてトランプの政策は、現実にそれを進めつつある。

    難民キャンプの「パレスチナ人子どもセンター」で働く48歳のハレド・アッシェイフ・アリはBuzzFeed Newsに対して、「『完全で公正な平和』とは、どんなものだと思っているのでしょう」と語った。トランプ政権が先日、長年続けてきたパレスチナ組織への援助を止めたあとで、「米国は今でも、公正な解決策を追求している」という声明を出したことに対しての発言だ。

    「その平和の中に、どんな公正さがあるのか見せてほしい」と彼は言う。「あの人はイスラエル人だから、あの人はパレスチナ人だから、というのはもうたくさんです。イスラエル人のあの人は、車庫と車がある、広い庭つきの家に住み、必要なものはすべて手に入る。私はシュアファト難民キャンプの小さな部屋に住んでいる。どこが公正なんですか?」

    シュアファト難民キャンプの住民は、国を持たない特異な人々だ。キャンプは、厳密にいえばエルサレムにあるが、基本的にイスラエル当局は不在で、住民の話では、軍による捜査か、建造物違反による罰金刑を科すときにしか現れないという。住民たちはイスラエル国内を自由に移動することができるが、目的地に行くには検問所を通らなければならない。イスラエルは、パレスチナ自治政府がここで活動するのを禁止している。パレスチナ自治政府は、西側の支持を受ける半自治政府であり、隣接するヨルダン川西岸を拠点としている。

    どのみち多くの住民は、2006年以降選挙を行っていない、弱体化したパレスチナ指導部にうんざりしている。虚無感が広まる中、「国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)」が、学校の運営やゴミの収集など、重要な政府の役割の多くを引き受けてきたが、トランプは最近UNRWAへの援助を凍結した。援助が凍結される前でさえ、UNRWAによる支援活動はギリギリの状態だった、と住民たちは述べる。そして多くの人は、何十年もの間この機関を運営してきたのが、パレスチナ人自身ではなく国際的機関であることに不満を抱いている。

    トランプの計画は打撃を与えている。たとえば、UNRWAのクリス・グネス報道官によると、UNRWAは2018年7月、資金不足のため、ゴミの収集作業を削減したという。グネス報道官は、今のところ2018年はこれ以上の削減は計画していないと語った。「1億8600万ドルの資金不足に対処できる見込み」だからだ。

    それでも、先の見通しは暗い。もしトランプ政権がパレスチナ自治政府とUNRWAを苦しめ続けるなら、そして、パレスチナ人に平等の権利を与えないまま彼らの土地をもっと併合したいと考えるイスラエルの政治家たちを支援するなら、シュアファトのような場所がさらに増えることになる。あるいは、もっと悪いことが起きるかもしれない。

    トランプ政権は欧州やアラブ諸国に対して、援助資金を負担するよう求めてきた。しかし、パレスチナ自治政府に関してもそうだが、トランプ政権の戦略には、パレスチナ組織のためと思える計画や、あるいは、差別に取り組むための対策は何も含まれていない。

    24歳のクク・サレハ(仮名)は、率直な意見を言うために、そして自分のプライバシーを守るために、本名を伏せて語ってくれた。彼女も、キャンプにいるほかの人たちと同様、UNRWAへの援助凍結のことを耳にし、これからどうなるのだろうと不安に思っているという。特に、無償で開かれている男女別の学校や診療所を頼りにしている貧しい人たちは、いったいどうなるのだろう。だが一方で、彼らがもっと良い暮らしを送っていいはずだとも感じている。「ここシュアファトでもそうですが、UNRWAが提供する支援は十分ではありません」と彼女は述べる。「UNRWAのサービスに比べて難民の数が多すぎるのです」

    シュアファトの住民は、キャンプの外にはもっと良い生活があることを知っている。壁のすぐ向こう側にあるイスラエル人入植地ピスガット・ゼエヴでは、道路や水道から、下水設備、郵便サービス、救急医療、学校や診療所に至るまで、イスラエルの整ったサービスを受けられるのが普通であることを知っているのだ。しかし、ヨルダン川西岸とガザ地区は、選択肢もアクセスもずっと少なく、状況はさらに厳しいことも知っている。

    結果としてシュアファトは、エルサレムの帰属、パレスチナ難民、治安、イスラエルによる占領など、イスラエルとパレスチナ間の対立における核心的な問題の多くが複合的に存在する場所となっている。

    1948年のイスラエル建国後、およそ70万のパレスチナ人が、住む家を追われたり逃げたりした。彼らの子孫のうち500万人が、いまだに難民のままだ。当時設立されたばかりだったUNRWAは、彼らに住む場所を提供するため、中東各地に難民キャンプをつくった。それから数十年が経った今、その多くは、都市のスラムとして残っている。

    1967年の第三次中東戦争でイスラエルは、ヨルダン川西岸とガザ地区、および東エルサレムを占領し、その後、東エルサレムを併合したが、パレスチナ側も東エルサレムの領有権を主張している。

    2018年8月は、1993年8月にオスロ合意が締結されてから25年周年となる月だ。この合意は、暫定的なものとはいえ、ヨルダン川西岸とガザ地区にパレスチナ自治政府を樹立させた。しかし現在の世論調査では、イスラエル人もパレスチナ人も、過半数が「2国家解決」はもはや可能ではないと考えている。アメリカは、これまでの数十年間、「2国家解決」以外の解決策を公には考えてこなかったが、そこに登場したのが、行き詰まり状態を打開しようと決意したトランプ政権だ。

    「私は、2つの国家と1つの国家、どちらも視野に入れている。双方が気に入る方を好む」。トランプ大統領は2017年、報道陣に対してそう語った。大統領の上級顧問ジャレッド・クシュナーは2018年9月13日、ワシントンにあるパレスチナ人指導部の事務所の閉鎖を発表したあとで、『ニューヨーク・タイムズ』紙に次のように述べた。「われわれがやっていることは、物事を見てそれに取り組み、正しいことを恐れずに行うことです。そうすれば、真の平和を実現する可能性がずっと高まると私は思います」

    だが、パレスチナ人やほかの批評家たちは、アメリカは長いあいだ中立的な調停者を名乗ってきたのに、現在は強硬なイスラエル政府に露骨に味方している、と述べている。イスラエル政府の主なメンバーは、「2国家解決」と「パレスチナ国家」に公然と反対している。

    勢いづいたイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、オバマとトランプ両政権下において、ヨルダン川西岸の入植地を拡大してきた。この行為は国際法の下では違法とみなされており、パレスチナ人は、入植地は自分たちの土地につくられていると主張している。

    ネタニヤフのライバルで、極右のナフタリ・ベネット教育相は、イスラエルが正式にヨルダン川西岸の大半を併合することを提案してきた。パレスチナの若者たちは、「2つの民族からなる1つの民主国家」という考え方に次第に興味を募らせているが、これに反対する側は、この案が「ユダヤ人の国家と、ユダヤ人の自決権の終わりになるだろう」と述べている。

    一方、イスラエルの極右勢力は、「パレスチナ人が平等の権利を持たない1つの国家」という案を提案するようになってきている。ネタニヤフ陣営のほかの政治家たちは、パレスチナの領土を併合し、パレスチナ自治政府を無効にする計画を宣伝しているのだ。パレスチナの住民には、出ていくか、選挙権なしでとどまるかという選択を与えるという。

    後者は、シュアファトの住民に起こったこととほぼ同じだ。ヨルダン川西岸のパレスチナ人は、土地を離れるにはイスラエルの許可が必要だが、それとは対照的に、エルサレムに住むパレスチナ人の住民は、自由に移動することができるし、イスラエルの医療や教育を利用することもできる。しかし、イスラエルの国政選挙で投票することはできないし、エルサレムの外に長く住んでいると居住権を取り消される恐れもある(東エルサレム出身者は、1967年には市民権の申請ができたが、彼らのほとんどは、建国されるはずだったパレスチナ国家に期待を寄せていたため、申請を拒否した。現在は、市民権を申請すると却下されることがしばしばある)。

    シュアファトの住民は、エルサレムのほかの場所に行くには軍の検問所を通らなければならない。物理的に分断されているのだ。パレスチナのテロが激化した2000年代半ばに、イスラエルがヨルダン川西岸の周りに分離壁を築き、シュアファトをヨルダン川西岸側に含めたからだ。

    一方、劣悪な人道危機に直面するガザ地区の状況は、さらに複雑なものになっている。2007年以降、ガザのパレスチナ人はイスラエルとエジプトに包囲されており、パレスチナ自治政府から支配権を奪い取ったテロ組織ハマスの抑圧的な統治の下で生活している。ガザに住む190万人の住民のうち80%以上は、UNRWAなどの人道支援に頼ってなんとか生活している。

    これらすべてが「われわれに対して誰が責任を負うのかわからない」状況を作り出している、とシュアファトに住むアル=シェイク・アリは語る。

    パレスチナ人がよく不満を訴えるのは、今ではパレスチナ自治政府がイスラエルにとって、占拠地の管理をアウトソースするための腐敗した手段になっているということだ。アメリカは、パレスチナ自治政府の治安部隊に対しては、支援等の著しい削減は行っていない。人権擁護団体はこうした治安部隊が、パレスチナ自治政府やイスラエルを批判したり脅したりする人を広く標的にしていると非難している

    党派の分かれたパレスチナ人を一つにまとめられる可能性があるリーダーのマルワン・バルグーティは、テロ攻撃を計画した罪に問われてイスラエルの刑務所に2004年以来、収監されている(本人は容疑を否認している)。

    オスロ和平交渉は数十年にわたって、パレスチナ自治政府にとっての存在理由(レゾンデートル)だった。トランプ政権によるパレスチナ自治政府への締め付けによって、自治政府に対する他からの支援は強化されているものの、パレスチナ人にとっては、内側から改革を推し進めることがますます困難となっている

    トランプ政権のUNRWAに対する徹底的な攻撃や、クシュナー等の顧問が、UNRWAの活動を停止させるために、数百万人のパレスチナ難民の地位剥奪を強く求めていると報じられたことは、この老朽化した官僚組織の改革を非常に難しいものにしている(多くのパレスチナ人は、UNRWへの依存を減らしたいと考えている)。UNRWAの権限の一部としてパレスチナ難民の保護があるが、これがトランプ大統領やネタニヤフ首相らの相当な怒りを買っている。彼らは、パレスチナ難民の地位は継承されるべきでないと主張している。

    UNRWAとパレスチナ自治政府に対する財務的な支援の停止に関して、多くのイスラエル治安当局者は反対を表明している。支援停止によって、パレスチナ社会の不安定性が高まると警告しているのだ。一方、イスラエル政治家の間では今回の停止が歓迎されており、こうした意見に対して国民の支持も高い。

    パレスチナ人たちは、暴力事件の増加を心配している。だが、本当の問題は、リーダーシップのまずさと不公正な待遇にあると指摘もしている。

    「政治家が何を決定しようとかまわないのです。1つの国家でも、100の国家でも」とアル=シェイク・アリは言う。「私にとって大事なのは、私は人間だということです。この世界の一員として生まれ、人間として完全なる尊厳をもって生きる権利があります。私のすべての権利と共にです。アメリカ人のように、イスラエル人のように、スペイン人のように、フランス人のようにです。なぜ虐げられて生きなければならないのでしょうか」

    アル=シェイク・アリは、シュアファトには「酸素がない」と言った。

    それでもアル=シェイク・アリは、こうした問題について、すべてがトランプ政権や一般のアメリカ人をせいだとはしていない。積み上がってきた問題は、何十年にもわたって各方面の政治家から蔑ろにされてきた。トランプ政権の計画は、こうした恐怖と不満の火種をさらに悪化させただけなのだ。

    「パレスチナ自治政府が無責任だったのは、トランプ政権がUNRWAに対する支援を停止した日に限ったことではありません」と、アル=シェイク・アリは言う。「トランプ政権が支援を停止した今、さらなる問題と負担が人々にのしかかっています。人々はいっそう途方に暮れ、自分の運命がわからなくなっています」

    彼は希望を失っていない。彼には一緒に活動する子どもたちがいて、次世代に信頼を寄せているからだ。アル=シェイク・アリが働くセンターは、子どもたちが遊んだり、歌ったり、絵を描いたり、ダンスをしたり、放課後にヒップホップやヨガを学んだりすることもできる、唯一安全といえる公共スペースだ。

    シュアファト難民キャンプに存在するあらゆる圧力のもとで、「ここには、誰かが殴ったら殴り返す文化がありますが、私は違うメッセージを伝えていきたい」と彼は言う。

    「子供たちに、将来の指導者になってほしいと期待しています」

    アル=シェイク・アリはどこにも行くつもりはない。トランプであれ誰であれ、彼らのリアリティと将来起こる出来事に目を向けてもらうためにシュアファトに歓迎したい、と彼は述べた。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:浅野美抄子、古森科子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan