go to content

性暴力に”優しい”日本 勘違いした大人にならないために

自身の認識、見直してみませんか?

「夜明けの祈り」というポーランド映画が間もなく公開されます。第二次世界大戦中に起きた実話を元にした映画で、ソ連兵複数人がポーランドの修道院に侵入し、性暴力を行った後、7人の修道女が妊娠したという内容です。

フランス人の女性医師が修道女たちの力になり、救いもある物語ですが、身ごもった修道女たちが信仰と命の尊さの間で苦悩しながら出産する姿が描かれ、性暴力が身体的、精神的被害をもたらすことがよく伝わってきました。

「昔の話だから」「戦争という状況下だから」と過去の性暴力被害を軽んじ、目を背ける向きもありますが、映画に描かれていた修道女たちの苦悩と比べて、現代日本における性暴力被害者の立場は改善されたとは残念ながら言えません。

レイプ告白、インターネットの反応に違和感

5月末に、ジャーナリストの詩織さんが顔と名前を公表して、自身が受けた準強姦の事件が不起訴になったことを世に訴えました。

事件が起きたホテルの防犯カメラやタクシーの運転手の証言などがあり、被害は信憑性の高いものだと思われます。しかし、残念ながら詩織さんに対し、インターネット上には「会見時の服装の胸元が開いていて被害者らしくない」などとバッシングするコメントが少なからず見られました。

詩織さんの件は、性行為をした相手が政権に近い人物とされたこともあり、事件を政権批判に利用したり、逆に政権を擁護するために詩織さんをバッシングしたりという現象も見られました。

それはともかく、少なくともお酒に酔いつぶれた人と性行為をすることを「悪くない」と思っている人が相当数いることは感じられました。

意識が朦朧としているなど、意思表示がはっきりできない状態で性行為に及ぶことは準強姦罪に当たり、犯罪です。しかし、残念ながら「いかに性行為に持ち込むか」という巷のマニュアルには「強いお酒を飲むよう誘導する」旨のことが書いてあります。

私は産婦人科医として性暴力の被害者を診察した経験が数多くあり(注:私が診察するのは女性の被害者のみです)、そのような目に遭った女性が医療機関を受診した後に警察につないだことがあります。

警察は当然のごとく犯罪として対応してくれましたが、医療機関の男性産婦人科医の上司たちに「お酒を飲んでセックスに持ち込むのが犯罪なら何もできないじゃないか」「お前は男の敵だ」と口々に言われ、非常に憤りを感じたことがありました。

女性の健康を守る立場にある産婦人科医の中にもそのような人がいるくらいですから、一般にそのような考え方が蔓延していることは驚くことではないのかもしれません。

性行為の「同意」 勘違いしている人の多さに唖然

先日、NHKの「あさイチ」という番組が性暴力をテーマに特集を組み、私も出演しました。その中で、「二人きりで食事」でセックスを同意したとみなす人が11%、「二人きりで車に乗る」では25%などという衝撃の調査結果が示されていました。

殺人や窃盗のような犯罪だと被害者に隙があったとは言われませんが、性犯罪ではよく言われます。

「露出の高い服を着たり、ぼんやり夜道を歩いたりすると危ないよ」と母から娘へ指導されることは多いと思いますが、現実は一般のイメージとは違い、露出の高くない服装をしていた被害者も多く、夜道での見知らぬ人による犯行よりも知人による犯行の方が多いのです。

「男は『オオカミ』だから隙を見せてはいけない」「隙を見せる女が悪い」という考えは現状では文化に近いものなのかもしれません。

そもそも、司法の犯罪認定基準が「積極的に同意したか」を問うのではなく、「徹底的に抵抗したか」を問うものになっているのです。抵抗した挙句に殺されたという事件も一つや二つではないのに。

あさイチでは、高齢男性から送られた「死ぬ気で抵抗すれば防げる。性交が成し遂げられたのは女が途中で諦め許すからである」という見識がない意見が紹介されていました。

ある程度歳を重ねて考えが硬直している層はさておき、少なくとも若い世代にはセックスにおける同意というものについて認識を深めていただきたいと思います。

「いやよ、いやよも好きのうち」という言葉がありますが、本当はOKなのに嫌がっているように見せかけているのか、「いやよ、いやよはマジでイヤ」なのか、判別するには高度なコミュニケーション能力と、すでにそれなりに気の知れた仲である必要があります。

「いやと言わないから同意」「いやと言えない状況だから同意」ではないですし、一度同意したとしても、その後に続くあらゆる性的な行為に同意したわけではありません。当然、お互いに、途中で同意を撤回することもできます。「積極的な同意」でないものは同意ではない、という教育と情報発信がなされてほしいと思います。

「エロい漫画を見てもちゃんとした大人になった」 それ、思い込みじゃないですか?

先日、集英社の「週刊少年ジャンプ」の巻頭カラーページが話題になりました。『ゆらぎ荘の幽奈さん』という漫画で、水着がはだけそうになった女性が画面いっぱいに描かれているもので、見ると一瞬ギョッとしますが、その作品やストーリーを把握して見ると違和感がないものだそうです。

ネット上で賛否両論を巻き起こしていましたが、その中で私が気になったのは、昔少年誌を愛読していた中年男性と思われる人たちの「昔から漫画はエロかった。でも俺たちはちゃんとした大人になった」という意見でした。

これは、小泉純一郎元首相が2005年に国会で小学校での性教育に使う副教材が「行き過ぎている」として保守派に問題だとされた際に、「自分はこのようなことは習ったことがない。でも自然に知るようになった」と答弁したことを思い出させます。

日本では「性行為の同意とは何か」どころか、性行為そのものについても教育の場で扱われることがありません。

第7回 青少年の性行動全国調査 (2011年)によれば、若者男子が性交に関する知識を得るのは、友人、インターネット、学校、マンガ、アダルトビデオ、の順という結果でした。情報源から考えてファンタジーとしての性も多く混じっていると思われます。

一方、私が診療で受けた相談には、「アダルトビデオや性的な作品に出てくる女性のように反応をしないのはおかしいとセックスパートナーの男性に言われた」、というものが非常に多いのです。

だからこそ、「少年誌を読んでもちゃんとした大人になった」「誰からも教わらなかったが自然と知るようになった」と自認している人に対しては疑問を抱いてしまいます。

ファンタジーとしての性的表現は存在価値のあるものだと思います。しかし、日本のように性教育が不十分な国では、性的なものに興味を持つ思春期に触れるファンタジーを、目の前の生身の人間と混同してしまうことが起こっているのを実感しているのです。

同調査では、インターネットを性的な情報源としている人は、そうでない人に比べて「愛のないセックス」「出会ってすぐのセックス」を許容する割合が多いという結果も出ていました。

性暴力の事件や、セックスの「同意」とは何かという問題では、必ず冤罪や「美人局」を心配する声が聞かれ、私もそういうものが絶対にないとは思いません。

しかし、そもそもセックスという行為を、お付き合いをしていない知人や、出会ってすぐの一見さんともするものだという認識でいるから、美人局という発想が生まれるのではないでしょうか。セックスは信頼関係を積み重ねたパートナーとするものだという認識でいれば、美人局が成り立つことはありえません。

セックスには互いの「積極的な同意」が必要であることの認識に加え、どういう関係性でなされるべき行為かを再度考える機会を持っていただきたいと思います。

必要なのは当事者意識 誰もが被害者にも加害者にもなる

最後に、性暴力について私の興味深い経験をお話ししたいと思います。

私が大学時代の同級生男子数人とお酒を飲んでいた時、電車内の痴漢の話になりました。私は学生の時から男性の友人たちに異性として見られることはなく、女性1人と男性の友人数人で飲んでいても、「セックスに同意している」という発想は誰にも起こらないような関係を20年以上続けています。

そのため、私が中高生の頃に電車で数回痴漢に遭ったという話をすると、彼らは「うそやん、お前なんかでも痴漢に遭うん!」と笑っていたのですが、そのうち2人は青ざめて震えていました。

聞くと、2人とも昔電車で痴漢にあったことがあるとのこと。1人は男性から、1人は女性から痴漢行為を受け、ものすごい嫌悪感と恐怖を感じたとのことでした。

2人とも、「痴漢は卑劣な犯罪で、重罰に値する」と声を震わせていました。やはり、性暴力の議論に必要なのは当事者意識であると思います。

この問題に限らず、貧困や育児についてもですが、自分はそういう目に遭うことはないだろうと思って安全域にいると、他者に対してできもしないような最大限の努力を求め、自己責任を負わせてしまいます。

性暴力は、加害者=男性、被害者=女性というようなものではなく誰しもが被害者に(もしくは加害者にも)なり得るという認識で考えていただきたいと思います。

宋 美玄(そん・みひょん) 産婦人科医、医学博士。

1976年、神戸市生まれ。2001年、大阪大学医学部卒業。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。2017年9月に「丸の内の森レディースクリニック」を開業する。