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出生前検査は自由に行える方がいいのか? みなさんの声を届けてほしい

新型出生前検査の規制を緩和する案について、日本産科婦人科学会が意見を募集しています。

ダウン症候群をはじめとした3種類の胎児の染色体異常を高い精度でスクリーニング(リスクが高い人をピックアップ)できる、新型出生前検査(NIPT)。

2013年4月に国内の医療施設での実施が始まり、約6年が経ちました。

それまでも日本では羊水検査、妊婦の血液で胎児の病気の確率を調べるクアトロ検査(母体血清マーカー検査)などの出生前検査に妊婦がアクセスすることができていました。

年齢や家族の病歴、既往歴などによる制限が全くないわけではありませんが実質、規制なく運用されていたのです。

しかし、新型出生前検査だけは特別、厳しい規制がかけられてきました。なぜなのでしょうか?

新型出生前検査だけ特別扱いに

新型出生前検査に関しては、導入時にマスメディアの報道などで「安易な検査や中絶が増える」と物議を醸したこともあり、「臨床研究」との名目のもと、厳しい施設基準が設けられてきました。

ところが、報道により注目され、「この検査を受けたい」という需要を掘り起こしたため、非認可の施設が多数増えました(「規制しても広がる出生前検査 議論する前に知っておくべきこと」に詳しく書いてあります)。

最近では非認可の施設の数がとてもたくさん増え、本来、関わるべき産婦人科医や小児科医が全く検査に関与しない施設も非常に増えています。

私は普段から多数の妊婦さんの診療に関わっているのですが、やはり正規の認可施設で検査を受けるハードルの高さを口にされる方が多いです。

検査の予約は比較的取りやすくなったものの、カウンセリングと結果の説明に必ず夫婦揃って受診しなければならないという点が、検査を受けづらくしています。

「多忙な中、何度も夫婦揃って受診するのは難しい」と、認可施設でのNIPT受診を断念した理由として多く挙げられます。

非認可の施設は、妊婦さんが一人で受診でき、結果は郵送なので忙しい人にはとても利便性が良いのです。

もちろん、結果が郵送である点は、疑問や不安があっても対応してもらえないので欠点と言えます。

しかし、妊婦さんは通常大人の女性ですし、当然ながらシングルで産む人もいるので、夫婦で受診が必須という認可の規制は不要だと考えます。

私がお会いする妊婦さんの中では、認可施設で新型出生前検査を受けた人たちの方が先天性疾患や出生前検査についての説明は確かにちゃんと聞いて理解されていると感じました。

一方で、認可施設でカウンセリングを受けた人の中には、カウンセラーから自身の価値観をかなり押し付けられたという方も一人や二人でなくいました。

また、費用に関しては認可も非認可も20万円前後であまり変わらず、高額な検査にとても多くの需要があると言えます。

厳しい施設基準を見直し 妊婦のことを考えた規制緩和か?

非認可の施設での検査が増え続け、厳しい施設基準のありように疑問が出てきたため、基準を緩和する案が日本産科婦人科学会倫理委員会から出されました。

報道によると、分娩や人工妊娠中絶を行っていれば、遺伝や遺伝子について広い専門知識を持つ「臨床遺伝専門医」や小児科医がいなくても実施できるようになるという案だそうです。

この案に対しては日本小児科学会が懸念を示しているとの報道もあり、この案の通りになるかどうか決まったわけではないようですが、日本産科婦人科学会の案には疑問を感じます。

現在の基準で臨床遺伝専門医と小児科の常勤医が必須という点については、地域によっては過度に実施できる施設を制限してしまう点はあるものの、妊婦さんと家族に対する切れ目ない支援を目指すという意義は分かります。

しかし、今回の案の、分娩と人工妊娠中絶を行っていることを条件とし、臨床遺伝専門医と小児科医が必須という条件は緩めているというのはパッと考えると意図がよくわかりません。

検査にアクセスをする妊婦さんを主体に考えてどういうシステムがベストかと考えた上ではなく、不妊治療施設など外来のみの産婦人科医療機関を基準から外そうとする意図があるのではと個人的に推測します。

大手メディアの論調は、「安易な命の選別を危惧する」

この緩和案について、大手マスメディアの論調は「安易な命の選別を危惧する」というものでしたこちらについては前回の記事にも詳しく書いたのでぜひお読みいただきたいです)。

そして、相変わらず出生前検査とはダウン症候群の検査であると読者を誤解させていたり、確定診断とスクリーニング検査を混同していたりします。

また、胎児についてより多くの情報が得られる羊水検査は新型出生前検査より緩い規制で運用されていることや、精度が低く世界的には過去の検査となっているクアトロ検査が多くの施設で行われていることなど、出生前検査にまつわる他の問題点に関しては触れられていません。

報道は妊婦さんの行動にとても影響があるので、情に訴えるだけでなく、日本の出生前検査の状況をきちんと理解した上で、バランスよく伝えてほしいです。

今回、大変珍しいことに、出生前検査のあり方について日本産科婦人科学会が広く一般にご意見を求めています

専門家の団体や、特定の立場の人だけでなく、妊婦さんとその家族(過去や未来を含む)や、同じ社会に生きる人たちは、ぜひ個々の意見を届けていただきたいです。

上から目線で妊婦を見ていないか?

私個人としては、偉いお医者さんたちやメディアは、「妊婦さんが自分の赤ちゃんについて情報を集めると良くない選択をしてしまう」という上から目線の感覚が根底にあるように感じられて仕方ありません。

普段たくさんの妊婦さんたちからいろんな話を聞きますが、本当に「安易」に検査にアクセスして命を選別したいという人はそう滅多にいるものではないと感じます(もちろん色んな方がいます)。

多くの妊婦さんは自分の赤ちゃんの幸せを考え、現在の子育て環境や受けられる医療を考えてベストな選択をしようと考えておられます。

そして、妊婦さんたちの考えや行動に影響を与え、時に振り回しているのは、偉いお医者さんたちの作るシステム、それに伴う医療経済的、商業的な動き(非認可の施設など)、メディアやネットの検索エンジンです。

もっと検査を受ける妊婦さんを主体に、医療システムや情報提供のあり方を考えていただきたいです。

病気を持つ人を排除するというメッセージではない ぜひご意見を

出生前検査へのアクセスがしやすくなり、妊婦さんや家族の選択肢が増えると、複雑な思いを抱かれる先天性疾患の当事者の方がいらっしゃるかもしれません。

妊婦さんが胎児の情報を得られること、先天疾患の種類や重症度によっては産まない選択をする人が多いことは、当然のことながら、今、暮らしている健康でない方に共同体にいるべきでないというメッセージではありません。

ですが、確かに、「健康で医療費の公費負担が無く、社会貢献ができる人が偉い」「検査してコントロールできる以上、病気や障害を持って生きるのは自己責任」という価値観の社会になれば、居心地が悪くなる人が相当増えるだろうと思います。

最近は随分と「ダイバーシティ(多様性)」の価値が注目され、浸透してきていますが、やはり多様な人々が当たり前に存在し、優生思想をどんどん古いものにしていくことで解決していく必要があるのかなと思います。

妊婦さんと赤ちゃん、そして今、病気や障害を持って生きる人、社会全体にとって、広い視野で最もよいシステムとなるよう、皆さんの声を日本産科婦人科学会に届けていただきたいと願っています。

【宋美玄(そん・みひょん)】 産婦人科医、医学博士

1976年、神戸市生まれ。2001年、大阪大学医学部卒業。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。2017年9月に「丸の内の森レディースクリニック」を開業した。