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子どもは静かに溺れます 「目を離さない」だけでは解決できない本当の理由

海やプールのシーズンに心配なのが子どもが溺れる事故です。どうやったら防ぐことができるのでしょうか?

夏真っ盛り。海やプールのシーズンになってきました。

教えて!ドクタープロジェクト

毎年夏になると、溺れて亡くなるお子さんのニュースが目を引きます。事故は大きく報道されるので、夏には多くの方が溺れて亡くなるのでは、と思われるかもしれません。

厚生労働省の人口動態統計によると、2017年に溺水で亡くなった14歳以下のお子さんは48人でした。

過去のデータと比べると、30年前(1987年)は559名、20年前(1997年)は272名、10年前(2007年)は123名となっており、実は溺水により亡くなるお子さんの数は順調に減っています。

減少している理由は、医療の進歩、子どもだけで遊ばせる機会が減った、少子化でそもそも子どもの数が減っている、など色々考えられますが、減っているだけに事故が起こるとそのニュースは目立ちます。

また減っているとは言え、溺水を含む不慮の事故は大変悲しい出来事で、私達は可能な限りそれをゼロに近づける努力を続けなくてはいけません。悲劇を防ぐために何ができるのか、一緒に考えましょう。

半数は自宅のお風呂で 「子どもは静かに溺れる」

溺水による死亡の場所に関しては、4歳までは浴槽内が多く、5歳以降になると河川など自然水域の割合が増えていきます。

このように年齢によって溺水事故の様相は異なりますが、2017年の14歳以下の溺水による死亡48件のうち、24件が浴槽です。溺水と言えば海や川のイメージかもしれませんが、半数は自宅のお風呂で起きていることも知っておいてほしいと思います。

さて、一昨年ですが、溺水の事例を調べていたところ、米国の水難救助の専門家の間で「人が溺れる時は声も出さず、水面をたたくわけでもなく静かに沈む」ことが知られており、米国のFrancesco Pia博士らが、これを「本能的溺水反応(instinctive drowning response)」と呼称して啓発していることを知りました。

このことは日本で知られておらず、広く啓発することで乳幼児の溺水を減らせるのではないかと考えました。

「子どもは静かに溺れる」という文言でイラストにして投稿したところ、Twitterを中心に大きな反響があり、その多くが「うちでも子が溺れかけた時音も立てず静かだった」という経験談でした。また「全く知らなかった」という声も多く聞かれました。

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教えて!ドクタープロジェクトで啓発用に作ったイラスト。ツイッターなどで拡散された

このお話は以前Buzzfeedさんでも紹介していただきましたが、水遊びの季節ですので、この現象について、もう一度詳しくお伝えしたいと思います。

本能的溺水反応とは

この現象を最初に唱えたFrancesco Pia博士は、自身がライフセーバーの仕事をしていた1970年代、自らの救助活動を振り返るために、溺れている海水浴客を仲間が救助する一連の様子を映像に記録していました。

その結果、人は溺れそうになって必死になっていても、映画で見かけるように、手や腕を振って助けを求める余裕もなく、呼吸に精一杯で声を出して助けを求めることもできない、また特に乳幼児は自分が溺れていることを認識できずに速やかに沈む傾向があることに気づき、その一連の動作を本能的溺水反応と名付けました。

この現象は次第に米国の沿岸警備隊など水難救助の専門家の間で知られるようになり、米国陸軍のHPでも紹介されています。

したがって、この現象は子どもだけでなく、大人でも同じ現象なのです。ただ子どもは自分に何が起きているか分からないために、特に「静かに早く溺れる」のかもしれません。

子どもは溺れるとき本当に静かなのか?

さて、本能的溺水反応は日本の乳幼児の溺水にも当てはまるのか調べましたが。乳幼児の溺れかけた時の反応に関しては、調べた限り日本の文献は見当たりませんでした。

そこで長野県佐久地域で2018年に保育園に通う園児の保護者にアンケート調査を行い、保護者に「お子さんが溺れた、もしくは溺れそうになったことはあるか。あればそのときの様子はどうだったのか」について詳しく聞きました。

回収したアンケートを解析したところ、溺れかけた時の児の様子について「溺れかけた時に悲鳴や助けを求めるような声を出していなかった」が8割を超える結果でした。

また過半数の保護者が「溺れかけた時にバシャバシャなど音がせず静かだった」と答えていました。

今回の調査はアンケート調査で、保護者の思い出しに偏りがあったり様々なバイアスはあったりしますが、少なくとも乳幼児に関し、溺れるときは声もなく静かである傾向があることは言えるかもしれません。

子どもから目を離していても溺れかける時には「音を立てるはずだ」という思い込みは誤りで、その認識は事故予防に役立つ可能性があります。

「目を離さない」は非現実的なメッセージ

事故を予防する際、しばしば「目を離さないように」という言葉が強調されます。

今回の調査でも入浴中に児が溺れないために保護者が行っている工夫で最も多かったのは「とにかく目を離さない」で過半数を超えていました。

しかし子育てで目を離さないことがいかに大変か、子育て世代の方は実感されていると思います。

入浴中だけであっても難しいでしょう。

我々の調査でも溺れかけた場面で最も多かったのは保護者が洗髪している間でした。日本の子育て事情では、保護者が1人で子どもを入浴させなくてはいけない(時には複数の子どもを!)ケースも多く、そのような場面は珍しくないと思います。

「子どもは溺れるときは静かである」というメッセージを、「だからこそ目を離すな」と強調するメッセージだと思われるかもしれません。

しかし、「音を気にしていればいいわけではない」ことを意識した上で、「目を離すことはあり得る」子育ての中で効果的な予防策を考える必要があります。

昨年、本能的溺水反応を最初に提唱したピア博士ご本人と、溺水の事故予防についてメールでディスカッションする機会がありました。

彼は、「同時並行で物事をこなさないといけない家事タスク」と「それを親だけでやらなくてはいけないという社会のプレッシャー」も解決すべき要素だと思う、とおっしゃっていました。米国と日本で、課題が似ていることを興味深く感じました。

博士によると米国の家庭内溺水で一番多いのは自宅のプールでの溺水で、予防策として最も有効なのは、子どもだけで近づけないための囲いを作ることだそうです。

日本で溺水事故予防に有効な対策としては、自宅浴槽に関しては

  1. 風呂の残し湯をしない
  2. 子どもだけで入浴させない
  3. 子どもと入浴中に電話が鳴っても出ない
  4. 複数の大人が関わる
  5. 風呂の扉に鍵をかける
  6. 風呂に近づけないように柵を作る


とされています。

お風呂で首浮き輪を使ってはいけない

これ以外には「赤ちゃん用の浮輪(首浮き輪や足入れ浮き輪)を使わない」も挙げられます。

Buriy / Getty Images

首浮き輪はお風呂で使うケースもよく見られる

赤ちゃん用浮き輪は本来ベビープレスイミング用品としてプールで使うものですが、親が便利な育児グッズとしてお風呂で使っているケースがあります。

しかし、これも、保護者の洗髪の間に赤ちゃんが浮き輪から外れ、溺れてしまったり、お湯に長時間首から下が浸かることで迷走神経反射を起こし、意識障害で搬送される事故が実際に起きています。

小児科学会も注意喚起していますが、お風呂で使うと事故の原因になるため使ってはいけません。

ちなみにこのグッズはお風呂以外でも、川や海などでは流れがあるため、体を掴んでいても首に水圧がかかり危険なことも知っておいてください。野外でも使わないでくださいね。

お風呂以外では、川や海などの自然水域に入る際はライフジャケットの装着が有効です。

アウトドア防災ガイドのあんどうりすさんにも話をうかがいましたが、「川では流れも複雑で足を取られやすく、場所によっては、泳ぎがどんなにうまくても必ず沈んでしまうところがあります。ライフジャケットの装着は必須です」とのことでした。

溺れた場合にどうすればよいか 心肺蘇生の重要性

5分以上溺れてしまうと脳に後遺症を残す可能性があるといわれています。まさに時間との勝負です。

溺水で意識が悪かったり呼吸が止まったりしている子どもには、発見者が現場で速やかに心肺蘇生法を開始することが大切です。つまり事故の際近くにいる可能性の高い保護者や教職員への小児心肺蘇生法の普及が極めて重要です。

心肺蘇生を普及するプロジェクトは全国で広がり始めています。学校教育現場では、例えばさいたま市では、学校で運動直後に亡くなった小学校6年生の事例を機に作られたASUKAモデルという教員研修があります。

YouTubeでこの動画を見る

減らせ突然死プロジェクト / Via youtube.com

「減らせ突然死プロジェクト」の動画。桐田明日香さんが運動直後に突然死したのをきっかけに、子どもの心肺蘇生法の普及教材「ASUKAモデル」が作られた

保護者向けには、各消防本部や消防署などが行っている救命講習会があります。ぜひお近くの消防本部や消防署の講習会に参加してみましょう。

なお、救命講習会に行く時間がないという方向けに消防庁ではe-ラーニングで応急手当の基本知識が学べる「一般市民向け 応急手当web講習」を準備しています。PCやスマホ、タブレットからアクセスできます。

ここで水辺での事故とAEDについて少しお話しします。「濡れているとAEDが使えないのでは?」と躊躇されるかもしれません。もちろん水は電気を通しますので、水中でAEDを使うことはできません。

しかし、水から引き上げたあと、たとえ小さな水たまりの上に横たわっていたとしても、水で濡れている胸部を拭き取れば、AEDパッドを貼って使用することができます。プールサイドでも躊躇なく使用してください。

またプールサイドは学校のAED置き場から遠いことがあります。プールの際はあらかじめ近くに持ってくるなどの工夫も有効かと思います。

ちなみに、昔は溺れた場合、溺れた人の背中から抱きかかえ、両腕でお腹に手を回して圧迫させる(水を吐かせる)処置をすべきと言われたこともありましたが(ハイムリック法)、これはあくまで固形物に対する処置で、液体に対しては効果がありません。

むしろ誤嚥を引き起こすため危険ですし、何より先にお伝えしたような心肺蘇生の処置が遅れてしまうため、現在は推奨されていません。

保護者を責めても解決はしない

毎年夏場に海や川、プール等で子どもの水難事故が発生すると、世間では「目を離していたのではないか」と家族など当事者が責められるケースも多いですが、溺水は「音も立てず静かに」起きることが多く、近くにいても気づけない可能性が十分にあることを知ってください。

当事者を責めても解決しません。本能的溺水反応(溺れるときは静かである)の啓発を通じ、真に有効な事故予防策に繋げられればと願っています。

【参考文献】

1)Frank Pia: Observations on the drowning of nonswimmers (1974), Journal of Physical Education

2)長村敏生.事故予防と安全対策.小児科診療 2014;9:1165-1170.

3)野上恵嗣ほか,小児溺水の予後不良因子の検討, 小児科臨床55:1517-1521,2002

4)長村敏生,椿井智子,山森亜紀,他:心肺蘇生法の重要性を再認識させられた溺水の3例.小児保健研究 2001;60:630-641.

【坂本昌彦(さかもと まさひこ)】佐久総合病院佐久医療センター 小児科医長

2004年、名古屋大学医学部卒業。愛知県や福島県で勤務した後2012年、タイ・マヒドン大学で熱帯医学研修。2013年ネパールの病院で小児科医として勤務。2014年より現職。専門は小児救急、国際保健(渡航医学)。所属学会は日本小児科学会、日本小児救急医学会、日本国際保健医療学会、日本小児国際保健学会。小児科学会では救急委員、健やか親子21委員を務めている。資格は小児科学会専門医、熱帯医学ディプロマ。

現在は保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクトの責任者を務める。同プロジェクトのウェブサイトはこちら