【来日50周年】「5人目のビートルズ」と呼ばれた人たち

    このほかにもたくさんいるのかも。

    ピート・ベスト

    Hulton Archive / Getty Images

    左から二人目。1960年から1962年まで、リンゴ・スター加入前のビートルズでドラマーを務めた

    ジョージ・マーティン

    Chris Ware / Getty Images

    右から二人目。1963年の姿。ビートルズの音楽プロデューサーを務めた。プロデュースしたレコードは700枚以上

    スチュアート・サトクリフ

    Keystone Features / Getty Images

    1960年。サングラスをかけて立って写っているのがスチュアート。ベーシストだったが、音楽の道から画家の道に本格的に進むため、ビートルズを脱退。その後、ポールは楽器をギターからベースに持ち替えた。1962年、21歳の若さで死去している。

    ブライアン・エプスタイン

    Evening Standard / Getty Images

    ビートルズのマネージャーとして知られるビジネスマン。ポールマッカートニーは「『5人目』のビートルズがいるといたら、それはブライアンだ」と答えている。

    トニー・シェリダン

    Larry Ellis / Getty Images

    1960年代はじめ頃、無名時代のビートルズをバックに据えて録音したシングル盤を出したことで知られるイギリスの歌手。1964年の写真。

    ビリー・プレストン

    Ian Showell / Getty Images

    アメリカのキーボード奏者。「レット・イット・ビー」などでビートルズと共演している。1972年の写真。

    ニール・アスピノール

    Pace / Getty Images

    「アップル・レコーズ」を含む、ビートルズが1968年に作った会社「アップル・コア」の代表を務めた。写真右上がニール。1964年の写真。