クマと通行人 かつてドイツで流行した不思議な写真たち

    1920年代まで遡るモノクロ写真の数々。

    美術品収集家のジャン=マリー・ドナは、1万枚の古い写真を所有している。ある時ドナは、クマの着ぐるみを着てドイツ・ベルリンの通りを散歩する人のスナップ写真を偶然見つけた。それ以来、20年の歳月を費やし、クマに扮した人たちの写真を探し続けている。

    クマの衣装を身に着け、通行人と一緒にポーズを撮り、お金を稼いでいた人たちを写した写真のコレクション。これらは TeddyBär(テディベア)という本で紹介されている。

    ナチス・ドイツ時代の兵士と、ポーズをとったことも。

    「TeddyBärのシリーズをスタートさせたのは35年前です」と、ドナは話す。「2枚目の写真を見つけるまで、最初に持っていた写真は15年近くもクローゼットにしまったままでした。2枚目を見つけてから、探求する価値があると気がついたのです。そして3枚目の写真を見つけた瞬間、『何としても、シリーズにしなければ』と、自分自身に言い聞かせたんです」

    「写真をまとめると、撮影された時代の、大事なことが見えてくるんです」

    「白クマと一緒にポーズをとっている人たちの写真は、300枚以上もあります。1920年から1960年ごろに及ぶドイツの写真ですから、その大半が第二次世界大戦中に撮られたもの。ナチス親衛隊が行進する様子や、ヒトラー青少年団、米軍兵士の姿もあります。解放の時期には、東ドイツにいるドイツ人の姿もある。クマはいたるところにいて、ドイツのもう一つの歴史を物語っているかのようです。今まで気がついていなかった何かを、見つけられたように思います」

    写真に写っている人たちが誰だったのか、探し出そうとしたことはない。被写体が匿名であるほうが、好奇心をそそられるから、とドナは言う。

    「本の出版後、ある年老いたドイツ人の検察官が私に手紙をくれました。彼は、第二次世界大戦直後、ドイツで行方不明の家族探しを担当していたそうです」

    「ある時未婚の母親は、クマと一緒に撮った写真を検察官に見せました。着ぐるみの中に入っているのが子供の父親だというのです。その写真は、行方のわからない父親を探す唯一の手がかりでした。彼は戦前、クマとして働いていたのです」

    「長い間、路上カメラマンや様々な日雇い労働者のためのセンターを調査した後、検察官はついに、クマの着ぐるみを着ていた男を発見しました。そしてその男は、父親であることを認めたのです!」

    「このシリーズには大きな反響がありました」と、ドナ。「一枚一枚の写真にはそれぞれの美しさがありますが、シリーズ化することに、大きな意味を感じています。写真の集積が、芸術的な何かを生み出すのです。同時に、これらの写真からはドイツの暗い時代の歴史を垣間見れるのです」


    TeddyBär は独立系出版社の Innocences が発行しています。ご購入は こちらから