「わかってたまるか」山田孝之が敬愛するアーティストに明かしたホンネ

    「絵なんてわかってたまるか」――。10月下旬、東京・渋谷のスクランブル交差点に突如として、こんな看板が掲出された。画家・現代美術家の井田幸昌が発したメッセージに俳優の山田孝之も共鳴。「人間なんてわかってたまるか」と発信したことで対談が実現。井田と山田、2人が赤裸々に語り合った本音とは?

    「絵なんてわかってたまるか」――。10月下旬、東京・渋谷のスクランブル交差点に突如として、こんな看板が掲出された。

    メッセージの主は画家・現代美術家の井田幸昌。「芸術はわからないからこそ楽しい」という思いを込めたキャッチコピーに、国内外で活躍する多くのクリエイターたちが賛同した。

    俳優の山田孝之も、井田に共鳴する表現者のひとりだ。

    アートの間口を広げるために、何ができるのか? 表現者のあるべき姿とは? 井田と山田、2人が赤裸々に本音を語り合った対談の模様をお届けする。

    間口を広げるって誰がやれるんだろう?

    (左から)井田幸昌、山田孝之

    井田は来年、京都と鳥取県の米子で国内初の美術館個展を開催する。それに先立って、スクランブル交差点に「絵なんてわかってたまるか」というコピーを掲示した。

    アートがわからない。
    絵がわからない。
    そんな言葉を
    よく耳にするけど、
    画家だろうと
    絵なんてわからない。
    アートや絵が
    何なのかなんて
    誰にもわからない。
    わからなくて、当たり前。
    わからないから、描いてる。
    今も昔もこれからも、一生。
    わかってしまったその日には
    きっと描く理由を失うだろう。
    わからないから、楽しいんだ。
    絵なんてわかってたまるか

    画家 井田幸昌

    2人の対談も、まずこのメッセージを入り口に始まった。口火を切ったのは井田だ。

    「アートに対する距離感みたいなものが、海外と日本だと少し開きがあるなというのを感じて。やっぱり海外行くと、美術館とかでも子どもたちがワイワイしながらゴッホとか有名な作家の作品を美術館の中で見てるし。日本の美術館って、すごい静かじゃないですか」(井田)

    井田は、日本と海外を行き来しながら活動する芸術家。海外では、美術館で子どもたちが有名な作品を見ながら賑やかに楽しんでいる光景を目にしてきた。だからこそ、日本でのアートに対する距離感に疑問を抱くことも多かったと話す。

    「SNSでも『芸術はわからない』『アートには疎いですが』みたいなことをおっしゃる方が、チラホラいる。「わからない」と心を閉ざしてしまうのはもったいない。少しでも門戸を開きたいな、と思った。そして、僕もそうですが、表現者自身も『芸術』を完璧にわかってるってことは絶対になくて。だからこそ努力できるし、一緒にそれを楽しんでもらえないかなという思いを込めて、今回の広告を掲示するに至りました」(井田)

    (左から)山田孝之、井田幸昌

    メッセージに賛同し、Instagramで「人間なんてわかってたまるか」とコメントを発表した山田も、「映像がメインではあるけど、表現者として同じ気持ちだった」と明かす。

    芝居をすることを演じると言うが、それは真逆である。
    この世に目に見える形としては存在していない“その人”を想い、語り、下ろし、一体となる。
    そこに嘘は存在できない。台詞や動きではなく、思考であり、意思であり、答えであり、迷いでもある。
    芝居には答えがないのではなく、答えを決めてはいけないのだ。
    人間なんてわかってたまるか。

    俳優 山田孝之

    井田のメッセージに共感した理由には自身の経験があったようだ。

    「僕は俳優として15歳から23年ぐらいやってるんですけど、30歳になってからミュージカルを4回やったんです」(山田)

    コメディー作品を得意とする福田雄一監督のもとで挑んだミュージカル。もともと興味がなかったはずのジャンルに飛び込んだのは、ひとつのミュージカル映画を観たことがきっかけだった。

    「『何で今までミュージカルはあんまり興味ないって言ってきたんだろう』って、自分が恥ずかしいと思うぐらい素晴らしいと思った。そんな人もきっと世の中にいっぱいいるんだろうって」(山田)

    山田自身、ミュージカルはわからない人は観に行ってはいけない「崇高なもの」のようなイメージがあったという。

    「もうちょっと砕いた形のものから入って、いずれブロードウェイとか本格的なものの入口になったらいいな、と。『見たことない人たちが間口として入りやすいようなものを作りたい』というのは福田監督も同じ気持ちだったんです」(山田)

    「間口を広げたい」。それは、2人に共通する思いだ。一方で山田には、どうしても引っかかっていることがあった。

    「すごい正直な話をすると…。いいのかな?」と山田が切り出したことで、2人は本音を語り出す。

    「砕けすぎて大衆的になりすぎるのは『価値を下げかねない』という考え方もあるんじゃないかな、と思っている」(山田)

    「アート業界も多分、近いところがある。だから、間口を広げるって誰がやれるんだろう? と思った時に、やっぱり表現者が言葉なり態度で示していくのも重要なのかなと思うし、継続してやっていけたらいいなと思ってますね」(井田)

    好きなものも、好きじゃないものも、どんどん増えていくべき

    (左から)山田孝之、井田幸昌

    「映画づくりと生活との距離が離れている」。山田はそう感じている。

    「買い物して『あっ、映画を観て行こうかな』とかじゃなくて、『先に情報をネットで仕入れて、自分の好みに合うかを精査して、なるべく後悔したくない』みたいな」

    「そうじゃなくて、『あっ、自分ってこういうものが好きなんだな』って、そのきっかけになる場所だから。好きなものも、好きじゃないものも、どんどん増えていくべきなんだよね」(山田)

    井田もまた、「答え合わせ」的に芸術を消費することに疑問を呈する。

    「答えめいた何かを社会から求められるし、みんな生きてると不安だから答えを探しちゃう。でも世界は常に変化してるし、自分自身も変化していくからそんなもの本当はなくて。知らないものを自分の中に入れて、そこでかみ砕いて、好きでも嫌いでもいいからまずはそれを経験してみようっていうことは思いますね」(井田)

    そうやって答えのないものに触れながら、変化していくのは表現者も同じだ。山田は「ずっと同じ絵。描かないじゃない? 描く人いないじゃない?」と井田に問いかける。

    「やっぱり表現者って何かって言われた時に、人生を示すことだと思うんだよね。やっぱり人生って日ごとに変わっていくじゃないですか。その変化を受け入れることも、表現者にとって必要な資質なんじゃないかなと思っていて。アウトプットが劇的に変わるっていうのもあるけど、常に変化してる自分を感じて楽しんでいけたらいいんじゃないかなってすごく思う」(井田)

    井田の言葉にうなずきつつ、山田は受け手の側の変化にも期待感を示した。

    「自分の人生変えた一冊とかさ、一曲でも『あっ、今こんなふうに感覚変わった』ってあるじゃない? 例えばそれまでの僕の映像しか観てなかったファンの人は、『あっ、ミュージカルもそんなガチガチじゃないものもあるんだ』『じゃあちょっと他のも観に行ってみよう』ってなる。表現者のアウトプットをインプットしたことによって、その人の考え方が変わっていく」(山田)

    「いい相乗効果がね」(井田)

    「そうそう。それがすごく好きだし、だから、やってる意味がある。もちろん働いてお金をもらう仕事ではあるんだけど、そことは違う部分でやる意味っていうものをすごく感じる」(山田)

    ワクワクし続けたいし、見た人たちもワクワクしてほしい

    (左から)山田孝之、井田幸昌

    2023年に開催される個展『Panta Rhei|パンタ・レイ -世界が存在する限り-』(米子市美術館:2023年7月22日~ 8月27日/京都市京セラ美術館:2023年9月30日~12月3日)はまさに、井田幸昌の「人生」と「変化」が表現される。国内未発表作を含むこれまでの絵画作品、立体作品に加えて、絵日記のように日々綴る “End of today” シリーズ、そして最新の作品までを一同に展示する予定だ。

    井田は言う。

    「米子市美術館は故郷である鳥取県にある美術館です。凱旋というのかな。恩返しをしたい気持ちもあります」

    「僕が16、17歳くらいで日本中一人旅しているときに訪れたのが当時の京都市美術館(現在の京都市京セラ美術館)だったんです。そこで一枚の絵に出会って『うわっ、絵ってこんなに素晴らしいんだ』と2~3時間、動けなくなる経験をして」

    「その帰り道に『あっ、俺、画家になろう』と思ったんですよ。なので、原点回帰じゃないですけど、最初の自分の気持ちにもう一回向き合ってみたいなと。多分、おなかいっぱいの展覧会になると思います」

    そして2人の話題は「芸術の未来」へと向かっていく。

    「やっぱり芸術って伝わっていくものじゃないですか。例えば山田さんにも、きっと先輩とか先生とかがいらっしゃるんでしょうけど、僕も誰かにとってのそういう存在になりたいとはちょっと思う。聖人君子じゃないから足りない部分もいっぱいあるし、悪いところは捨ててもらえばいい。でも、活動して素晴らしい何かができた時、僕たちより若い世代には価値観とかは受け継いでもらって、さらにすごいものを作ってもらえればいいのかな」(井田)

    「僕は自分が表現することでワクワクし続けたいってこともそうだし、それを見た人たちがまたワクワクしてほしいっていう気持ちがある。だから多分やりたいことがどんどん出てくるし」(山田)

    動画で見る《俳優 山田孝之 × 画家 井田幸昌 対談》

    YouTubeでこの動画を見る

    IDA STUDIO / Via youtu.be

    井田幸昌『Panta Rhei|パンタ・レイ -世界が存在する限り-』

    公式サイト:https://ida-2023.jp

    ◆米子市美術館
    2023年7月22日(土)~8月27日(日)
    主催:米子市、米子市教育委員会、(一財)米子市文化財団 米子市美術館

    ◆京都市京セラ美術館
    2023年9月30日(土)~12月3日(日)
    主催:京都新聞、京都市

    〈井田幸昌(いだ・ゆきまさ)〉
    画家・現代美術家。1990年、鳥取県出身。2019年東京藝術大学大学院油画修了。2016年現代芸術振興財団主催の「CAF賞」にて審査員特別賞受賞。2017年レオナルド・ディカプリオ財団主催のチャリティオークションに史上最年少参加。同年に株式会社IDA Studio を設立。2018年Forbes JAPAN主催「30 UNDER 30 JAPAN」に選出。 2021年にはDiorとのコラボレーションを発表するなど多角的に活動。同年、日本の民間人として初めてISSに滞在する宇宙旅行を行った前澤友作氏によって、作品「画家のアトリエ」がISSに設置された。 制作は絵画のみにとどまらず、彫刻や版画にも取り組み、国内外で発表を続けている。

    〈山田孝之(やまだ・たかゆき)〉
    俳優・プロデューサー。1983年、鹿児島出身。1999年に俳優デビュー。2003年、『WATER BOYS』(フジテレビ系)でドラマ初主演、2004年『世界の中心で、愛をさけぶ』(TBS系)ではザテレビジョンドラマアカデミー賞主演男優賞を受賞。以降、『電車男』『クローズ ZERO』『闇金ウシジマくん』『凶悪』などの映画に出演。近年の作品には、『50回目のファーストキス』『ハード・コア』『全裸監督』『ステップ』『はるヲうるひと』など、多くの作品で主演を務める。また、クリエイターの発掘・育成を目的とする映画プロジェクト『MIRRORLIAR FILMS』のプロデューサーや監督など、活動は多岐にわたる。