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「ヤフコメ民をヒートアップさせたかった」在日コリアンを狙った22歳。ウトロ放火事件“ヘイトクライム”の動機とは

在日コリアンが集住する京都・ウトロ地区を襲った放火事件。犯行を認めた男は、韓国民団をねらった同様の事件を2度起こしていた。憎悪感情をもとにした「ヘイトクライム」と指摘される事件を起こした、その動機とは。

在日コリアンが集住する京都府宇治市ウトロ地区で、2021年8月に起きた放火事件。

非現住建造物等放火の罪などで起訴された奈良県桜井市の無職有本匠吾被告(22)は、愛知や奈良の在日大韓民国民団(韓国民団)施設でも不審火事件を起こしたと供述した。

その背景に何があるのか。BuzzFeed Newsは3月、拘置施設で被告と接見。その後も手紙による取材を続けた。

本人の言葉から浮かび上がったのは、一連の事件は在日コリアンへの差別意識と不当な憎しみの感情をもとにした犯行、つまり「ヘイトクライム」だったということだ。

さらに被告は、動機の一つとして「ヤフコメ民の反応」を期待していたと明かした。

(注:事件の実相を伝えるため、この記事にはヘイトスピーチに当たる内容が含まれます)

「自分としては、申し訳ないという気持ちはないですね」

京都市内の拘置所でBuzzFeed Newsの記者と向かい合った被告は、自らの犯行について、そう振り返った。

こちらの目を真っ直ぐ見ながら、淡々と受け答えを続けた。ほかのメディアからも同様に取材を受けているからか、持論を語るときは饒舌な印象を受けた。

宇治市ウトロ地区での火事は、8月30日午後4時ごろに起きた。空き家付近から出火し、住民が暮らしている民家2棟にも延焼。7棟が全半焼した。

けが人はいなかったが、2023年4月に開館予定の「ウトロ平和祈念館」に展示するため倉庫に保管されていた史料約40点が焼失した。

名古屋市の韓国民団愛知県本部に火をつけたとして、11月に器物損壊の罪で起訴されていた被告が、ウトロの事件でも関与を供述。京都府警は12月、ウトロでの非現住建造物等放火の疑いで改めて逮捕した。

被告はさらに奈良の民団支部でも同様の犯行をしたとして書類送検された。捜査関係者によると、調べに対し「朝鮮人が嫌い」という内容の動機を語っていた。

こうしたことから、憎悪感情を元にした「ヘイトクライム」であるとの指摘が相次いだ。大阪府の民団支部にハンマーが投げ込まれた事件も起き、模倣犯や類似事件を憂慮する声、そして当事者からは「命への不安」の声が寄せられた。

そして被告は、BuzzFeed Newsに犯行の動機をこう説明した。ヘイトクライムであることを、自ら認めたということだ。

「対人被害に最大限注意したうえで、(在日コリアンが)日本にいることに恐怖を感じるほどの事件を起こすのが効果的だったのです」

事件は国会の場でも取り上げられるまでに発展したが、こうした事件の再発を防ぐための具体的な方策やメッセージを、政府はまだ出していない。

動機として語った「不平等感」

時節柄、接見(面会)時間は10分に限られた。BuzzFeed Newsは拘置施設での2度の接見と手紙でのやりとりを複数回重ね、取材を続けた。

取材に対し、一連の犯行を認めた被告の言葉には、ほとんど抑揚がなかった。記者が「放火で人が亡くなってしまうという思いはありましたか」と尋ねた時も、それは同じだった。

「あります。個人的に恨みがあったわけではないですが……。ただ、3発目にやった京都(ウトロ)では、人が周りにいないと時間をかけて確認しました。住民がいたとはあとから知らされました」

ウトロでは、放火で人々が焼け出された。けが人や死者が出なかったのは、子どもたちがたまたま留守にしていたといった、不幸中の幸いが重なっただけだ。場合によっては命が奪われていた危険性すらあるが、被告に反省の色は見られなかった。

在日コリアンや朝鮮・韓国の人たちに対する差別感情が「少なからずありました」と言い切る被告に、なぜそんな感情を持ち始めたのかと尋ねると、本人が口にしたのは「不平等感」だった。

本人の説明によると、被告は和歌山県出身。京都府内の福祉専門学校に進学したが、コロナ禍で就職はうまくいかなかったという。ようやく働き始めた病院の事務職もワクチン接種業務などが重なるなかで退職を余儀なくされ、「貧困状態」になったという。

地方と都市部の格差、そして社会的な困窮。「自己責任」として片付けられ、メディアにも、政治にも無視されているーー。被告は取材に対し、そういう内容の言葉を重ねた。

被告がこうした被害者意識と鬱憤の矛先を向けたのが、在日コリアンの人々だった。彼らが「特別待遇」を受けていると思い込み、怒りを感じるようになったのだという。

「コロナ禍で自分を含めて経済的に貧困状態にいる、保護を受けたくても受けられない人が多数いるような状況のなかでも、彼らは特別待遇を受けている」

「京都(のウトロ地区)では、公営住宅や祈念館を設立しようとしている。その費用を市民に充てたら何人救えるのか」

その誤った認識とは

在日コリアンに「在日特権」などの「特別待遇」があるというのは、何度否定されてもネット上で繰り返し広まってきた、古典的なデマだ。

被告の語る内容はこうしたデマと偏見に基づいたものであり、いずれも一方的で事実ではない。

ウトロ地区についても、被告は誤った認識を持っていた。

ウトロは第二次世界大戦中、軍の飛行場建設に携わった朝鮮人労働者の「飯場」が元になって形成された場所だ。飛行場の建設は終戦を機に中断し、放棄された。

日本社会も、日本の敗戦までは植民地だった朝鮮半島も戦後、大きく混乱した。米国とソ連の対立から、朝鮮半島は社会主義の北と資本主義の南に分裂。朝鮮戦争(1950−1953年)が起きた。

激しい戦乱を人々は逃げ惑った。今のウクライナのように多くの人が家を失い、避難民となった。一度は日本から戻ってきたのに、再び日本に避難する人もいた。

こうした社会情勢を背景に、ウトロは戦後そのまま残らざるを得なかった人や、伝手を頼って新たに移り住んだ人々の集住地区となった。水道もガスもない劣悪な環境だったが、人々が混乱期を生き延びるためのコミュニティとなった。

当初は国策企業から転じた民間企業が一帯を所有していたが、転売後に立ち退き訴訟が起こされて、土地問題が噴出することになる。

住民側が敗訴し、「不法占有」ともされたが、韓国政府の出資や寄付などで一部の土地を買い取り、2棟の市営住宅が建てられることで問題は決着。

国や府、市が整備にあたり、一部住民は2018年に完成した第1期棟に転居。残りの住民は第2期棟の完成を待っている。地区には、いまも約60世帯約100人が暮らす。

市営住宅のすぐ近くには、「ウトロ平和祈念館」が今月末にオープンする予定だ。その建設費用も、寄付などから支出されている。

複雑な歴史を踏まえたうえでの一連の経緯は、被告には「特別待遇」としか映らなかったようだ。

「4度目の放火」の計画も

被告は、日本に暮らす韓国・朝鮮籍の人たちの一部が「被害者意識が強く国内でいろいろと反日活動をしている」などとも主張した。

一例としてあげたのが、2019年に名古屋市で開かれ、慰安婦像などの展示をめぐり議論が巻き起こった、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」だった。

被告が最初の犯行先に選んだのが愛知県の韓国民団だったのは、「事件に対する反応が大きいところと考えた」からだったという。なお、同展やあいちトリエンナーレに民団が関わったという事実はない。

続く奈良の民団支部で起こした事件は、「模倣犯がいろいろなところで事件を起こしている」と偽装する意図があったという。それにより、当事者たちの恐怖が増すと考えた、という内容のことも語った。

そして、3回目の犯行となったのがウトロ地区の事件だ。前述のように、市営住宅建設や祈念館に抗議する意図があったというが、ウトロについて知ったのは、犯行の数ヶ月前だったという。

「祈念館の展示方針が日本人と在日コリアンの『衝突』を引き起こす姿勢にうつり、『不快感』を覚えた」としている。

その後、YouTube動画などで地区の歴史を調べ、さらに祈念館に展示予定の史料が倉庫などにあることを事前に確認したといい、「展示しようとしたブツを狙った」と明言した。

被告の考え方はここでも一方的で、事実認識を誤っている。

祈念館には、地区の歴史を伝えるだけではなく、地域のコミュニティ拠点として、さらに「日本と朝鮮半島の未来を担う人たちの出会いと交流が深まる場」にしていきたい、という目的がある。衝突ではなく、共生を目指す場なのだ。

なお、被告は4回目の犯行の計画があったことも示唆している。

「もし逮捕されずに、加えて事件に関して何の論評もされぬまま風化したと感じられた場合、4ヶ所目の放火、それに準ずる事件を実行する計画がありました」

「ヤフコメ」について語ったこと

被告は、排外主義的な団体などに所属したことはないという。

では、どこで情報を入手していたのか。尋ねると、「ヤフーニュースのコメント欄です」と語った。

「無料でニュースを読めるヤフーをみていることが多いので、コメント欄も目に入りやすかった。投稿には反応も多いし、コメントに対する賛否の評価もみられるので、ある意味、偏りのない日本人の反応を知ることができる場だと思っていました」

「主観ではない客観的な正しい情報を知るために、こうした評価のあるものは大いに参考になるのです」

さらに被告は取材に、「左派」の報道機関は「朝鮮半島側に偏った報道」を続けていると口にし、「ヤフコメ」こそが「客観的」だと強調した。

Yahoo! ニュースのコメント欄、通称「ヤフコメ」は、誹謗中傷や差別的なコメントなどが高評価を集め、多くの人の目に触れるままになってきたことから、問題視されてきた。

ページビューの多い記事ほどがコメントがつき、多くの人の目に触れることにもなる。AIや人的なパトロールで削除されるようになり改善は図られているが、書き込みから削除までは時間差がある。

削除されないままのものも少なくない。今回の放火事件をめぐっても、事件を賛美したり、擁護したり、憎悪を煽ったりするコメントがついたことで、批判の対象となった。

「日本のヤフコメ民にヒートアップした言動を取らせることで、問題をより深く浮き彫りにさせる目的もありました」

被告はそうも記した。ヤフコメという場で自分の考えが理解され、差別や憎悪が再生産されることを望み、犯行に及んでいたということになる。

多くの人々を恐怖に陥れたヘイクライムの背景にあったのは、生活苦と歪んだ被害者意識、さらに歴史への無理解をもとにした身勝手な動機。そして、偏見や差別意識を公にさらし、増幅させることのできる「場」の存在にもあったのではないか。

「私がこうして取材に応じているのは、信念がいまなお続いているからにほかなりません」と、被告は言った。その初公判は、5月16日に予定されている。


BuzzFeed NewsはYahoo! Japan広報室に、本件に関する取材を申し込んでいる。