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「次は自分たちが殺されるのでは…」ネット上の“デマ”を信じた22歳が起こした連続放火事件。被害者の弁護士が、判決を前に伝えたいこと

在日コリアンが集住する京都・ウトロ地区などを襲った連続放火事件。憎悪感情をもとにした「ヘイトクライム」に対して、司法はどのような判断を下すのか。判決を前に、被害者側の弁護士に見解を聞いた。

在日コリアンが集住する京都・ウトロ地区や、名古屋市の韓国学校などで連続放火事件を起こしたとして、非現住建造物等放火などの罪に問われている無職有本匠吾被告(23)。

その判決が8月30日、京都地裁(増田啓祐裁判長)で言い渡される。韓国人への「敵対感情」をもとに、ネット上でデマを信じ、さらに「ヤフコメ」を煽る目的で起こされた明確なヘイトクライムに、司法はどのような判断を下すのか。

裁判を間近で見つめてきたウトロ地区の被害側弁護団長を務める豊福誠二弁護士に、判決で注目すべきポイントと、司法が果たすべき役割について聞いた。

被告は韓国人への「敵対感情」などの嫌悪感を持っていると明かしており、BuzzFeed Newsの取材に「(在日コリアンが)日本にいることに恐怖を感じるほどの事件を起こすのが効果的だった」などと答えている。一連の犯行が、差別感情に基づいた「ヘイトクライム」であることは、明らかだ。

また、「ヤフコメ民にヒートアップした言動を取らせることで、問題をより深く浮き彫りにさせる目的もあった」とも述べており、憎悪をあおる目的もあったと言える。

懲役4年を求刑し検察側は、被告が在日コリアンに対する「嫌悪感」「偏見」「悪感情」から犯行に及んだものとしながら、「差別」という言葉を使わなかった。

豊福弁護士はこの点について「不十分」と言及しつつ、裁判所は「差別感情」をしっかりと量刑に反映させる必要があると訴える。

「今回の放火事件は被害者の命に関わる重大な犯罪でしたが、出自で被害者を選んでる以上、ヘイトクライム以外の何物でもありません。検察官の論告は不十分でしたが、裁判所には人種差別意識に基づいたヘイト犯罪の危険性をよくよく認識していただきたいと感じています」

「在日コリアンの人たちにとってみれば、生存を脅かされるナイフのような事件です。すでに大阪でもコリア国際学園を狙った別の事件が起きたように、ほかの集住地区を狙った犯罪が続くのではないか、次は自分たちが殺されるのではないかと感じているのです」

「目立って狙われることをおそれ、声があげられないマイノリティも少なくありません。そうしたこともあって、マジョリティの人たちにはなかなかこの恐怖が伝わりにくい。多くの人たちにとって、人種差別は無関係でいられる問題ですから」

「残念ながら裁判所も、検察官も、公益を守るという観点においてはマジョリティの中のマジョリティですが、さらなるヘイト犯罪を予防するためにも、求刑通り、ないしは上回るような判決にしていただきたいと思っています」

「気づかないでいられる被害」の存在

日本には「差別」を明確に禁止する法律がない。2016年に「ヘイトスピーチ規制法」が施行されたが、あくまで理念法であり、罰則規定はない。

規制法により、路上における露骨な「ヘイトスピーチ」が減るなどの効果はあったと評価する声もあるが、ネット上の差別的な書き込みなどはいまだ多く存在するほか、脅迫文を在日コリアンの関連施設に送付するなどのヘイトクライムも起きている。

豊福弁護士が指摘したように、今年4月には在日コリアンや日本人の子どもらが通うインターナショナルスクール「コリア国際学園」(大阪府茨木市)を狙った29歳の男による放火事件も起きた。男も韓国人に「嫌悪感」を持っていたという。

こうした被害が続くなか、国として差別を許さないという姿勢を示すとともに、量刑に差別動機を反映させ、同様の事件が繰り返されることを防ぐために、包括的な差別禁止法(人種差別撤廃法)の制定が必要だーー。豊福弁護士は、そう指摘する。

「裁判を通じてわかったのは、差別を明確に禁止する法律の必要性です。刑事裁判は罪刑法定主義である以上、為政者の考え方などによって罪が重くなったり、軽くなったりするべきではありません。人種のみならず、さまざまな差別を包括的に禁止する法律が必要です」

「差別が違法であると宣言する法律の制定にあわせて、ちゃんと被害実態を掴むためにヘイトクライムに関する統計を国が取る必要もあると思っています。マジョリティが気づかないでいられる被害を見える化する意味もあるはずです」

「同時に、行政による上からの『ガバメントスピーチ』も大切だと感じています。欧米ではヘイトクライムがあれば同様の動きがすぐなされます」

「今回の事件では、宇治市長が『偏見や憎悪意識に基づく犯罪で決して許される行為ではない』と明言しましたが、岸田首相にも判決が出てからは、非難の声をしっかり示してほしいと思っています」

「ネットで真実」の背景は

今回の裁判では、被告が「在日特権」などの古典的なデマや事実に基づかない歴史認識を信じ込み、犯行に及んだことが明らかになっている。ソースは「インターネット」だった。

「あいちトリエンナーレ・表現の不自由展」の慰安婦像展示をめぐる問題や、京都国際高校の甲子園における韓国語校歌の斉唱など、ネット上で話題になった話題に反発を覚えていた。ウトロ地区を知ったのも、関連記事を読んでいた際に「不法占拠」(土地所有者は裁判で「間違った情報」と否定)との文字を見つけたことがきっかけだった。

被告は地区の住民が「国際法に基づく領土侵犯、違法な滞在」であると誤った認識をし、公共住宅整備が優遇であると妬んだうえで、当時準備が進んでいた「平和祈念館の開館阻止」のために設置予定の看板などを燃やすことにしたという。事件では実際、展示予定だった史料が焼失した。

検察側は、こうした被告について、自らの「偏見」や「思い込み」に基づき、職を失った「憂さ晴らし」や社会から注目を浴びたいという動機から事件を起こしたと指摘した。

豊福弁護士は「自分より弱い人を、差別感情に基づき狙うのは醜いこと」と指摘しながら、法整備とともに教育の必要性も強調した。

「ウトロ地区での火事の一報を聞いたときは頼むから失火でいてくれと願っていました。しかし、実際は明確なヘイトクライムだった。教育や法律などを整備してなかったから起きた、ある種必然の事件だったとも思います」

「被告は、砂上の楼閣にある、叩けばすぐ壊れるような、ありきたりなデマをそのまま信じていました。なぜこんなデマがいまだに浸透していて、犯行にまで及んでしまうのか。『ネットで真実』の背景には、学校できちんと現状を教えていないことがあるのではないかと感じています」

「マイノリティへの差別が固定化されている状況があるのは、教育の問題も大きいはずです。マジョリティが想像力をとにかく持つことが大切で、そのための教育が求められています」

「実際にヘイトの被害がどのようなものなのかをしっかり伝える、見せるということも大事なのかもしれません。人権は自らが侵害される立場にならないと危険性に目が行きにくいものですから」

再び事件が起きてからでは…

裁判の過程を通じ、被告は雄弁だった。人的被害については反省のそぶりを見せる一方で、自らの行動そのものや主張への誤認識を謝罪することはなかった。実際、「後悔は正直ないが、反省という意味では深く謝罪を申し上げたい」と語っている。

また、自説を論じる姿も目立った。慰安婦問題や領土問題に関する自説を語ろうとしたところを検察官に静止され、「これだけは話させてください」と苛立ちを隠さずにやり合う場面もあった。

さらに最終意見陳述では、「私のようにそうした方々への差別偏見を抱いている人はいたるところにいる」「放火は個人的な感情に基づくものではない。何を背景として起きたのかを考えないと、さらに凶悪な事件が起き、罪のない人が命を失うことになる」などとまで述べた。

自らの差別意識を正当化したうえでさらなる犯行を想起させるような発言に、被害者からは非難の声があがっている。

また、被告が「ヤフコメ」を煽るという動機を述べた通り、ネット上ではいまだに犯行を賛美したり、同調したりする書き込みが存在する。煽られた憎悪感情がさらなる類似犯を産まないか、被害者たちは常に恐怖にさらされているのだ。

「自ら置かれた恵まれない立場であることを理由に、承認欲求のため、さらに弱い立場のマイノリティの人たちに刃を向けたという被告には、自らの行為の醜さに気がついてほしいと感じています」

「ネットでも一部影響を受けて、賛同しているような書き込みがありましたが、やはり放置していてはいけない。ちゃんと社会として非難するためにも司法・行政が態度を示すことが、やはり大切なのではないでしょうか」

「法律は革命の手段ではありません。法律を使っては漸進的な進歩しかのぞめません。また、法律家は法的安定性(誰が判断しても同じ答えになること)を重視しますから、新しい一歩を踏み出すことには慎重になりがちです。裁判所の判断も、もちろんそうです」

「しかし、参政権を持たないマイノリティの権利が危機に瀕している時、最後に頼りになる国家権力は、三権のうちどれでしょうか。立法でも行政でもない。理性の府、司法にほかなりません。立法も行政も選挙権を有するマイノリティの利益には目を向けますが、少数者の権利保護は苦手です。それはまさに、司法の出番なのです。再び何かが起きてから動くのでは遅い。そろそろ想像力を働かせて動きませんか、と伝えたいですね」


判決は8月30日午前11時に言い渡される。BuzzFeed Newsでも判決内容を詳報する予定だ。

UPDATE

被告の現在の年齢を修正いたしました。