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自宅と思い出、そして愛犬を奪った放火事件。“ネットの書き込み”がもたらした二次被害とは

在日コリアンが集住する京都・ウトロ地区を襲った放火事件。犯行を認めた男は、韓国民団をねらった同様の事件を2度起こしていた。憎悪感情をもとにした「ヘイトクライム」の裁判が続くなか、被害者らは何を感じているのか。

22歳の男が在日コリアンが集住する京都・ウトロ地区や、名古屋市の韓国学校などで起こした連続放火事件。裁判などで語られた背景には差別的な動機があり、憎悪感情を元にした「ヘイトクライム」であると言える。

実際に火事で焼け出された被害者や、地区を見つめ続けてきた人たちはいま、何を感じているのか。6月21日に京都地裁で第3回公判が開かれるのを前に、その思いをあらためて聞いた。

(注:問題の実相を伝えるため、この記事には差別的表現が含まれます)

「子ども部屋もほぼほぼないくらい、燃えてしまった。偶然友達の家に遊びに行っていたから無事だったけれど、一歩間違えてたら、子どもたちも火事に巻き込まれ亡くなってしまっていたかもしれん。不幸中の幸いでしたよ、本当に……」

そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、大西磯さん(47)。今回の放火事件で、暮らしていた借家が燃え、当時小学生だった2人の子どもを含む家族全員が焼け出された。

当時大西さんは出かける準備をしていたが、火の回りはとにかく早く、気がついたときには煙が家を覆おうとしていた。なんとか持ち出せたのは、わずかばかりのお金や貴重品くらい。家財道具、衣類、子どもたちの写真ーー。ほとんどが燃えるか、消火活動で水没した。

大西さんは飲食店を営んでおり、偶然家に置いていた売上金300万円も被害に遭った。その後、生活を再建するための出費もかむさむ。お金はかき集めて当座をしのいでいるが、返済のため、解体業など別の仕事もかけもちしている。

「一気に人生が狂ったね。どうしようもないから、もう前に進むしかないですね」。そう語る大西さん一家に放火事件がもたらしたのは、金銭的な負担だけではなかった。家族同然だった4歳の愛犬のパグが、焼け出された翌朝に、亡くなってしまったのだ。

「ほんまにね、家とか燃えてそれは大変ですけど、何年かがんばったら買えるものじゃないですか。せやけどね、犬だけは命で、家族だからね。直後は泣いている嫁や子どもに『パパ頑張るから大丈夫やって』いうてましたけど、次の日犬が亡くなったんだけはもう、ちょっと立ち直れんかったね……」

二次被害を生んだ「コメント欄」

これまでの取材に対し、被告は「(在日コリアンが)日本にいることに恐怖を感じるほどの事件を起こすのが効果的だった」などという動機を語っている。

そう主張した被告に対し、自らは日本人で、妻は在日コリアンだという大西さんは言葉を投げかけた。

「差別いうのはあってはならんこと。みんな赤い血を流した同じ人間やし、みんなでともに助け合っていきていくのが本来の人間の在り方やと思うんですよ」

「嫌いやから、追い出したいから火をつけたというけど、自分の家なんかがそんな考えで燃やされたらどう感じるのか。被告には逆の立場になってみて、考えてほしい」

今回の事件をめぐっては、大西さんの妻がメディアの取材に答えたニュースにネット上で「朝鮮人が日本語を話している」などと差別的なコメントがつき、いやでも目に入ってきてしまったという。

被告は「日本のヤフコメ民にヒートアップした言動を取らせることで、問題をより深く浮き彫りにさせる目的もありました」などと、「ヤフコメ欄」などの書き込みを煽る意図があったとも取材に答えている。

そうした被告の“狙い通り”とも言える二次被害が生じたことについて、大西さんは言葉を詰まらせながら、こう話した。

「なんでここに在日の人らがいてるということから学んでいって、どんな人らが暮らしているのかを知ったら、そういうことは言えないんじゃないかな。もう怒りというか、それを通り越して、寂しいですよね」

一緒に酒でも飲んで…

そもそも被告がウトロ地区を知ったのは、犯行のわずか10日ほど前のことだという。

実際にその地区に足を運ぶことも、暮らす人と出会うことも、話すこともなく、ネット上で集めた「在日特権」「不法占拠」などのデマなどをもとに、憎悪感情を募らせていたということになる。

「ウトロのおばあさんが言ったんですよ。『韓国人がわからんというのなら、まずは1回ここへ来て、それでみんなで焼肉を七輪でつついて食べて、お酒でも飲んだらよかったのにね』って」

事件についてそう語るのは、同地区で4月末にオープンしたウトロ平和祈念館館長の田川明子さん(77)だ。「ヘイトクライム」であることを知ったときは、「悲しく残念で、許せない事件」ともいう。

「悲しみと怒りでいっぱいのなかから出てきたおばあさんの言葉は、ある意味で本質をついていますよね。触れ合ってみたらよかったのにな、と。もしもなんてことはないけれど、そんなふうに思いました」

祈念館は、ウトロ地区で差別に争いながら、自分達の権利を守るための闘いを強いられながら、支えあってたくましく生きてきた住民たちの姿を伝え、その歴史を残すために寄付をもとに建設された。

一方の被告は祈念館の「開館阻止」の狙いがあったと裁判などで述べている。展示品である看板を狙ったとしており、実際に倉庫に保管されていた史料40点が焼損した。

30年以上前から「ウトロを守る会」の代表として、地区住民の環境改善など支援活動に奔走し、そこに暮らす人々とともに歩んできたという田川さんは、被告のそうした身勝手な動機について、このように述べた。

「何か在日コリアンが特権を持っていると勘違いして、その人々をターゲットにすることで自分の不満を解消するのは間違っている。子どもたちが今回の事件を受けて『自分はこの社会にいてはいけないんだ』と感じてしまったら、それは本当につらく、大きな問題です」

「在日問題」ではなく

事件をめぐっては、「ヤフコメ」などのネット上には犯行に賛同するような声も寄せられた。前述の通りこれは被告が意図していたことでもあり、やはり田川さんの目にも、そうした書き込みは目に止まったという。

「本当に愕然としました。こうした事件がいつでも起こりうるという火種がまだまだあるということです。人々の気持ちの中に潜んでる差別意識だって、抗いなくある。社会がはらんでいる病のようなものである気がしてなりません」

「宇治市長は明確に犯行を非難しましたが、政府などにも、ヘイトクライムのような犯罪行為は絶対に許さない、と強い声をあげてもらいたい。差別の芽は、しっかりと摘んでおかなければいけない」

そのうえで田川さんは、この社会の「マジョリティ」である人たちに対して、こうも述べた。

「講演をするときの、必ず結びにいう言葉があるんですね。『在日問題っていうのはありません。在日日本人の問題、日本人社会の問題なんです』と。よそごとではなく、自分に置き換えてまずは考えることから、初めてもらいたいと私は思っています」

祈念館には、「ウトロに生きる、ウトロで出会う」というコンセプトがある。歴史を伝えるだけではなく、人と人が出会い、それを通じて互いを知っていく場であってほしい、という願いを込めたのだ。

「私はウトロと出会って人生が豊かになりました。ネットの世界ではなく、一緒に平場で語り合い同じことをするといった、人間的な交流の場がいまとても大事になっているのかもしれません」

「在日の人たちも日本人と出会い、日本人も在日と出会い、そうかあってお互いが共感できるとこが見つかっていくはず。そうすれば、在日コリアンに対するある種の偏見や思い込みも解けていくんじゃないかな。祈念館には、そのような場所になってほしいと願っています」

事件の背景をまとめた動画はこちらから。

今日、京都地裁で第3回公判が開かれるウトロ地区などへの連続放火事件。 「ヤフコメ」を意識したという被告の差別的動機や、事件の背景をまとめた動画はこちらです。

Twitter: @BFJNews