• borderlessjp badge

在日コリアンが「不当に利益」とデマ信じ… 22歳が起こしたウトロなど連続放火事件。「差別」記さぬ判決に被害者たちは

在日コリアンが多く暮らす京都・ウトロ地区などで連続放火事件を起こした被告に、京都地裁は求刑通りの懲役4年の実刑判決を言い渡しました。判決文には「排外的」「嫌悪感」「敵対感情」「偏見」という言葉が並ぶ一方で、「差別」は用いられませんでした。被害者や弁護団の受け止め、そして課題は。

在日コリアンが集住する京都・ウトロ地区や、名古屋市の韓国学校などで連続放火事件を起こしたとして、非現住建造物等放火などの罪に問われた無職有本匠吾被告(23)。

京都地裁(増田啓祐裁判長)は8月30日、検察の求刑通り、懲役4年の実刑判決を言い渡した。

韓国人への「敵対感情」をもとに、ネット上でデマを信じ、さらに「ヤフコメ」を煽る目的で起こされた明確なヘイトクライムについて、「差別動機」がどう判断されるのかという点が注目されていたこの裁判。

判決では在日コリアンへの「偏見」「嫌悪感」などの動機が認定されたが、「差別」という言葉は用いられなかった。

求刑通りの厳しい判決となったことに、被害者側からは評価する声が上がった一方、はっきりと、差別に基づいた犯罪であると明確に認定しなかった点を指摘する声もあった。

判決によると、被告は2021年7月24日に愛知県内の韓国学校などに火をつけ、建物を焼損させた。また、8月30日には京都市・ウトロ地区の家屋に火をつけ、周囲の6棟を全半焼させた。住民のいる家も2棟あったが、「空き家であると誤信」していたとした。

増田裁判長は判決で、被告がかねて在日コリアンが「不当に利益を得ているなどとして嫌悪感や敵対感情」を抱いていたと指摘。

日本人が「問題を考えることなく放置している」ことに不満を持ち、さらに離職の自暴自棄やうっぷんが重なり、「在日韓国・朝鮮人や日本人の不安を煽ることで、自らの望む排外的な世論を喚起すること」を目的に、まず名古屋での犯行に及んだとした。

その後、この事件が注目されなかったことに不満を覚え、さらにウトロ地区の平和祈念館の開設計画があることを知り、その展示物を焼損させることで開館を阻止しようと、ウトロ地区での犯行を起こしたとした。

ウトロ地区での犯行においては、「象徴とされる立て看板などの史料が焼失」したことで、被害者らが「財産的損害のみならず精神的苦痛」を被り、「その処罰感情が極めて厳しいのも当然」と強調。

名古屋での犯行についても、「韓国学校に通う子どもらや保護者を含む関係者に与えた不安感等も軽視」できなかったとした。

そのうえで、在日コリアンという「特定の出自を持つ人々に対する偏見や嫌悪感等に基づく、誠に独善的かつ身勝手なもの」と批判。

不安をあおって世論を喚起しようとするなどの犯行は「民主主義社会において到底許容されるものではない」「甚だ悪質で、相当に厳しい非難が向けられなければならない」「刑事責任にはかなり重い」と断じた。

また、被告が「世論の喚起にこだわるような姿勢も最後まで見せるなど、反省が深まっているようにはうかがえない」とも非難した。

増田裁判長は最後、法廷で被告に対し、「自らの行ったことをよく反省してください」と説諭し、被告はうなずいた。被告は入廷時に傍聴席に目を向けたが、判決後は真っ直ぐ前を向いたまま法廷をあとにした。

「一歩前進、しかし…」

偏見に基づき社会の不安を煽り、自らの望む「排外的な世論」を喚起しようとした被告の犯行を厳しく断じた一方で、「差別」という一言を用いなかった今回の判決。

被害を受けたウトロの関係者らは、裁判所が被告の差別意識に踏み込むかどうか、そして、それを判決にどう組み込むかを注目していた。被害者側は、判決をどう受け止めたのか。

判決後の会見で、ウトロ民間基金財団の郭辰雄理事長(写真左)は「2度と同じような事件を起こさないための重みのある判決」と評価した。

「検察側は悪感情に基づく嫌悪感という個人的な感情を要因としていましたが、判決では明確に偏見と嫌悪というふうに明示していました。ただ、差別がその原因であるという明示がされないなど、まだまだ不十分な点が残っていると言わざるを得ないところもあります」

「しかし、犯行によってウトロがこうむった展示物の焼失という極めて重大な被害についても触れ、排外的な主張の広範化など、社会全体に被害を加える大きな問題であるとも言及するなど、一歩前に進むものではあったとも感じています」

ウトロ平和祈念館の金秀煥・副館長も「裁判所が差別の問題にしっかり向き合ってくれた勇気づけられるもの。この社会が一歩、一歩進んでいるんだと住民たちに伝えられる判決だった」と評価。

一方、「なぜここまで言ってくれながら、『差別』という言葉が出ないという点については、やはり残念でなりません」とも語った。

民団愛知の趙鉄男・事務局長は「被害者である我々の声が届いたのかなという印象があります。もう少し言葉を期待しておりましたが、今日をきっかけに今後、ヘイトクライムを規制するような法律ができるようになれば」と述べた。

また会見では、被告から判決を前に一部の被害者に謝罪文が送られていたことも明らかになった。

民団愛知と、焼け出されたウトロ地区の2世帯(弁護団宛)に送られてきたが、史料が焼失したウトロ平和祈念財団や、建物の所有者に謝罪文は届かなかったという。

なお被告の謝罪文では、民団側には「あいちトリエンナーレに関係していたという勘違い」と「民団が東日本大震災の被災地支援をしていたことを知らなかった」などと謝罪する趣旨の内容があったが、自らの差別・偏見に関する反省の弁はなかったという。

「差別、意図的に避けている」との指摘も

こうした両面を持ち合わせた判決について、特に厳しい指摘をしたのが、ウトロ地区の被害者弁護団だ。

弁護団は「求刑から全く引き下げのない厳しい量刑でありましたが、マイノリティがヘイトクライムに危険にさらされている現状に目を向けない、まことに不十分なものだったといわざるを得ません」とする声明を発表した。

人種差別目的が明確だったにもかかわらず、判決でその言葉が用いられておらず、人種差別を許さないものだと宣言するようなものではなかったとして、「差別という言葉をあえて意図的に避けている」などとした。

豊福誠二弁護団長(写真)は「人種差別はとても危険なこと。その意味づけや、それを目的にした犯罪を断罪しなかった判決になってしまった」と指摘。

判決が放火などの暴力に訴えることは民主主義社会では許されない言及したことについても、「暴力的手段ではなければ容認されてしまうとも捉えられかねない」と批判した。

民団愛知代理人の青木有加弁護士は「言葉として差別は用いらなくても、偏見など論告より踏み込んだものでした。しかし一般的な犯罪とは違う差別犯罪を記録するためにも、ヘイト解消法などでも用いられている差別という言葉を用いるのが適切だったのないでしょうか」と語った。

一方、専門家らでつくる「外国人人権法連絡会」の師岡康子弁護士(写真)は会見で判決について「類型的な判決内容が好まれる刑事裁判の判決としては踏み込んだもの。前進との評価はできると思います」と語った。

「差別という用語は使っていませんが、特定の出自の人に対する偏見が動機であることに触れています。偏見という言葉は『憎悪のピラミッド』で下段に位置することからも考えると、実質的に差別的動機を認定したものと捉えられます」

「求刑通りと重くなった量刑についてもこうした事情や差別による被害が考慮されたのでは。また、社会の不安をあおり世論を喚起しようとした『メッセージ犯罪』というヘイトクライムの特性にも踏み込んでいることも、一定程度評価できるものだとは捉えられます」

とはいえ、師岡弁護士も判決文でも「差別」という言葉が用いられなかったことも含め、「はっきりヘイトクライムと認定したわけではなく、これだけでは類似事件の歯止めにはなるかというと弱いところ」とも指摘。

判決だけですべて解決するわけではないとし、日本も条約加盟している人種差別撤廃条約に基づいた包括的な「人種差別撤廃基本法」や、ヘイトクライムを罰する「差別禁止法」、また現行法の枠内におけるガイドラインの必要性を訴えた。

ネットに広がるヘイトの連鎖

この事件をめぐっては、被告への取材や裁判などを通じて、被告がネット上にあるデマを信じ込んでいたことや、「ヤフコメ民」を煽る目的があったことが明らかになっている(写真)。

ウトロ民間基金財団の郭辰雄・理事長も「ネットに氾濫する歪曲された情報や誤解に基づくデマに踊らされて、22歳の若者が人生を棒に振ってしまった」と、述べた。

「事件にネット上で自分が賞賛される、承認欲求が満たされるという期待を持っている側面もありました。背景には、匿名の差別的な書き込みが野放しになっているネット空間の存在があります」

「このような現状のもとで、大阪でコリア国際学園が放火される事件も起きているように、同様の犯罪が起きないという保証はありません。ヘイトクライムをどう禁止、罰するかという議論と同時に、ネット空間の差別的言動に対して、どう規制していくのかという議論もやっていく必要性があると感じています」

ネット上のヘイト・デマの問題の対策の必要性も改めて浮かび上がったことついて、前出の外国人人権法連絡会・師岡弁護士は、「インターネットで広がる偏見を受けた人が事件を起こすという危険な状態」と指摘した。

「事件のメッセージ性を受けてヤフコメに賞賛が集まるように、ヘイトスピーチとヘイトクライムの連鎖のスピードがアップしているように感じています。在日コリアンの人たちに対する攻撃が、いつあってもおなしくない状況が生まれているのではないでしょうか」

そのうえで、差別を禁じるための法整備に加え、国・政府として判決を受けて「ヘイトクライムは社会を分断するから許さない」という強いメッセージの発信「ガバメント・スピーチ」を述べることや、事実に基づいた対抗言論が求められているとした。

同連絡会では事件後に法務相に面会し、ヘイトクライム対策などを求めてきた。今後、判決を受けて改めて面会・要望をすることも検討しているという。