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「放火犯に増して怖いのは…」在日コリアンを狙った“ヘイトクライム” ウトロ放火事件、関係者の訴え

住民が暮らしている民家2棟など、7棟が全半焼した京都・ウトロ地区の放火事件。当初は失火の可能性もあるとみられていたが、奈良県桜井市の男(22)が非現住建造物等放火の疑いで逮捕、起訴された。

在日コリアンの集住する京都・ウトロ地区で起きた放火事件。被疑者は「朝鮮人が嫌い」などという趣旨の差別的動機を供述しており、ヘイトクライムであると指摘されている。

この事件をめぐって、2月24日、専門家らでつくる市民団体が国に対して早急なヘイトクライム対策を求める集会を開いた。

同地区の関係者が現状を報告し、今回の事件が被疑者だけではなく「社会の問題」であると訴えたほか、弁護士らから「この問題を放置してはいけない」として、国に対する提言が出された。

火事は、昨年8月30日午後4時ごろに起きた。住民が暮らしている民家2棟など、7棟が全半焼した。けが人はいなかったが、来年4月に開館予定の「ウトロ平和祈念館」に展示するために倉庫に保管されていた史料約40点が焼失した。

当初は失火の可能性もあるとみられていたが、奈良県桜井市の男(22)が非現住建造物等放火の疑いで逮捕、起訴された。男は名古屋市の韓国民団・愛知県本部に火をつけたとして、11月に器物損壊の罪で起訴されている。

BuzzFeed Newsの捜査関係者への取材では、男が「朝鮮人が嫌い」という内容の供述をし、ほかにも同様の放火を行ったことを示唆していることが明らかになっている。

「ウトロ放火事件は被疑者だけの問題ではありません。氷山の一角です」

2月24日に開かれた集会では、同地区出身の弁護士、具良鈺さんが自らの差別体験や、排外主義的な団体が2009年に起こした「朝鮮学校襲撃事件」の弁護に関わった経験を振り返りながら、こう述べた。

「これまで在日コリアンに対する多くのヘイトクライムが起こってきましたが、社会問題としてきちんと認識されていませんでした。起こるべくして起こった社会的背景をもった犯罪だと感じます」

「放火犯に増して怖いのは、社会の無反応、権力側の沈黙です。それにより、ヘイトの勢いに、歯止めが効かなくなります。どうか皆さん、それぞれの立ち位置と場所でこの問題に関心を持っていただきたいです」

また、同地区に祈念館を建設している「ウトロ民間基金財団」理事の金秀煥さんも「放火であると知ったあとに現場を見ると、個人のものではなく、この社会の今の問題として、憎悪や偏見を強く映し出しているように見えて、本当に怖かった」と述べ、こう語った。

「この事件に関するのネットの書き込みを見ると、『全部焼けたらよかった』『愛国無罪』『放火は悪いかもしれないが、ウトロの朝鮮人も悪い』などと、放火を擁護するような言説もあった。事件で焼け出された家族の方も書き込みを見てしまって、体が震えて寝られなかったといいます」

「この事件を生み出してしまった社会が、どうこの問題に向き合い、2度とこのようなことを起こさないかが大事。裁判の過程で、差別は犯罪であるということがしっかり認められれば、全ての少数者の方々が不安を感じず安心できる社会をつくろうとしている姿勢を伝えられるはずだと思っています」

相次ぐ「ヘイトクライム」の実態

ウトロの放火事件以外にも、差別的動機・憎悪感情を元にした「ヘイトクライム」は起きている。

前述の京都朝鮮学校襲撃事件のあと、2010年代には各地で発砲や放火、器物損壊、脅迫などの事件が繰り返されてきた。

川崎市では、2020年と21年に相次いで、在日コリアンの集住地区にある多文化共生施設「ふれあい館」に在日コリアンの殺害をほのめかす脅迫文書が送りつけられた。前者については元市役所職員の男が逮捕され、威力業務妨害で懲役1年の判決を言い渡されている。

さらに今年2月8日には、同市などで開かれる排外主義的な街宣活動に参加してきた人物が、Twitter上で「武装なう」と包丁3本を手に持った写真などを投稿。

その後も、「デモ隊の脇腹に突っ込みたい」などとツイートしたほか、集住地区を名指しし、「抗争したい」とも述べている。ヘイトクライムの「予告」と指摘され、地域に不安を広げている。

この間、支援者や専門家から指摘されているのは、行政や政府の発信力不足だ。欧米ではこうした犯罪が起きた場合、いち早くトップが非難声明を出し、被害者支援に乗り出すなどの対応をする。しかし、日本ではそうした積極的な対応がなかなか、みられない。

「この状態を放置してはいけない」として、弁護士など専門家でつくる「外国人人権法連合会」はこの日、国に対する提言を発表した。

政府の沈黙による副作用

同会の殷勇基・弁護士は、日本におけるヘイトクライム対策の課題として、「深刻な社会問題であることを公に宣言をし、計画を立てて実行していくべき。その認識自体が欠けているので政府は沈黙し、世論も大したことがないと受け止めてしまっている」と指摘。

そのうえで、男女共同参画政策やアイヌ民族、障害者政策と同様に、ヘイトクライムに関する担当部署を内閣府に設置することや、当事者や専門家が参加する 審議会の設置などが必要であるとした。

また、行政トップによる「ヘイトクライムを許さない」という意思表明である「政府言論」(ガバメントスピーチ)の重要性にもこう触れた。

「叩いても叩いてもまた同じような事件は起こるのかもしれないが、公的に意思を示すガバメントスピーチで問題が非常に重要であるという共通認識をつくるのが大切です」

「たとえばアメリカで大統領や州知事がすぐに宣言するように、日本でも事件が起きた場合は総理大臣や法務大臣、国会議員などが現地に行って、直接話を聞いて、その場で宣言を発してもらいたい。公的機関の行動を変えていくべき」

そのうえで、包括的な差別禁止法(人種差別撤廃法)の制定の必要性を強調。その制定までは現行法において差別動機の事件に関する裁判や捜査のガイドラインや仕組みなどが整備されるべきであると訴えた。

同会の師岡康子弁護士は「沈黙は差別をしていることと同じです。私たちひとりひとりが差別を許さないと示し、具体的な行動をしていかなければ」と呼びかけた。