• borderlessjp badge

「ネットの世界のこと」では済まない… ウトロ放火事件、放置されるヤフコメ。“ヘイトクライム”の危険性とは

京都府宇治市のウトロ地区は第二次世界大戦中、飛行場建設に携わった朝鮮人労働者の「飯場」が元になって形成された集住地区。土地問題が決着し、いまも約60世帯約100人が暮らしている地区を襲った事件にインターネットが与えた影響とは。

民家と空き家、倉庫など7棟が燃えたウトロ地区で起きた放火事件をめぐり、ヘイトスピーチ対策を求める市民団体が集会を開いた。

「京都府・京都市に有効なヘイトスピーチ対策の推進を求める会」(求める会)が開いた集会では、ヘイトクライムについて「社会的につくられた差別構造に起因するもの」とするアピール文を発表。

いまの社会の状況について「差別と排除を扇動するヘイトスピーチが街でもインターネットでも広まり、それに煽られた人たちがヘイトクライムを実行するに至っている」と憂慮を示し、司法行政機関に事件の究明や法整備などの対策を求めている。関係者の思いを聞いた。

(*この記事にはヘイトスピーチの文言が直接含まれます。閲覧にご注意ください)

まず、経緯を振り返る

ウトロ地区は第二次世界大戦中、飛行場建設に携わった朝鮮人労働者の「飯場」が元になって形成された。そのまま残った人や、新たに移り住んだ人らにより、戦後は集住地区となり、いまも約60世帯約100人が暮らしている。

民有地であったことから権利をめぐる問題が起きていたが、韓国政府の出資や寄付などで一部の土地を買い取り、そこに2棟の市営住宅が建てられることで決着。一部住民は2018年に完成した第1期棟に転居し、残りの住民は第2期棟の完成を待っている状態だ。

火事は、8月30日午後4時ごろに起きた。空き家付近から出火し、住民が暮らしている民家2棟にも延焼。7棟が全半焼した。けが人はいなかったが、来年4月に開館予定の「ウトロ平和祈念館」に展示するために倉庫に保管されていた史料約40点が焼失した。

当初は失火の可能性もあるとみられていたが、12月6日、京都府警は奈良県桜井市の男(22)を非現住建造物等放火の疑いで逮捕した。男は名古屋市の在日本大韓民国民団(韓国民団)の愛知県本部に火をつけたとして、11月に器物損壊の罪で起訴されている。

捜査関係者によると「朝鮮人が嫌い」という内容の供述をし、ほかにも同様の放火を行ったことを示唆しているという。

「ネット上のヘイトは、軽い気持ちで…」

集会には現地で200人が、オンラインで250人が参加。ウトロ放火事件で表出したヘイトクライム問題への危機感を共有した。

「求める会」の佐藤大さんは、BuzzFeed Newsの取材に「ヘイトスピーチが実態を伴う犯罪に変化している。このままでは誰かの命が奪われかねません。『差別で人が死ぬ』という危機意識を共有したい」と語る。

佐藤さんは放火事件の容疑者が逮捕されたことを聞いた時、まずその「22歳」という年齢に驚いたという。

「私は京都朝鮮学校襲撃事件(2009年)から反差別やヘイトスピーチに関する活動を12年間にわたり続けてきましたが、当時小学生だった彼には届いていなかった。それは、ヘイトクライムが起きうる社会を次の世代に結果として引き継いでしまっているということ。力不足を反省しています」

ヘイトスピーチ対策法ができ、路上における露骨なヘイトスピーチが減ったことは「前進」であると手応えも感じていた。一方で、あえて直接的な表現を避けるような差別的言動や、ネット上の書き込みの広がりには、危機感を覚えていたという。そうした中で、恐れていた「ヘイトクライム」が起きたと受け止めている。

「『ネットの世界のことだろう』という意識がどこかにあるかもしれません。しかし、ネット上のヘイトスピーチは、軽い気持ちで拡散され、当事者や子どもたちを傷つけるだけではなく、社会全体が差別を容認していくこと、そして差別を動機とした犯罪が起きやすくなることにつながりかねないものです」

実際、放火事件をめぐる「Yahoo! ニュース」のコメント欄には「一番簡単な解決方法は、無くすこと。居なくなること」「少しでも早く、皆で無事に帰国できる事を願います」「社会が無反応になる様な腫れ物」などという差別的書き込みが散見される。それらは放置されたままだ。

「多くの人の目につく差別的な書き込みは『教育の場』となり、誰もを加害者にしてしまう危険性がある。一方で、マジョリティの中には『沈黙』という形でこうした状況に加担している人も少なくない。私もマジョリティの一員として責任を感じています。どうにか対策をしていかないといけないと思っています」

「社会にとって危険な犯罪」

集会で発表されたアピール文では、事件が「ヘイトスピーチとヘイトクライムが繰り返される社会に私たちが生きていることを、あらためて浮き彫りにしました」と強調。

ヘイトクライムは「単なる個人による偶発的な犯罪ではありません。社会的につくられた差別構造に起因するものです」と指摘。その危険性をこう訴えた。

「ヘイトクライムは、個人の法益を侵害し、危険にさらすだけではありません。ヘイトクライムは、被害者が属するコミュニティや集団を狙って行われます。そのため、コミュニティに属する人たちは、直接の攻撃を受けずとも誰もが被害者になり得ます」

「ヘイトクライムは、特定の集団に対し、対等な人間として生きる権利を否定します。民主主義社会における根本基盤である、人々が対等で平等に生きることを否定します。それゆえ、個人にとってだけでなく、社会にとって危険な犯罪でもあるのです」

また、いまの社会の現状を「差別と排除を扇動するヘイトスピーチが街でもインターネットでも広まり、それに煽られた人たちがヘイトクライムを実行するに至っている」と憂慮。

司法行政機関に対し、捜査における動機の解明と「ヘイトクライムの危険性に即した起訴ならびに求刑」がされることや、ネット上での差別に対する対応、人種差別撤廃条約の実効化(包括的な差別禁止法)などを求めた。

ウトロ放火事件をめぐっては、「外国人人権法連合会」も「ヘイトクライム根絶をめざす声明」を発表。大阪府東大阪市の韓国民団枚岡支部へハンマーが投げ込まれた事件にも触れながら、「極めて深刻な状況です」と危機感をあらわにした。

この声明では「日本も加盟している人種差別撤廃条約は加盟国にヘイトクライムを犯罪として処罰する義務を課しています」と指摘。岸田文雄首相や法相、京都府知事や市長、議員らに対して、「ヘイトクライムの危険性が高く決して許さない」と宣言することや、緊急の国内法整備を求めている。