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「このままじゃ、いつか人が死ぬ」ウトロ放火事件 “ヘイトクライム”が残した傷跡

京都府宇治市のウトロ地区は第二次世界大戦中、飛行場建設に携わった朝鮮人労働者の「飯場」が元になって形成された集住地区。土地問題が決着し、いまも約60世帯約100人が暮らしている地区を襲った事件で、住民は何を感じているのか。

民家と空き家、倉庫など7棟が燃えたウトロ地区で起きた放火事件。幸いにしてけが人はいなかったが、来年オープン予定の「ウトロ平和祈念館」に収蔵するため保存されていた貴重な史料が消失した。

京都府警に非現住建造物等放火容疑で逮捕された奈良県の男(22)は、名古屋市でも在日本大韓民国民団(民団)の本部に火を付けたとして、11月に器物損壊の罪で起訴されている。

捜査関係者によると、「朝鮮人が嫌い」という趣旨の供述をしている。また、男の地元である奈良県内の韓国民団支部でも不審火が起きており、警察が関連を調べている。

在日コリアンへの憎悪感情をもとにした「ヘイトクライム」との見方が強まっている一連の事件。ウトロ地区の人々は、今も不安な日々を過ごしている。その思いを聞いた。

(*この記事にはヘイトスピーチの文言が直接含まれます。閲覧にご注意ください)

ウトロ地区は第二次世界大戦中、飛行場建設に携わった朝鮮人労働者の「飯場」が元になって形成された。そのまま残った人や、新たに移り住んだ人らにより、戦後は集住地区となり、いまも約60世帯約100人が暮らしている。

民有地であったことから権利をめぐる問題が起きていたが、韓国政府の出資や寄付などで一部の土地を買い取り、そこに2棟の市営住宅が建てられることで決着。一部住民は2018年に完成した第1期棟に転居し、残りの住民は第2期棟の完成を待っている状態だ。

火事は、8月30日午後4時ごろに起きた。空き家付近から出火し、住民が暮らしている民家2棟にも延焼。7棟が全半焼した。けが人はいなかったが、来年4月に開館予定の「ウトロ平和祈念館」に展示するために倉庫に保管されていた史料約40点が焼失した。

当初は失火の可能性もあるとみられていたが、12月6日、京都府警は奈良県桜井市の男(22)を非現住建造物等放火の疑いで逮捕した。男は名古屋市の在日本大韓民国民団(韓国民団)の愛知県本部に火をつけたとして、11月に器物損壊の罪で起訴されている。

捜査関係者によると「朝鮮人が嫌い」という内容の供述をし、ほかにも同様の放火を行ったことを示唆しているという。

火事が起きたとき、住民は

「外で音がしたら気になるようになっちゃってね。そのたびに見に行くよ。誰かが真似して、また燃やされるんちゃうか……って不安でね」

そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、火災のあった現場の目の前に住む白岩一宏さん(80)。第2期棟への入居を待ちながら、地区にある一軒家に一人で暮らしている。

ちょうどテレビでパラリンピック中継を見ていたときのこと。外から聞こえる異音が気になり、「工事にしてはうるさい」と思って障子を開けると、真っ黒な煙が立ち上がっていた。

「えらいこっちゃ」とすぐに家を飛び出し、ホースで消火を試みた。しかし火勢は強まるばかりで、着の身着のまま、避難を余儀なくされた。

家に戻れたのは、日付も変わったころ。火は幸いにして燃え移らなかったが、網戸や雨樋の一部が溶けたという。

当初は失火だと思っていた。しかし、その後放火の疑いで男が逮捕されたことを知ったとき、容疑者が22歳という若さだったこと、愛知県でも類似の事件を起こしていたことに驚いたという。

「そんなことして、なんで嬉しいんかな。なんで、嫌いっていう気持ちになるんかな。自分の意思なんか、誰かに頼まれたんか……」

白岩さん一家は戦後、父親の仕事の関係でこの地に移り住んだ。当初はバラックで暮らし、苦労して建てたのがこの家だ。自身も土木工事の仕事やダンプカーの運転手を経て、70歳を過ぎるまでタクシー会社で働いた。

「みんな苦労して苦労して、貧乏して暮らしてきたのに、なんで朝鮮人ってだけで狙われるんやろって。私らにしたってどうにでもできないけどね、もし差別が動機なら、何か変な書き込みを信じちゃっただけかもしれないし、ヘイトの考えにハマらんと、歴史を勉強して、自分で考えてほしいね」

「放火であってほしくはない」との願い

「今回の火事も、一歩間違えれば住民の命が奪われていたかもしれません。不幸中の幸いでした」。そう声を落とすのは、祈念館を建設する「ウトロ民間基金財団」理事の金秀煥さんだ。

土地の問題にも決着がつき、祈念館づくりに向けて奔走している中で起きた悲劇。貴重な史料を火災で失ったことに対する後悔の念は、大きい。

「焼けてしまった看板などは、差別と貧困のなかで暮らしながら、闘うことを強いられ、生きてきた住民たちの連帯や思いを伝える大切な史料でした。管理を任されているものとして、失ってしまったことの責任を感じています」

そんな金さんは、当初、今回の火災が「放火であってほしくはない」と願っていたという。

「ウトロ地区が狙われたということは、ただでさえ差別される立場であるマイノリティの在日コミュニティを、さらに不安に陥れる深刻性がありました。平穏な暮らしは破壊され、声をあげれば狙われるんだという萎縮効果にもつながりかねません。だからこそ、放火であってほしくなかったのです」

京都では2009年に排外主義的な団体による「朝鮮学校襲撃事件」が起き、コミュニティに大きな衝撃と不安をもたらした。一方、その後の民事裁判では事件が「人種差別」と認定され、さらにヘイトスピーチ対策法などが制定されるなど、10年のあいだに社会的な前進もあり、明るい兆しと捉えていた。

だからこそ、逮捕された男の年齢や、愛知県の事件について聞いた時、やはり衝撃を受けたという。金さんは、この事件に「テロ」という言葉を使った。

「ネット社会にヘイトが蔓延する世相とは、決して無関係ではないはず。それらが放置され続けた影響が『テロ』として現れたのが、この事件だったのではないでしょうか」

金さんのいう通り、インターネット上のヘイトスピーチは深刻だ。SNSなどの発展につれそうした言説は拡大、再生産を続けている。ネット上の状況は悪化しているとすら言えるが、日本にはいまだ包括的な差別禁止法がないため、書き込みが放置されていることも少なくない。

今回の事件に関しても、それは同様だ。「Yahoo! ニュース」のコメント欄やSNSなどには、「いつまでも放置しておくから」「全員祖国に帰ればヘイトは止む」「気持ちはわかる」など、事件を肯定・支持するような書き込みが散見された。

「いつ、模倣犯が出るかと」

このままでは、新たなヘイトクライムにつながりかねないーー。

司法機関にはしっかりと事件を究明し、差別動機だった場合は量刑に考慮してもらいたい。政府や行政には、強いメッセージを発してもらいたい。そう願い、金さんたちは市民団体とともに、声明を発表した。

「二度とこのような事件が起こらないように警察には犯行動機を含む事件の全容解明のための徹底した捜査を求めるとともに、日本政府・自治体がヘイトクライムを許さないという姿勢を明確にしていただきたいと思います」

しかし、これらの動きを嘲笑うかのように、12月19日は、大阪府東大阪市の民団枚方支部にハンマーが投げ込まれるという事件が起きた。金さんはいう。

「今後も模倣犯が動き出すことも想像ができます。僕らだって、いつここにハンマーが投げ込まれるか、火がつけられるかって、やっぱり怖いですよ。このままにしていたら、いつか人が死ぬぞ、という強い危機感を持っています」

完成する予定の祈念館は、地域とのつながりを意識し、1階の一部がガラス張りになっている。「開いた場所」を目指すためそうした構造になっているが、放火事件は、そのあり方にすら影を落としているという。

それでも、住民からは、火事をきっかけに「取り組みを止めてほしい」という否定的な声はあがらなかった。焼け跡からは奇跡的に1枚だけ燃え残った看板が見つかり、展示の方法も考えている。

ウトロ町内会長の田中秀夫さん(73)も「放火で誰かが死ななかったのが不幸中の幸い。資料が燃えたのは残念だけれど、別の展示方法を考えればいい」と前を向く。

また、火災現場の前に住む白岩さんも「しっかりと歴史を残してほしい」と言葉に力を込める。

「祈念館を通じてウトロ地区や、在日の歴史を知る人が増えてくれれば、同じような事件が起きることも防げるんじゃないか。多くの人に見に来てもらいたいと思ってますよ」