トルコのクーデター、失敗の理由は「二・二六事件」 EUや中東に深刻な影響も

    地域の重しが、崩れた。

    トルコで現地時間15日夜に起きたクーデターは「未遂」に終わった。

    アジアとヨーロッパを結ぶイスタンブールのボスポラス橋は一時封鎖されたが、16日未明に兵士たちが投降すると、市民たちは戦車によじ登り、解放を喜んだ。

    エルドアン大統領は「政府が秩序を掌握している」と宣言。トルコ全土で1500人以上の兵士や将校が拘束された。

    一時は首都アンカラで国会が砲撃され、イスタンブールでも国際空港に戦車が展開。CNNなど放送局も一時占拠されたが、事態は収束した模様だ。

    BuzzFeed Newsはトルコやイスラム社会に詳しい内藤正典・同志社大院教授に取材した。

    クーデター失敗の原因について、内藤教授は「二・二六事件 と同じ、一部の将校たちによる反乱だったから」と指摘する。

    今回、クーデターに加担したのは、軍のごく一部にすぎない。トルコには陸海空軍に加え、ジャンダルマという治安維持軍がある。そのトップである参謀総長は、クーデターを起こした側に身柄を拘束されていた。

    クーデターは軍の中でもごく一部にしか支持されていなかった。内藤教授は「軍人がやったからクーデターという表現が使われているが、国会を爆破したり、警察を襲撃したり、やったことは同時多発テロのようなものだ」と話す。

    では、彼らはなぜ、反乱を起こしたのか。

    「強権的な政治をするエルドアン大統領がトルコのイスラム色を強めることに対し、否定的な将校たちが起こした世俗主義派が起こした叛乱でしょう」

    トルコではこれまでも3回、1960年と71年、80年に軍によるクーデターが起き、いずれも成功している。内藤教授が今回失敗した理由として、もう一つあげるのが「国民の支持」だ。

    「大半が支持をしなかった。与党AKPは支持率50%以上ある。それに1980年のクーデターで悲惨な目にあった世代は反発するし、当時を知らない若年層は、知らないから惹かれる理由もなかった」

    「ただ、影響は甚大です」と内藤教授は言う。

    強権的なエルドアン大統領や、地域最強と言われていたトルコ軍のイメージが崩れたダメージは大きいという。

    「地域情勢からすると、トルコは安定している唯一の国、いわば重しだった。その安定が損なわれていることを内外に示してしまった。どこもかしこも総崩れになってしまう」

    トルコの周辺は不安定な国ばかりだ。イラクは分裂、シリアは内戦、クルドは独立を図る。

    そんな中、NATOに加盟するトルコは地域の安定材料だった。約270万人のシリア難民を受け入れ、アメリカ主導の対IS作戦では基地を提供している。

    「EUにとっても危機です。トルコが受け入れてきたシリア難民が溢れたら、崩壊してしまう。トルコが弱体化していることで、ISがまたテロを起こす可能性だってある」

    今後を問うと、こうも語った。

    「クーデターが失敗してよかったと思うかもしれません。しかし、この影響と混乱は、じわじわと広がっていくでしょう」