ベンゼンやヒ素が出た豊洲市場は危険なのか 報道から受ける印象と異なる実態

「危険か安全かの議論で言えば、安全であると言えます」

「盛り土がされていない」「土壌汚染対策は十分なのか」と注目が集まる豊洲市場。9月29日には、敷地内の地下水のベンゼンやヒ素の値が「環境基準」をわずかに上回ったという調査結果も発表された。

メディアの報道には「汚染水」「危険物質」の文字が躍る。豊洲市場は、本当に安全なのか。不安に思う人が多いだろう。

しかし、専門家たちに取材すると、違う側面が見えてくる。

地下水は安全なのか?

今回問題になった「環境基準」は、飲用した場合の影響を考慮して、環境省が定めている値だ。

「そもそも、あの地下水を飲むわけではないし、市場で使うわけでもないのだから、危険か安全かの議論で言えば、安全であると言えます」

環境リスクマネージメントを専門とする横浜国立大名誉教授の浦野紘平さんは、BuzzFeed Newsの取材にこう語る。

「飲み水ではない地下水から、環境基準以上の数値が出ることは頻繁にある。『排水基準』を満たしていれば、河川などに流しても問題はありません」

「排水基準」とは、工場などの設備から排出された水に求められている基準値だ。環境基準のおよそ10倍がその指標で、これを満たしていれば、その排水は外部に流しても良いことになる。

浦野さんが指摘するように、豊洲市場では地下水を使うことはない。ただ、念には念を入れて、建物下の地下水を環境基準以下に、建物外では排水基準以下にし、処理したうえで将来的に環境基準以下にすることを目指している。

9月29日に、ベンゼンとヒ素の値が環境基準を超えているとわかったのは、建物下の地下水ではなく、屋外の観測井戸から見つかったものだった。

東京都議の音喜多駿議員はこの点について、自身のブログでこう指摘している。

・そもそも専門家会議では、建物下以外の地下水浄化は「環境基準の10倍以下(飲料基準ではなく、排出基準)」を目指すと提言していた

・環境基準値の10倍以下(排出基準)+地下水管理システム+盛土で、専門家会議は「安全」と結論している

・そして今回、環境基準値を上回った地点は、建物・地下ピットの下ではなく「盛土」の下、つまり排出基準を目指していた地点である

つまり、今回、「環境基準」をわずかに上回るベンゼンなどが検出されたことは、もともとの想定と照らし合わせても問題がない、という指摘だ。

では、建物の下、本来は盛り土されるはずだった「地下空間」に溜まっていた水はどうなのか。浦野さんはこれも「本質的には安全です」という。

各調査結果を見ると、ヒ素や六価クロムは環境基準値を下回っている。シアン化合物や鉛も検出されたが、いずれも、ほとんど不検出とみなされる値だった。

共産党都議団の発表にならい、「ヒ素が環境基準値の4割検出された」という新聞やテレビ報道もあった。このような表現に浦野さんは批判的だ。

「自然界にもヒ素はあります。過度に危険をあおる言い方で流しているように思います」

一方で、地下水から気化したベンゼンの危険性を指摘する声もある。それについてはどうか。

「仮にベンゼンが地上に出ても、風などによってすぐ希釈されるため、食品に影響を及ぼすほどの危険性はない。都議から依頼されて調べた地下水からはアンモニアも見つかりましたが、これも同じ。ただ、市場周辺の大気が汚れていないか測定、監視し続けることは大切です」

地下空間は当たり前の存在

では、「地下空間」があること自体は、危険ではないのか?

9月30日に発表された報告書では、この空間は万が一汚染があったときに作業をしたり、普段から地下水の汚染をモニタリングしたりする場所だった、とされている。

「そもそも、どんな建物であっても、その下に空間が必要とされているのは、技術者としてみれば当たり前の話」

そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、東京電機大学非常勤講師もつとめる建築家の片山惠仁さんだ。

「地下ピット」と呼ばれるこうした空間は、配管のメンテナンスのためにマンションなどにも設けられる、一般的な空間だ。報告書でもこの点について「地盤を掘り下げてピットを設け、各種ライフラインを設置・管理することは基本的な措置」と触れられている。

「あらゆる機械は、壊れたときのために分解できるように作られていますよね。それと同じように、将来的に何かがあったときのため、建物の下に広めの作業空間を用意することは、技術者としては極めて真面目な態度だとも思います」

「耐震性を下げる」との指摘もあるが、それは大丈夫なのか。

「建物は杭で支えられているため、地下ピットがその耐震性を下げるということはありません。耐震性の心配をするのなら、むしろ老朽化が進む築地市場からいち早く出るべきでしょう」

ベンゼンが空間に溜まってしまうとの指摘については?

「建物内は常に外気を取り入れて換気される設計になっているので、地下からの影響よりも、外気の影響をはるかに大きく受けるはずです。害がないというわけではありませんが、地下のベンゼンよりも、周辺の空気のことが重要に語られるべきではないでしょうか」

都が8月23日から24日にかけて測定したベンゼンの濃度を見ると、室内の値は、市場の沿道と同じか、低いことがわかっている。この数値は、東京の都心部と比べても同様。片山さんの指摘通りだ。

「そもそも、豊洲市場は気温を保つことができる閉鎖型の市場です。汚染が広がらないような区分けもある。トラックの排気ガスなどが敷地内に入る築地市場よりも、衛生的で清潔な建物です」

安全=安心ではない

なぜ、問題はここまで拡大するのか。浦野さんは言う。

「飲まない、使わない水が安全なのか安全ではないのか、飲めるか飲めないかという議論をすること自体、おかしい。しかし、安全と安心は同じものではありません」

どういう意味なのか。

「専門家や技術者は、環境基準値や排水基準値を下回れば、それで良いという。でも、あそこは何十年と、東京の毎日の食事を扱うことになる施設です。市場関係者や都民は、数字上の安全よりも、”安心”できる施設であることを重視します」

「汚染がまた見つかったときのため、安全性を考えてピットを作るのは、技術者としては当たり前だし、慎重で良いことかもしれない。しかし、『また汚染が見つかるかもしれないという考え』自体が、市場関係者や一般の人からするとナンセンスなのです」

とは言え、数字が一人歩きし、不安が不安を呼んでいる。報道が招いた事態とも言えるのではないだろうか。

「安全なのに、安全と理解してもらえない。ただ、なぜそうなったのかが問題です。それは、都がこれまで正しい情報を正直に、オープンに伝えなかったために、信用されていないからでしょう」

「都は都議団の発表や報道に対しても、具体的に反論や説明ができていなかった。担当者が地下ピットの存在や地下水、ベンゼンについての具体的な改善策をしっかりと説明し、理解を求めることが不可欠だったにもかかわらず、です」

都は9月30日の会見でも、地下空間が建物全体に及ぼす危険性について、今回の調査の対象ではないと、明言を避けている。

だからこそ、浦野さんは今回のケースを「リスクコミュニケーションの失敗だった」と評価する。これは、片山さんも同じ意見だ。「今回の問題は、コミュニケーションの問題だった」と。

「専門家の当たり前の知識と、公開されている生情報があれば、こうしたことは十分に理解できる。しかしそれだけではなく、都は、第三者である一般の人たちがきちんと理解し、広がった不安を解消できるように、丁寧に説明をする必要があったのかもしれません」

安心を勝ち取ることは可能なのか

小池知事も9月30日、「安心と安全」を説明する必要性について、こう語っている。

「ヒ素とか聞くと、それだけでも『えっ』とびっくりするわけですが、水の中には環境基準以下で(物質が)入っているケースは非常に多い。要はゼロリスク、ゼロはないのですが、国民の皆さんは敏感に感じ取られる。そこはきっちり説明しないといけない」

「地下水のモニタリングを引き続き行う。その結果は年明けになります。その他の安全性、『地下空間によって耐震性はどうなるのか』なども含め、安心、安全が科学的に説明でき、皆様に感覚的にも分かってもらえるような、説明の努力をしなければと思う」

では、豊洲市場はいつ開くのか。

「安心、安全の確保なしに市場を開くことはあり得ない。これからもモニタリングを進め、専門家、プロジェクトチームなどの判断を待ちたい」

小池知事自身も語ったように「ゼロリスクはない」。

科学的に安全を説明できたとしても、説明を聞く人の感情が関わる「安心」を勝ち取ることはできるのだろうか。ハードルは高い。

Kota Hatachiに連絡する メールアドレス:Kota.Hatachi@buzzfeed.com.

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