高校生のころ、2ちゃんねるの「ニュー速VIP」という板に住んでいた。
部活をやめたばかりでやることも特にない、平成18年の夏休み。
毎日のようにVIPにアクセスをしては、誰ともわからぬ人たちとのコミュニケーションに明け暮れていた。
経緯ははっきりとは覚えていない。なぜだか、VIP板で出会った人たち(vipper)とチャリティ企画をはじめることになった。
プロジェクトの名前は「vipperに救える命がある」。
当時は、サイトをクリックすると1円が募金される「クリック募金」が流行りだしていたころで、同じようなことをvipperでもやろう、となったのだ。
発案者は僕だった。スレッドにはいろいろな人たちがいて、それぞれの得意分野を生かして参加してくれていた。
サーバーを貸してくれる人、クリック募金のスクリプトを書いてくれる人、経緯のまとめ人をやってくれる人、イラストレーター、さらには出資者ーー。
最終的には10人近くの有志が集まった。
僕は趣味の延長という感覚で、サイトやバナーのデザインなんかを担当していた。バックアップを漁っていたら、当時のサイトが見つかった。
HTMLタグを、テキストエディタで手打ちしていたような気すらする。いまはもう見ることのなくなった、手作り感満載の「ホームページ」だ。
プロジェクトは意外とうまくまわっていて、参加者同士のつながりも深かった。
2ちゃんねるで流行ったキャラクターをアバターにできるFlashチャットで、会話をすることもあった。
仮想空間の「バー」に夜な夜な集っては、高校生男子の身の上話(ここには書けないような、お恥ずかしい話)を、大人たち(僕が一番の年下だった)に相談していたことを覚えている。
理系の大学を目指す受験生、まとめブログをやっている大学院生、何かの過去を抱えている女性、青森生まれのエンジニアーー。それぞれのプロフィールがだんだんとわかってくると、親しみは一層増した。
当時は、mixiが全盛期だったころだ。実名をだしてはいたけれど、仲の良くなった人たちとは「マイミク」にもなった。
大学生になると、2ちゃんねるからは足が遠のくようになった。プロジェクトはいつの間にか終わっていた。
入学直後の平成20年には、Twitterが日本に上陸した。mixiとも連携ができたからか、プロジェクトで仲が良くなった何人かとは、Twitterでもつながるようになった。
でも、昔のように集うことはなくなっていた。
それからの10年は、あっという間に過ぎてしまった。いつの間にか、僕はBuzzFeed Japanの記者になっていた。
エンジニアの男性とはTwitterでつながったままで、彼はよく、記事をシェアしてくれるようになった。
僕の書く記事に対して(特にそれは政治にまつわるものが多い)、厳しいコメントをつけることもある。けれど、たくさん記事を出したときは「無理をしないように」とDMをくれることもある。
僕以外のライターの記事も読んで、シェアしてくれている。そんなあたたかい読者だった。
せっかくだから、会いに行こうと思った。
Twitterで「会いませんか」とDMを送ると、彼は特に何を言うこともなく、快諾してくれた。
「10年越しのオフ会ですかね?笑」
「あのころの高校生が、今となってはw」
そんな会話を久しぶりに交わした。懐かしい感覚が、心の中にあふれた。
平成31年の冬、僕は青森に向かった。
待ち合わせをしたのは、新幹線の停まる新青森駅前。DMで直前まで連絡を交わし、携帯番号を交換する。
津軽弁混じりの声。会話に少しギクシャクしながらも、なんとか待ち合わせ場所にたどり着いた。
立っていたのは、年上の男性だった。
「はじめまして」と僕が言う。「おひさしぶりです、なのかな」と彼は返す。
彼はそのまま、僕の運転するレンタカーの後ろに乗り込んだ。
初めて出会うのだけれども、もう何年も前から友人だったような不思議な感覚だった。話は弾んだ。
そもそもお互いはどんな人間なのか、いままでどうやって生きてきたのか。知り合って14年目にして、初めて知ることばかりだった。
彼はいま、50代。システムエンジニアをしている間は東京に住んでいたけれども、体を患い、数年前から地元の青森に戻っているのだという。
「変なコメントをするときは、仕事が忙しいときなんだよね。ごめんね」
「いいですよ、気にしないでください、たくさん来るんで」
そんな会話をしながら、まだ雪の残る青森市内をドライブした。
VIPにいたころの話もした。みんなはどこで何をやっているんだろうね、とか。いま思えば、あのころのインターネットは平和でしたよね、とか。
「なんであんなに、和気あいあいとしていたんでしょうね」と、僕は聞いた。
なにが変わったんだろう。みんながスマホを持って、SNSで誰もが発信者になれるようになったこと、だけのはずなのに。
彼は少し考えてからつぶやくように、こう言った。
「VIPはひとときの夢だったんだよ」
まるで青春みたいですね、と僕は返した。帰りの飛行機の時間が迫っていた。