大人になれない、あなたへ。少女を描き続けてきた漫画家が伝えたいこと

    『センネン画報+10years』を出版する今日マチ子さんに、話を聞いた。

    大人になるって、なんだろう。どうして、大人にならなくちゃいけないんだろう。

    「すごろく」を進めるだけの人生で良いのだろうか。もっと踏み外しても、自由になっても良いんじゃないだろうか。あの頃の、私みたいに。

    「大人になるに従って、少女の部分は消えると思っていたんですけれど、奥底にずっとあるんですよ。大人も、大人ではないんですよね」

    そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、デビュー以来さまざまな少女を描いてきた、漫画家の今日マチ子さんだ。

    自分の中にいる「少女」と向き合い続け、それを作品へと昇華させていった。この5月10日には、漫画集『センネン画報+10years』を発表する。

    ひめゆり学徒隊、被爆した女学生、被災地に生きる女の子、モラトリアムに悩む女子高生——。

    これまで描いてきた少女たちは、さまざまな顔を持つ。でも、どれも純粋無垢で、真っ白な子たちではない。時にものを盗み、人を妬み、嘘をつき、誰かを傷つける。

    「私、なんとなく世間が押し付ける少女のイメージがイヤだったんです。大人の考えるような、かわいくて明るくて、連ドラのヒロインみたいな少女は全然いないよな、って思ってしまって……」

    「自分の周りを見ても、そんな子は滅多にいない。いたとしても何らかの何か、別の問題を持っていたりする。大人がなんとなく押し付ける少女のイメージへの反発心が、作品づくりのスタートになっているんです」

    「こうあるべき」に縛られている

    作品には、大人たちを「汚い」といい、大人になることを拒む少女もでてくる。

    今日さんは、「大人になることはネガティブじゃない」ともいう。それは、自分の中にいまも「少女」が生き続けることを知っているからだ。

    「少女はみんな、鋭さ、残酷さ、切なさを持っている。自分勝手で未完成で、何者でもない、とても不思議な時期。そうした少女らしさって、大人になっても失われないんですよね」

    1月に出版された「もものききかじり」では、そんな“大人”の女性を描いた。恋と仕事、そしてこれからの人生に悩む「アラサー」の劇団員「もも」の日常をつづったストーリーだ。

    「私も、彼女みたいなところがあるんです。ずるずると子どものままきちゃっていて、いまだに大人の世界で苦しんでいる」

    ももは、まさに少女らしさをはらみながら大人になった女性だ。自分がやりたいことと、社会のしきたりに挟まれながら、悩み、落ち込み、そして前を向く。

    「なんていうのかな。女の人って、少女時代から“こうあるべき”というものを刷り込まれているんですよね。料理ができるべきとか、こういう格好をするべきとか、20代後半なら結婚しなければいけない、とか。そういうものに、縛られてしまうのかなって思うところはあって」

    「どこまでが本人の選択したことなのか、どこまでが社会が導いてきたのか、やっぱり考えてしまうんです。もっと、自由にいる部分は残して良い。気が向いたままに行動するというか、自分中心に考えるというか……。まさにそれって、少女らしさなんですよね」

    「すごろく」をうまく進めなくても

    今日さんはいう。「大方の大人にとって、人生はすごろくになっている」と。

    「みんな、どうしてそんなに大人になって、うまく世の中をわたっていけるんだろうと思っています。何才までに結婚して、何才までに家買って、とか。それ通りに進んでいる人が、たくさんいる」

    「私は、もやっとした塊でしか人生を捉えていない。それをぴょこぴょこ飛び越えていくような感覚で生きているんですよ。だから、そういう人たちのこと、本当にすごいと思ってしまいます」

    SNSを開いてみても、そんな「すごろく」をうまく進む人たちで溢れている。

    美味しそうなランチを週末のたびに食べている人。楽しそうな集合写真をアップしている人。子どもたちと楽しそうに触れ合う人。

    でも、「大人」がみんなそうじゃなくて良い、と今日さんはいう。残されている少女らしい、自由なところを存分に広げていけば良い、と。

    「すごろくをしっかり進んでいる人には、人生はもう少し幅広くて、世界は無限大だってことを伝えたい。そこから降りてみる日もあってもいいんじゃない、って。それだけでもちょっと、見えるものは違うのかな」

    「すごろくじゃない人は、自分なりの進ませ方があるんだって思うといい。その人なりの人生があるんだから。月並みですけれど、あなたは十分そのままで素敵ですよって、声をかけたいですね」

    鉄棒からぽたぽたと落ちる水滴

    今日さんにとって、いまだに「大人の世界は謎」だという。

    「小学生のころ、こんなことがありました。校庭の端っこで授業を見学していたときのこと。体育がうまくできない男の子と二人で、鉄棒からぽたぽたと落ちる水滴を、じっと見ていたんです。綺麗だね、と」

    「そうしたらいきなり、男の子が先生に怒られて。お前はこんなものを見ているから成績が悪いんだ、と。私たちは、綺麗なものを綺麗だと思っていただけなのに、衝撃でした。そこから、大人ってなんなんだと、悶々と考え始めるようになったんです」

    日常生活をうまくこなしたり、人間関係のトラブルを回避できるようになったりして、表面的に大人にはなったかもしれない。それでも、「大人ってなんだ」の答えは、いまだに見つかっていない。

    「社会をうまく回していく力は、大人のものだと思うんですよね。そのおかげで日常がある。でも、私は水滴が綺麗だな、とぼぉーっとしていたい側なんですよね」

    新作「センネン画報+10years」にも、当時の情景を思い出して描かれた作品が載っている。それほど、今日さんにとって大切な瞬間だったのだ。

    もっと自由になれればいい

    同じように、大人であることを、大人になることを悩む人たちに、寄り添える作品を描いていきたいと、今日さんはいう。

    「もっと、みんなが自由になれればいいなってものが書ければいい。外せる部分がある、と感じてもらえるものが、書ければいいな」

    今日さんが少女らしい “自由”と表現するものは、それぞれの中にある、何か合理的ではない感情を生かすこと、であるともいえる。それはまさに、「鉄棒からしたたる水滴」を綺麗だと思う感情、そのものだ。

    あなたの中の少女を、大事にして、解き放ってほしい。

    今日さんは、そんな願いを作品に込めている。そしてこれからも、作品を生み出し続けてゆく。


    太田出版「センネン画報+10years」の特設サイトでは糸井重里さん、森見登美彦さん、辻村深月さんからのコメントが紹介されているほか、「ぬりえコンテスト」も開催中です。

    また、BuzzFeed Newsでは【「戦時中の女の子も、いまの女の子も同じ」少女と戦争を描き続ける漫画家・今日マチ子さんに聞いた】という記事も掲載しています。