「残念な裁判だった」相模原事件で死刑判決、被害者の父親の思いとは

    息子の実名を公表して裁判の傍聴を続けた父親は裁判を通じて「なぜなのか、分からないまま」と語りました。

    「植松がなんであいつ(ああいう人物)になったのか、分からないまま。動機が全然、語られないまま終わってしまった」

    知的障害者入所施設「津久井やまゆり園」で元職員の植松聖被告が入所者19人を刺殺し、26人に重軽傷を負わせた相模原事件。

    被告に死刑が言い渡されたことを受け、「匿名審理」となった裁判に唯一当初から実名で参加した被害者、尾野一矢さんの父・剛志さんが、3月16日の判決後に会見を開き、その心中を語った。

    「彼が語らない限りは、わからないんですよ。その点で残念な裁判になってしまった。たまたま僕らの望んでいる判決だったということが救いです。少しほっとしましたし、これがもし無罪やほかの量刑だったら、こうしてお話できることもなかったかもしれません」

    そう言葉に力を込めて語る剛志さんは、すべての公判に参加し、さらに被告人質問の場にも立った。死刑という、自らが望んでいた量刑だったといえど、「分からない」ことが残った公判の内容には、もどかしさを感じている。

    「やまゆり園の家族会」の会長をしていた頃、施設で働いていた植松被告と会ったことがある。当時の被告は「好青年」だったと振り返る。

    判決によると、被告は2012年12月に施設で勤務し始めた当初、友人らに施設を利用する障害者のことを「かわいい」と言うことがあったという。

    「それなのに、なぜ障害者は必要ないんだって気持ちを持ったのか、理解できない。本当はもっともっと、植松の生い立ちとか、幼少期のこととか、両親のことを聞かないといけなかった」

    また植松被告から、「謝罪や反省」が見られなかったことへの違和感も残ったままになったという。

    植松被告はメディアへの接見や裁判を通じて、「謝罪」の意思は示していた。しかし、意思疎通ができない障害者は「安楽死させるべき」などという主張は繰り返している。

    剛志さんは、被告のそうした発言には矛盾があると考えている。自分が殺めたり、傷つけたりした人たちに対して、本当に謝罪しているとは受け取っていない。

    「僕はこの裁判を通じて植松の一挙手一投足を見ようと、全公判に参加しました。本人への謝罪や反省が見えるのかな、と。でも、一度も見えなかった。常に太々しい態度で、他人事のような顔をしていたんです。どうすることもできないので僕らは、こうやって受け止めるしかない」

    差別がある、社会だから

    今回の裁判では、ほとんどの被害者が「甲」「乙」という名前で審理された。差別や偏見を恐れ、匿名審理を望む人が多いからだ。剛志さんは、この異例の「匿名審理」にこう言及した。

    「匿名にすることで家族がまた殺すのか、という報道もありましたが、ご遺族や被害者家族の気持ちになって考えたことがありますか?そうせざるを得ないのが、いまの日本の現実なのだと思います」

    「障害を持った人たちは迫害され、その親たちも、世間から阻害されてきたのです。弱いものに対する差別や偏見が昔から続いてる社会なんです。蓄積された差別は、人間の心の中から抜けないままになっている」

    そのうえで剛志さんは、事件をこれで終わりにしないことへの大切さを、こう説いた。

    「結局、モヤモヤしたまま結審し、判決に至った。すっきりしない裁判でした。これから先もずっとモヤモヤが続くが、それを抱えていては植松に負けたことになってしまう。だから、この事件を通過点として前を向いていかないといけない」

    「僕は、事件を絶対に風化させないという気持ちでいます。少しでも障害を持った人の境遇がよくなるような、家族がもっとほっとするような世の中になってほしいと思っています。僕だけじゃなくて、みなさんが、障害を持っている人が堂々と顔や名前を出せる世の中にしてください。記事を読む人たちにも、そうしてこの事件のことを、改めて考えてもらいたい」