「被害者だけが苦しみ続ける」ネットの誹謗中傷、木村花さんの悲劇で浮かんだ課題とは

    22歳の若さで亡くなった、プロレスラーの木村花さん。ネット上で多くの誹謗中傷を浴びていたことから、母親の響子さんはいま、投稿をした人物に対して法的措置の準備を進めている。その過程で、海外事業者に対する発信者情報開示請求など、誹謗中傷をめぐる現行制度の問題点も見えてきた。

    22歳の若さで亡くなった、プロレスラーの木村花さん。人気リアリティーショー「テラスハウス」に出演し、番組上のあるシーンを機にネット上で多くの誹謗中傷を浴びていた。

    母親の響子さんはいま、投稿をした人物に対して法的措置の準備を進めている。また、政府与党はこの事件をきっかけに、法制度の見直しなどの議論も進めている。

    そうした過程で、誹謗中傷をめぐる現行制度の問題点も見えてきた。BuzzFeed Newsは、響子さんの代理人として一部の情報開示請求手続きなどに当たっている清水陽平弁護士に話を聞いた。

    まず、経緯を振り返る

    花さんが出演していたのは、フジテレビの人気リアリティーショー「テラスハウス」。

    男女が同じシェアハウスで暮らす様子を「台本がない」という名目で描いた番組で、Netflixを通じて世界190か国にも配信されており、特に若年層に人気が高かった。

    散発的だった誹謗中傷が一気に花さんにぶつけられるきっかけになったのが、3月に収録したエピソード内での「コスチューム事件」だった。

    出演者の男性が誤って花さんのプロレス用のコスチュームを洗濯してしまったことで、花さんが男性に激怒。帽子をはたき落とすという「事件」は、SNS上でも大きく話題を呼び、ネットニュースなどにも相次いでまとめられたのだ。

    この「事件」をめぐっては、花さんは響子さんに対し、制作側に「ビンタを煽られた」と語っていたという。

    フジテレビ側は指示に従う誓約書の存在を認めた一方、「無理強い」については否定。響子さんは「花が暴力的な女性のように演出・編集された」として、放送倫理・番組向上機構(BPO)に人権侵害の申し立てをしている。

    そうした現実とは裏腹に、テレビの中の花さんを「悪役」と見立てたネット上の誹謗中傷は一気に加速。花さんは、精神的に不安定となり、リストカットをするほどに、追い込まれるようになっていた。

    BuzzFeed Newsの取材に応じた母親の響子さんによると、生前、花さんに寄せられた誹謗中傷はTwitter上での公開投稿から、インスタのDM、タグ付されたストーリーなど、1日数百件に及ぶこともあったという。

    実際、花さんは亡くなる直前の5月23日、Twitterに「毎日100件近く率直な意見」が送られているとして、「死ね、気持ち悪い、消えろ」というような言葉が投げられていることを明かし、「傷付いたのは否定できなかった」と記していた。

    3回の裁判が必要に

    花さんを死までに追いやった誹謗中傷に対し、母親の響子さんは刑事・民事両面で法的措置を取るため、準備を進めている。しかし、様々なハードルもあるのが現状だ。

    まず大前提として、こうした誹謗中傷に対して訴えを起こす場合には、「プロパイダ責任制御法」に基づく発信者情報開示請求をする必要がある。そのプロセスは二段構えだ。

    最初に、そうした書き込みがなされたSNSや掲示板、ブログなどに対して「IPアドレス」を開示請求し、そこからプロバイダ(インターネット会社や携帯会社など)を特定する。

    そして、今後はプロバイダに対して、契約者情報についての開示請求をしないといけない。いよいよ契約者が判明した段階で、やっと刑事や民事の訴訟の手続きに移ることができるのだ。

    つまり結果として計3回の訴訟が必要になる、ということだ。ひとつめのステップは裁判所の「仮処分」で済むが、残りふたつは正式な裁判をする必要があるため、その分の時間も必要だ。

    そのうえで、TwitterとFacebookに対する発信者情報開示請求の日本初となる事例を担当した経歴を持つ清水弁護士は、いくつかの課題を指摘した。

    課題1:海外法人の壁

    ただでさえ被害者の負担が大きい制度となっているが、ここに、ひとつの課題がある。

    TwitterやInstagram(Facebook社)など、多くのSNSの事業者が海外法人であるために、たとえばこの2社であればアメリカ・カリフォルニア州の本社に対して請求をしなくてはならないのだ。

    それゆえ、手続きに多くの時間と費用を要する。国内事業者であればIPアドレスの開示までに1〜2ヶ月程度程度で済むものが3〜4ヶ月にかかり、費用も追加で数十〜100万円程度が必要になる。

    花さんの事件など相次ぐネット上の誹謗中傷の問題を受け、政府は発信者情報開示請求に関して、二段階認証などで用いられている携帯電話番号も開示できるように省令改正をしたが、清水弁護士は「根本的な解決にはならない」と明言する。

    日本で使われているSNSなどは、海外事業者のサービスがほとんどで、数も増えている。こうした状況に対応できる法改正などがされない限り、被害者側の負担はあまり変わらない、ということだ。

    また、清水弁護士によると、日本にも「関連会社」がある会社がほとんどだが、各社ともに広報、宣伝的な役割しか担っておらず、結果として開示請求をするのは海外の本社になってしまうという。

    なお、会社法では海外事業者は「日本において継続して取引をする」場合は、日本に代表者を置く必要があり、代表者を定めた際は外国会社の登記をしなければならないと定められているが(会社法817条、同法818条、同法933条)、SNS事業者各社はそうしたことをしておらず、空文化している実態もある。

    また、「取引を継続している」という点についても、SNSが無償で提供されているため取引といえるのかという問題もあり、日本企業の海外進出や国際関係などへの影響もあることから、踏み込んだ判断には至っていない。

    課題2:被害者が故人の場合

    被害者が亡くなっていることによる課題もある。あくまでこの制度は被害者が存命であることを前提にしており、故人に対する誹謗中傷に関する開示請求はできないからだ。

    本人にのみ権利が帰属し相続対象にならない権利を「一身専属権」というが、発信者情報開示請求権もこれに当たるというのが一般的な解釈であるためだ。

    プロバイダ責任制限法のガイドラインでは、「情報の流通によって自己の権利を侵害された者本人及び弁護士等の代理人」と定められており、親族などがその権利を有していないことになる。

    本人に帰属する権利が相続できるという民法上の「一身専属権」の考え方があるが、清水弁護士によると、開示請求などをめぐり、この権利について争われたことはこれまで、ないという。

    そのため、今回の花さんのケースでも、誹謗中傷を受けた本人が亡くなっているため、花さんに対する直接の誹謗中傷への開示請求はしてない。

    代わりに遺族である母・響子さんへの直接の誹謗中傷や、花さんへの中傷によって響子さんが花さんを悼む権利(敬愛・追慕の情)が侵害されたと認められうる事例についての開示請求となっている。これはたとえば、「死んだのは当然だった」などの言葉が当たるという。

    なお、これも刑事罰に該当しうる場合は別になる。刑事訴訟法では被害者が死亡したときは、その配偶者や直系親族、兄弟姉妹が告訴することができると定められているからだ。

    課題3:損害賠償額の安さ

    そして最後の課題は、民事訴訟における損害賠償額の「安さ」だ。清水弁護士によると、慰謝料額は「30〜60万円」ほどが相場になっている。

    通常の手続きですら3回の裁判を起こすための弁護士費用や諸経費が必要になり、先述の通り、海外事業者を対象にする場合はさらに負担が増える。刑事訴訟でも代理人を雇うことがほとんどであるため、こちらでも費用負担が嵩むことになる。

    慰謝料のほかに特定にかかった費用(調査費用)や弁護士費用も賠償の対象になるが、調査費用の全額が認められるとは限らず、弁護士費用は判決で認められた慰謝料額のうちのおおむね10%程度。そのため、それらを含んでも、「赤字になってしまうことがほとんど」(清水弁護士)だ。

    裁判関係費用だけではない。精神的に追い詰められてしまったことから、心療内科にかかるような被害者も少なくない。清水弁護士は「開示請求や訴訟が終わるまで、1年以上にわたり苦しみ続ける人は少なくありません」という。

    総務省では先述の電話番号の開示に関する省令改正に止まらず、新たな裁判制度の創設を検討している。

    しかしこれまで記してきた通り、様々な法律や法解釈が絡む課題も少なくない。また、濫用の危険性を指摘する声もある。それゆえに、法律による対策には限界もあると、清水弁護士は指摘する。

    「過度な規制は危険だと思います。個人の権利を侵し、自分たちの行動範囲を狭めることにも繋がりかねません。法制度だけではなく、プラットフォーム側が責任を持ってどう対処していくか、そしてユーザーがSNSの使い方をどう改善していくかが問われていると思います」

    もし、あなたが被害に遭ったら

    もし自分が被害者になった場合は、どうしたら良いのだろうか……?

    清水弁護士に対処法を聞くと、もしそうした事態に見舞われた場合は、「URLと投稿時間が入ったスクリーンショット」(可能ならパソコンから)を残しておくことが大切だと教えてくれた。

    ネットの誹謗中傷は、突如として自分が被害者になる、ということも少なくない。もちろん加害者にならないように使い方を考えることも大切だが、もしもの時の「スクショ」は忘れないようにしたい。

    また、法務省人権擁護局は「インターネット人権相談受付窓口」も開設しており削除依頼や開示請求などの相談をすることができる。

    実際に人権侵害が認められた場合は、法務省から削除要請が出される場合もあるという。相談は電話(みんなの事件110番、0570-003-110、平日午前8時半〜午後5時15分まで)からも受け付けている。


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