東京五輪では義足ランナーがボルトを超える エンジニアが予測する「障害」の未来

    障害が障害でなくなる社会へ

    「東京パラリンピックでは、義足ランナーの記録がウサイン・ボルトを超えるかもしれません」

    そう語る義足エンジニアがいる。その時、障害とスポーツはどう語られるのか。そして、社会には何が起きるのか。

    障害が障害ではなくなる未来

    「義足ランナーが健常者のタイムを超える。それは社会で障害が障害じゃなくなる一つのきっかけになるはずです」

    BuzzFeed Newsの取材にそう話すのは、ソニーコンピュータサイエンス研究所の研究員を務める遠藤謙さん(38)だ。

    義足の研究開発を専門とするエンジニア。2014年に競技用義足をつくるベンチャー企業「Xiborg」を立ち上げ、代表取締役も務める。

    高校時代の後輩が骨肉腫で足を切断したことを機に、2005年から米国のマサチューセッツ工科大学で義足のテクノロジーを学び始め、博士号を取得した。

    遠藤さんが目標としているのは、2020年東京パラリンピック。「義足ランナーが、健常者のタイムを100メートルで超えること」だ。

    義足ランナーのタイムは年々速くなっている

    現在の世界記録は10秒57。ウサイン・ボルトの9秒58に迫っている。

    理由として注目されるのは、カーボン製の義足だ。しかし、「それだけではない」と遠藤さんは強調する。

    義足を使いこなすことのできるアスリートとしての能力、練習環境や競技人口の増加......。さまざまな要因があるのに、義足のテクノロジーに話題が偏りがちだ、と遠藤さんは考える。

    「たとえば、ウサイン・ボルトの靴がどこの靴を使っているか、皆さんあまり知らないですよね。プーマです。プーマとナイキで何が違うかって議論することはあまりない。けっきょく、ボルトが速いって話になるじゃないですか」

    「でも、それがパラリンピックになった途端、義足がすごいという話になる。それっておかしいですよね」

    義足ではなく、選手を見てほしい。一人のアスリートとして。

    遠藤さんは、そう訴える。ただ、簡単にそうならないのが現実だ。その背景には、健常者の「潜在的な意識」があるという。

    ドイツのレーム・マルクス選手を例に考えてみる

    右足が義足。ロンドンパラリンピック陸上男子走り幅跳びの金メダリストだ。

    マルクス選手は昨年、8メートル40センチの記録を叩き出した。これは、ロンドンオリンピックで優勝した選手の記録を9センチ超えるものだ。

    リオデジャネイロオリンピックへの出場を希望したマルクス選手。しかし、それは叶わなかった。義足の反発力が有利に働いている、との批判があったからだ。

    障害者が五輪に出場するのは、決して初めてではない。2012年のロンドン五輪には、両足が義足のランナー、オスカー・ピストリウス(南アフリカ、殺人罪で服役中)が100メートル走などの陸上競技に出場している。

    彼とマルクス選手の違いは、何か。

    「出たら金メダルをとってしまうということだけ」と遠藤さんは指摘する。

    「マルクス選手がリオに出たら、金メダルを取ることができる。そうわかった途端に、義足はやりすぎだ、と議論が巻き起こりました。健常者は口にはしないものの、障害者に負けないという潜在的な意識を持っていると思うのです。だから、優れている障害者を見ると、『道具のせいで勝っている』と感じてしまう」

    こういった議論は、決してネガティブではないとも言う。

    「『障害を持っていてかわいそうだから、出してあげよう』から、『ずるいんじゃないか』という内容でも、まずは議論から始めること。こういうところから、障害は社会に馴染んでいくはずです」

    障害が社会に馴染む、とはどういうことなのか

    遠藤さんは、メガネを引き合いに出し、説明してくれた。

    「メガネは、テクノロジーと思われないほど社会に浸透しています。メガネを付けている人がいたとしても、我々は障害者とは思わないですよね」

    「数十年前まで、牛乳瓶の底みたいなメガネをかけていた人はクラスにも少なくて、いじめられることもあった。いまはプラスチックを圧縮し薄くし、オシャレにもなっている。だから、メガネをかけている人がいても、見ないですよね。義足を履いている人がいたら、見てしまうのに」

    メガネによる矯正視力と同じように、手足がなくても「矯正身体能力」さえあれば、「あなたは障害者じゃない」と言われる社会。それこそが、遠藤さんの言う「障害が馴染んでいる社会」だ。

    これをつくるきっかけこそが、100メートル走にあるという。

    「100メートルはスポーツの花形です。だからこそ、ここで障害者が健常者を追い抜くという現象が起きたとき、大きな社会的なインパクトが生まれ、議論も一番盛り上がるはずです。そこから今度は議論が落ち着き、義足が社会に馴染むフェーズに入るのではないでしょうか」

    「さらに、これからはマルクス選手のような人たちがいっぱい出てくる。そうすれば『ずるい』という声もなくなり、義足を使ったオリンピックの種目ができる日も来ると思います」

    エンジニアとアスリートのコラボレーション

    「僕たちはチームでやっています。コーチがいて、選手たちがいて、エンジニアがいる」

    「すべての人に動く喜びを与える」ことを目的としたXiborgには、3人のトップアスリートが所属している。

    コーチは元陸上選手の為末大さん。プロボノで関わる栄養士や弁護士たちもいるし、カーボンの技術を持つ東レも関わる。まさに「チーム」だ。

    少しでもタイムの早い競技用義足をつくるため、プロトタイプをつくり、計測し、走り方を考える。さらに計測し、設計をしなおし、また試す。

    そんな作業を繰り返し、一つの義足を作るのに、早くて3ヶ月かかるという。

    「F1と同じです。日常的に走っている車の技術の多くは、F1から生まれています。仕様がすごく厳しい『リードユーザー』のために作られたものから、日常生活に使うコンシューマープロダクツに技術が流れていくわけです。義足のリードユーザーこそが、パラリンピック選手なんですよ」

    リオ・パラリンピックには、所属するうちの一人、佐藤圭太選手が陸上競技に出場する。「400メートルリレーでは、ぜひメダルを取ってもらいたい」と話す。

    東京パラリンピックに向けて

    義足と向き合って11年間。ついに自身の関わった義足が大舞台に出る。それでも「あんまり感慨深いものはないですね」と、さっぱりしている。

    「まだまだ、やりたいことの10〜20%しかできていない。100%はやっぱり、記録で健常者超えるとき。2020年までには難しいかもしれないけれど、東京五輪、パラリンピックに向けて、どんどん挑戦したい」

    「そうしてきっかけを作り、そこから、いろんな人たちと同じビジョンを共有しながら、障害が障害じゃなくなる社会づくりに取り組んでいきたいですね」

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    Xiborgのプロモーションビデオ / Via youtube.com