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人は「逃げる」ことで成長する。巨匠と平成生まれ、2人の絵本作家が語る人生論

五味太郎の名作『きんぎょが にげた』が伝えたこと、そして新進気鋭の絵本作家・長田真作に引き継がれていくものとは。

デビューからたった2年で、人気漫画『ワンピース』の絵本を出した、平成生まれの絵本作家がいる。

集英社がオファーを出した新進気鋭の彼は、美術系の学校を出たわけでもない。絵を専門的に学んだことも、一度もない。

絵本を描くようになったきっかけ。それは、巨匠・五味太郎との出会いだった。

28歳の長田真作は、広島県呉市の出身だ。

「あんまり、親に絵本を読んでもらったこともなかったし、家にも置いてなくて。五味さんのことも、実は知らなかったんです」

高校を卒業後、働き先を決めずに上京した。姉のアパートで暮らしながら働き始めたのが、ハンディキャップを抱える子どもたちの学童保育だった。五味との出会いは、そこにある。

「社会との折り合いとかを気にせず、ある種自由に遊んで暮らしている、素敵な子どもたちで。そのうちの一人がじっくり読んでいたのが、五味さんの絵本でした」

会いたいから、電話をした

言葉が不得手なその子が一心不乱に読みふける絵本に、興味を惹かれた。

純粋な気持ちから、電話をかけた。初対面から朝まで8時間にわたって話し続けるほど意気投合し、そこから何度もアトリエに足を運ぶようになった。

「お会いする前にエッセイを読んで、この人、僕に似た感覚を持っていると感じていたんです。さらに直接話を聞いたら、とっても刺激を受けて。この人がやっていること、僕もやってみたいなと」

そして、長田は筆を取るようになった。

「人間って、ひとりなんだよね」

「関係なんかないよ、全然(笑)。俺は基本的に友達はいらない人だし、たまたま知っているというだけ。そういう感じだよ。それ以上のことはない」

8月上旬、都内にある五味のアトリエ。長田を前にした五味は、そう頬を緩ませた。

ともに紫煙を燻らす二人の間には、柔らかい空気が漂う。「友達なんですか?」と聞けば、一緒に笑いながら、顔を横に振る。

――長田さんと五味さんって、似ているんですか?

長田「似ているって感じます。フラットな関係ですけれど、質感みたいなのが心地よくて(笑)」

五味「こいつ、五味さんは僕に似ていますという言い方をするんだよ。逆だろと(笑)いろいろな人がうちに来るんだけれど、長田は他とは違って、人間ってひとりなんだよねっていう感じを持っていた」

「いまのこの国には、『みんな』だ『絆だ』と言って、もがいている人やうまくいかない人が多い。一方で、そこに疑問を感じている人もいる。みんなから外れながら、ひとり、個人というのをやってきたような。みんなとか社会をどうのこうのって、俺、全然そういう発想ないの。個人が動けば良いと思う。そういう、基本的な"趣味"が似ている」

長田「よく考えてみると、僕ら平成生まれの人って、そういう"みんな"の抑圧みたいなのが強くなっていった時代に生きてきたんじゃないかな。まわりはそれに疑いもなく、うまくやっているような気がします」

「僕もそれにスッと入っていけばうまくいったんだけれど、屈託もせず、極端に屈折して不良になるわけでもなく、浮遊する感じで生きていたな。なんとなく、その場を凌ぐみたいな。自己本位で生きていたわけでもないけれど、人の話を全然聞いていたわけでもなく。『それって自分勝手じゃない?』という言葉も返ってきたりしたけれど」

五味「長田が生まれた頃かな。毎年スキーやサーフィンの板を変えるように調子乗ってたバブルが、あっという間に弾けて、そのあと世の中がぐっと縮まった。それで、昔返りになったわけ。みんなで力を合わせて頑張ろう、と。さらに9.11(米同時多発テロ)で歴史が少し変わって、3.11(東日本大震災)で次元の違う大津波と大地震があって、もっと縮んじゃった」

「バブルの時、もっと緩く、個人が十分に生きて行くように模索する経済力があったのに、なんで自由じゃなくて不動産を買っちゃったのか。ただの消費で終わっちゃったのか。結局いまは、最後のところは絆であり、家族という単位だとアピールされている。みんな安心安全を求めちゃって。あのね、安心安全は死んでから。生きてるうちは不安定なんだよ」

――長田さんは、そんな現代の空気に抗って「ひとり」で生きてきたんですか?

長田「僕は抗ってないし、鬱屈した期間もあまりない。みんなのように反抗期とかも通っていないし。ただ、人の話は最初から聞いていなくて。人と付き合うのもめんどうくさいので、僕は僕なりに生きてきました」

「学校生活でもそうだし、出てからもそう。大学に行かなかったのも、あんまり理由はないんですよ。学校嫌いは間違いないですけれど、窓ガラスも破らないし。でも、どこかの別の空間にいたんです。邪魔されないように、自分の楽しみをなんとか見つけようとしてきたんですよね。もしかしたら、ずっと反抗期なのかもしれない(笑)」

人は「逃げる」ことで成長する

五味「俺は昔『きんぎょが にげた』っていう本を描いて。自分の中ではものすごく気軽に書いたら、300万部近く売れている。最近また、『ひよこは にげます』というのを描いて、逃げるという言葉、魅力的だなと思った。逃げたって面白いな、と。人間って逃げながら成長していくんだよ」

「自分の場所が気に入らない、よくない、ピンチだ、つまらないというときに場所を変える努力が、逃げるということ。『somewhere』を探していくのが、自分の性質なんだろうな。自分が好き。自分が侵されるのが嫌なんだよね。そういうことを、頑張って努力しているやつと気が合う」

長田「僕も、来年4月に『そら、にげろ』という絵本を出すんです。逃げるっていうことは、必須条件、少数派の宿命かもしれないですね。逃げるって、ちょっとネガティブな、放棄しているみたいなイメージがあるじゃないですか。でテレビドラマとかでよくある『昨日の自分から逃げない』とかいうセリフみたいな。それと違うのかな、と思っているんです」

五味「逃亡するのではなく、世界って広いんだから、合わなければ俺が動けばいいの。その日のために鍛えた足腰みたいなところがあるよね。逃げられなくなるとキツイからね」

――そうした中で、なぜお二人は絵本に行き着いたんでしょう?

五味「絵本の良さはどう考えても、みんなとか絆じゃなく、個人だからなんだよな。ある時考えて、描いて、それがまた個人のもとに届く。パーソナル to パーソナルなのが、絵本のすごく良いところ」

長田「個人的な作業だから、絵本は本当に楽しい。社会とかテーマよりも、興味があるし深めていきたいからこういうことをしているし、これからもやっていくんだろうな。ベトナムやフランスでの海外出版も決まったんですが、絵本ってやっぱり絵だから、届きやすい」

五味「絵本は豚を書いても『この象は?』と言われる。そういう意味で気楽だよね。絵って使える。文字の校正はするけど、絵の校正はしないよな。この蝶々は違うですから、とか。表現上における気楽さみたいなものを、絵は持っている。いましゃべっているのは言葉でしょ。俺、言葉はツールとしてしか信用していない。4割くらいかな」

長田「絵本の自由さ、気楽さみたいなのってありますよね。先月出した絵本で『ヒミツのトビラ』(高陵社書店)というのがあるんです。モノクロームの、濃淡だけで書いたやつで。取材で『なんでモノクロームなんですか』と聞かれると、『それが良いと思った』で話が終わっちゃって(笑)」

「子どもの本の中だと、四色印刷でカラフルな方に目が行くんじゃないですか。その後考えてみたんですけれど、僕自身も絵を信じているし、勝手にやっちゃっているだけ。こういうのをやってみようかなと、いろいろなことができるんですよね」

絵本は、仕事じゃない

――だからこそ、絵本作家を仕事にしているんですか

五味「仕事じゃねえから、これ人生だから。俺の仕事と言ったら、テニスと麻雀だから。チェロもやるけれど、これも仕事だよ。努力してるから。絵本はね、身についているから、描けちゃうの。仕事かどうかよくわからなくなるのが、仕事の理想なのかもしれない(笑)」

「いまもそうなんだよ。絵本って何ですかと言われて、わからないからやっているんだよ。これは違う、今まではやっていない。やり直し、考え直しが限りなくくる。自分が一回思考したものから逃げ続けなきゃいけない」

長田「僕個人としても、好きを仕事にするとかじゃないんですよね。仕事っていうものを考えず、個人的なものの延長で暮らしがあるってことなんです。いま、五味さんがおっしゃっていったように、『そもそも仕事じゃない』という考え方を持っているやつ、周りでは限りなく少なかったですよ」

「同世代は、就職難があったからちょっと暗い感じで、仕事を得るために努力する意識みたいなのが蔓延していて。周りをみたら、仕事を持つとか、仕事に邁進するという人が多い。でも、僕は違う」

五味「この世界一番きついのは、不得意な、あんまり得意じゃない人が、生きるためにそういう仕事をしなくちゃいけない、ということ。諦めて、社会的にまあまあで生きていくって人が多い。その構造が、まだ戦争状態なのよ。上の奴の話を黙って聞く。疑いの余地もなく受け入れる。兵隊の論理だよ。だから、俺は一抜けた」

長田「脱走兵ですね。まあ、僕の場合は除隊かもしれない(笑)。それも悪くないですよ、自由だけは、少しでも獲得できましたしね」

五味「今の社会の息苦しさって、専門化しちゃったところだと思う。俺らだって無理くりに専門的に絵本作家と言わないといけない。そうじゃなくて、いろいろなことやって生きていきたいよね。こっから先の時代は、ぐちゃぐちゃになっちゃうと思う。全部がくっついちゃうなかで、得意なものを持って、抵抗してやっていこうという意思が貴重になるんじゃないかなあ」

長田「なんだかみんな、自己犠牲をしているように感じるんです。一方で『長田はそれでいいの?』と言われることもよくありますよ。僕はまだまだわからない。個人個人が、考えるしかない」

やっていないことは、いっぱいある

――お二人にとって、絵本とはどんな存在なんでしょう

長田「絵本の数自体はたくさん書いてきましたけれど、ファッションとか、外枠の仕事をすればするほど、絵本って面白いな、って思いますよ」

五味「俺はなんでこれは飽きないんだろうと思っている。その感じがあるから、まだ描いている。やり尽くしましたね、と言われることもあるけれど、まだやっていないことがいっぱいあるし」

長田「いままでやってきて、他の仕事もしていても、常に絵本に戻ってくるというか。改めていいなって思える理由はどこにあるのか、探しているところです。描きながら気づいていったことが多くて。でも、まだまだゆっくりゆっくりでいい。15年したら、わかるかな」

五味「いつも、こうやって絵本の話に戻っちゃうんだよ。これくらい絵本が面白いと思っている絵本描きって少ないらしい。でも最終的には、どんなものを落とし込むのには絵本がいけるなと思っていて。落とし込むべき自分の世界っていうのは、自分でも収集つかないくらいなんだよ」

長田「五味さん自体も、話は広大だし、面白いし、とらえどころがない。絵本もそうじゃないですか。とっかかりがなくて、面白いんですよ。わからないわけですよ」

五味「なんだろう、絵本の話しているんだけれど絵本じゃなくて、やっぱり絵本なんだよね。なんだか、気が狂いそうなところあるよね(笑)」

「絵本って、森羅万象なんですよ」

長田はいう。五味太郎は、絵本作家ではなく「五味太郎」だ、と。

「その話がとめどなく6〜7時間続いたとして、最後は『やっぱり絵本だ』とまとめられると、全部絵本だったんじゃないか、って思うんです。絵本って、森羅万象なんですよ」

ポジティブな意味で"逃げて"きたからこそ、彼はいまここにいる。そして、"得意"である絵本を、これからも描き続けていくという。

「僕にも、絵本しかないんですよね。だからこれでやっていこうかな、と。僕の生き様で。五味太郎は五味太郎、僕は僕。絵本作家ではなく、長田真作で」


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〈編集後記〉

僕と長田さんは同い年だ。物心がついたらバブルが崩壊していて、幼稚園生のころにサリン事件が起きた。小学校5年生でツインタワーが崩れて、就活中に大震災が起きた。

あまり明るくない時代が続いているからこそ、もやもやとした気持ちになることも、少なくはなかった。なんとなく大学に入り、そのまま大手の新聞社に就職をして。ぼんやりと、昭和的な人生を送ろうとしていた。

最近になって転職して、なんだか地平が開けた気がした。もしかしたら僕にとってそれは、「逃げる」ことだったのかもしれない。「逃げるは恥」なんてことはない。そう思えるようになれば、きっと少しは楽になるはずだ。

〈長田真作〉 絵本作家

1989年12月11日、広島県呉市生まれ。高校を卒業後に上京し、NPO法人で勤務したのち絵本の道へ。2018年1月には渋谷・ヒカリエで個展を開催したほか、アーティストやファッションブランドとのコラボなど、多岐にわたって活動している。9月下旬には新作『はなげおやじ』(高陵社)を刊行している。


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