顔写真を「2ちゃんねる」に晒されて… ネットの匿名中傷、被害者に残る深い傷

    Twitterの匿名アカウント「極東のこだま」による名指しのヘイトスピーチや中傷の被害を受け続けてきた在日コリアンの女性。容疑者の男は脅迫罪で書類送検されたものの、不起訴になった。いまもなお、苦しんでいる。同じような被害を経験している人たちは、少なくはない。

    普通に、暮らしていただけなのにーー。

    ある日、突然インターネット上の誹謗中傷、そしてヘイトスピーチの被害者になってしまった、女性がいる。

    彼女の普通の生活はどうして壊されてしまったのか。いつ誰が「ターゲット」にされるかわからない、その恐怖とは何なのか。

    いまなお続く被害について、話を聞いた。上下にわけてお伝えする。

    上:子どもと、コンビニにも行けなくなった。女性を襲ったネットの匿名中傷、その恐怖とは

    川崎に暮らす崔江以子(チェ・カンイジャ)さんは、1年半にわたって、Twitterの匿名アカウント「極東のこだま」による名指しのヘイトスピーチや中傷の被害を受け続けてきた。

    2017年12月、崔さんの刑事告訴を受けて捜査をしていた神奈川県警は容疑者の男を特定。自宅に捜索に入り、事情聴取をしたことで、ツイートは止まった。

    男は脅迫容疑で書類送検されたが、横浜地検川崎支部は2019年2月、不起訴に。

    「無罪放免にしてはならない」(代理人弁護士)と、ツイートの内容が「つきまとい」にあたるとして、神奈川県迷惑行為防止条例違反の疑いで、脅迫罪で不起訴になった当日、刑事告訴した。

    代理人弁護士は、条例違反での一刻も早い起訴を求め、9月と10月に、同様にヘイトスピーチに苦しむコリアン女性たち約20人による、男の処罰を求める陳情書を提出した。

    攻撃は、突然にはじまった

    ネット上の匿名のヘイトに苦しんできた在日3世で専門職の30代女性も、こう記した陳情書を提出した。

    「崔さんが受けている被害は崔さんだけの被害ではありません。在日コリアンの多くが同じ苦しみを味わい、自分の生活が脅かされていることに対する不安を感じているのです。そのため、多くの在日コリアンは出自を隠して生活することを余儀なくされています」

    「この先自分が同じ立場になっても法に守られることはないのだと諦め、さらに萎縮して生活することを余儀なくされます。私自身、いつ自分と子どもに同じような攻撃が向けられるかと不安でたまりません」

    彼女は、名前や写真、自らの職業に関する情報を突然「2ちゃんねる」に晒され、「ゴキブリ」「チョンは北へ帰れ」などの言葉を浴びせられた経験を持つ。

    「当初は何が起きたか全くわかなかったし、本当に怖かった。仕事関係の知り合いと思われる人に、ブログに『スパイだ』と書かれたこともありました」

    何か心当たりがあったわけではない。攻撃を受けた理由は、自らの出自にしかなかったな。いまではそうした攻撃は止んでいるが、トラウマは残ったままだ。

    「ヘイトを書き込んだ人間の後ろには、それに共感するたくさんの人がいる。その恐怖はものすごく大きい。しかも矛先は、いつ誰に向かうかわからない。だから、自衛しているんです」

    「SNSには家族のことは一切書かない。子どもの顔や年齢も、絶対に出さない。本当は周りの友人のように、普通に交流できたらいいなと思っているけれど……」

    子どもたちへのダメージも

    女性は、自分たちよりもさらに若い世代への影響を、不安に思っていると語る。崔さんの事件の行く末を注視しているのも、そういった気持ちからだ。

    「TwitterやYahoo!ニュースのコメント欄はヘイトの温床になっている。そういう書き込みをする人が『社会の少数』であることを知らない若い子が見ると、『嫌韓はどこにでもいる』『自分たちは嫌われてるんだ』と思い込んでしまう」

    「実際に私の周りにも、そういう子がいます。子どもたちには、深刻なダメージを与えている。崔さんの事件が不起訴になったのは、こうした被害の重みがあまりにも理解されていないからなのではないでしょうか」

    こうした声は、決して少数ではない。

    法務省が2016年に実施した「外国人住民調査報告書」をもとにした「人種差別実態調査研究会」の調査では、朝鮮・韓国ルーツの人がネットのヘイトを恐れて「沈黙効果」が生まれていることが明らかになった。

    • 差別的な記事、書き込みが目に入るのが嫌でインターネットサイトの利用を控えた:39.2%
    • 差別を受けるかもしれないのでプロフィールで国籍、民族は明らかにしなかった:30.6%


    ほかの国籍の人たちでは、前者が16.9%で後者は12.6%。その特異性がはっきりとしていると言えるだろう。

    ネットのヘイト、法律の壁

    「名誉毀損や脅迫などの現行法では、ネット上の差別に対応しきれないのが現状です」

    崔さんの代理人をつとめる師岡康子弁護士は、現行法の問題点についてそう指摘する。

    「発信者情報の開示にも大きなハードルがあり、2回若しくは3回の仮処分の申立てをしなければならず、時間がかかり、しかも、現行の法制度では特定できる保証はありません。その間に被害は広がり、時効を迎えてしまうこともあります。また、被害者本人がそうした手続きをしないといけないため、費用面や精神面の負担も少なくありません」

    そうしたことから、新たな法整備を求める声もあがっている。また、川崎市もヘイトスピーチに最大50万円の罰金を科す条例の12月中の制定を目指しているが、ネット上のヘイトは罰則の対象外だ。

    現状では崔さんのように現行法を活用する方法しか、救済されうる途はない。師岡さんはこうも語る。

    「本来、人種差別撤廃条約では国は、ヘイトスピーチを含むあらゆる差別を禁止し、終了する義務があり、国連の人種差別撤廃委員会からも、現行法を最大限活用して対処するよう勧告されています。また、ヘイトスピーチ解消法でも、解消を喫緊の課題としているのですから、捜査機関は現行法を積極的に活用することが求められています」

    「解消法施行日に警察庁が出した通達には、『ヘイトスピーチといわれる言動…について違法行為を認知した場合には厳正に対処するなどにより、不当な差別的言動の解消に向けた取組に寄与されたい』とあります」

    「負のロールモデルになりたくない」

    「極東のこだま」によるツイートが始まってから、4年近くが経とうとしている。崔さんの家には、いまだに表札がかかっていない。

    取材の最後、崔さんはこう語った。

    「匿名だったら、なんでもできてしまうなんて……。被害に対して法律が追いついていない。大義や正義だけじゃ、解決できないんです」

    「在日だからこうなってしまう、という負のロールモデルには、なりたくありません。子どもたちを絶望させないためにも……」