音のない家に生まれて。

25歳クリエイターの彼女が、夢見る未来とは

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Updated on 2019年3月15日. Posted on 2018年12月15日

音のない家に生まれて。

25歳クリエイターの彼女が、夢見る未来とは

彼女の実家のつくりは、少し不思議だ。

その家には、死角がない。2階の部屋にはどこにも小窓があって、台所からリビングまで、見渡すことができる。どこにいても、ほかの部屋にいる誰かと、目を合わせることができる。

なぜ、こんな複雑なつくりになっているのだろうか。それは、家族たちがみな、手を使って会話をするからだ。

黒羽政士

耳の聴こえない両親のもとに生まれ育った、耳の聴こえる子どもを指す、「コーダ」という言葉がある。

不思議なつくりの家に育った彼女も、そのひとりだ。

クリエイター・和田夏実、25歳。聴こえない家庭で、手話とともに育ち、手話を「第一言語」にする彼女は、テクノロジーを使って、ある未来をつくろうとしている。

「私、手話による表現や発想の可能性を、もっともっと広げていきたいんです。聴こえる、聴こえないに関わらず、人間の可能性を広げることができると思っているから」

手話は言語であり、メディアだ

黒羽政士

「言葉ではなく絵を描くと伝わることがありますよね。手話も、同じことが空間で表現できる。自分の中の記憶であれ、イメージであれ想像であれ、形をつくりだせるんです」

まるでインスタグラムのストーリーのように、かわいらしく。和田の作品を通じてみれば、「手話」を知らない人でも、その意味が、見えるようになる。

vimeo.com

和田の作品「Visual Creole」(ビジュアルクリオール、2016年)では、カメラで読み取った手話のジェスチャーに、それが意味するイラストが重なっていく。

「この手段は、聴こえない人のための言語として閉じられなくてもいい。手の表現領域が技術によって広げられれば、新しい発想が生まれていくきっかけになるはず」

こうした独特の発想と作品が評価され、和田は経済産業省の「未踏スーパークリエータ」(2016年度)にも認定された。

「私にとっての手話は言語であり、メディアなんです。自分の中にあるイメージとか夢とか、すごくチャーミングでファンタジーなものも、感情も、グラフィックも、すべてをこの場に描くことのできる」

「映画的」な美しさ

黒羽政士

和田は、手話が「美しい」ものだと、取材中なんども繰り返した。

それはまるで、映画のようなのだ、と。

「カメラの切り替えやディティールの表現が、映画的で、情緒的なんです。最小単位の5本指の手だけで、ここまで表すことができる。動きがあって、像が生まれていくのが、すごく美しい」

手話では、いくつもの情景を掛け合わせながら、映像的に伝えることができるという。

たとえば、「電車に乗って椅子に座ると、目の前にはとても美しい人がいた」という状況を表現しようとする。

電車に向かうシーン、乗り込むシーン、椅子に座るシーン、女性を見上げたシーン、そして走り去る電車のシーン......。一文を表すだけでも、これほどの伝え方があるのだ。

手をすらすらと動かしながら、和田は言う。

「鳥が飛んでいて、飛んで行ったときに見えなくなっていく遠近感とか、ジェットコースターの形状や速度とかも表せる。豊かだな、美しいなって思うものが、たくさんあるんです」

「なかったこと」にしたくはなかった

黒羽政士

手話の「美しさ」に気がついたのは、高校生のころだった。

テレビの地上デジタル化に合わせて、父親が過去のビデオをDVDに焼き直す作業をしていたときのことだ。リビングのテーブルで受験勉強をしていた和田は、ふとその内容を目にした。

「うちには、ろう者のカルチャーをつめこんだ映像がいっぱいあったんです。たまたまふっとそれを見たら、すごく綺麗で......。私が普段つかっている手話とは、また違う世界でした」

家にあったのは、「手話ポエム」や「手話狂言」といった作品たちの記録映像だった。

「こんなにも美しくて、情緒的なものが社会からは見えないところにある。こんな小さな家の、ビデオの片隅で隠れていたことに、驚いてしまいました」

和田は、この「美しさ」が、映画や音楽、絵画と同じひとつのカルチャーになりうるものだと直感した。手話を残し、そして広げていきたい。そんな衝動に駆られた。

「なんとかして、この美しい表現をなかったことにしたくないと思ったんです。歴史のなかで」

「かわいそう」という眼差し

黒羽政士

和田の母・令子は、娘の活躍を誇らしく思っているという。「新たな難しいテーマに挑み、想像もしなかった世界での活躍を、嬉しく思います。夏実の研究やテクノロジーで、新たなコミュニケーションの手段が発見できるようになる日が楽しみです」(Photo by 黒羽政士)

ろう者、そして手話は、長く虐げられてきた歴史を持つ。

手話を使う人たちへの差別は、ずっと続いてきた。教育現場では音声言語を教える「口話教育」が推し進められ、手話は禁じられてきた。

いまでも、理解が浸透しているとは言い切れない。和田のようなコーダという存在も、だ。

「保育園生のころから、行政の窓口やお店なんかで、両親の通訳をしていました。私にとっては普通のことでも、周りからは不憫な眼で見られることがありましたね。えらいね、とか、大変ね、とか、小さいのにすごいね、とか......」

憐憫の眼差しは、小さな彼女にとって、棘になった。

小学校に入ると、自分たち家族がいる世界が「障害」と呼ばれるものであることを知った。テレビ番組で「かわいそう」として扱われることが多い存在であることも、わかってきた。クラスで、心無い言葉を投げかける同級生も現れた。

「わからないことは、みんなにとっては怖いんだなというのはなんとなく感じていました。かわいそうだと思う人がいることも。でも、私には当たり前の、楽しくて豊かな暮らしがあった。社会通念ではなく、自分の家族こそが真実だったんです」

「少数言語」としての手話

黒羽政士

交友好きな和田の両親に惹かれ、家には毎月のように、日本全国、さらには世界各国の手話者たちが集っていた。

ミャンマー、フランス、フィジー、フィリピン、インド......。夜遅くまで、賑わいは絶えなかった。

使う手話が違ったとしても、数日間いっしょに過ごせば、難なく会話ができるようになる。和田はそんな不思議な空気感が、好きだった。「かわいそう」と呼ばれる世界は、そこにはなかった。

「国が違っても、一緒に話せる、伝えあえる。グルーブ感もある。表現が豊かなろう者は、障害という言葉で片付けるのではなく、ひとつの民族的なものと捉えるほうが良いと思っています。両親や、その周りの人たちは、少数言語話者なんですよね」

ライバルは、グラハム・ベル

黒羽政士

中学生時代は、実家の本棚に並ぶ手話やろう文化に関する本を読みあさった。両親が貼った付箋、マーカーで引いたラインをなぞりながら、和田は学んだ。

自らを「インタープリター」と名乗っている。解釈者、媒介者、という意味がある言葉だ。

「自分のアイデンティティが揺らぐこともありました。聴者でも、ろう者でもない、そんな居場所のなさを感じることも。でも、この言葉と出会ってすごく楽になったんです」

「翻訳する人、というよりも解釈して伝える人、というニュアンスがありますよね。物事の価値や魅力を、ほかの人たちに伝える仕事。まさに自分がやりたいことだと思ったから」

そんな和田は、少し恥ずかしそうにしながら「私、電話を発明したグラハム・ベルが人生のライバルだと思っているんです」と言った。

「ベルと私って、境遇が近いんです。お母さんも、奥さんも聴こえない。あの人が電話を発明したのは、聴こえる人と聴こえない人のコミュニケーションをどうにかしたい、という理由からでした」

死ぬまでに、つくりたいもの

黒羽政士

「彼の考えは口話教育を押し付けるきっかけになって、ろう者にとっては嫌われている存在です。でも、彼が目指したものって、コミュニケーションそのものだった。技術の進化のタイミングによって、電話が生まれたんですよね」

和田の場合はどうか。大学に入って出逢ったのは、時代の最先端を行くインタラクションデザインや、ビジュアルアートだった。

いままで文字のように残されてこなかった手話を、記録できる。視覚的に伝えることも、現実に重ねることも、できる。

「私は、映像技術という手話とすごく相性のいいテクノロジーがある時代に、運良く生まれたんです。ベルのように発明家にはなれないかもしれないけれど、願わくば電話のようなものをつくりたい。死ぬまでに、つくれればいいなって思っています」

何十年後の、未来に

黒羽政士

和田のやりたいことは、底を突かない。

子どもたちに向けたワークショップも開いている。「手話の辞書」をつくるプロジェクトにも取り組んでいる。目が見えない友人と一緒に、ゲーム開発もしている。

自分がつくりあげた何かで、変化をつくり出せるはず。そう信じているからだ。

テクノロジーを駆使して、彼女は手話の「美しさ」を残し、伝え、多くの人たちに広げてゆく。まさにそれは、「インタープリター」そのものだ。

インタビューの最後、和田はふふ、と笑った。

「あと、何十年もかかると思うけれど。いつか私のつくったテクノロジーで、みんなが手や顔で表すことをメディアとして使えるようになったとき、いったいどんな景色が見えて、どんな景色を共有するんだろう。楽しみで、仕方ないんですよね」


編集後記
手話が少数言語だということを聞いたのは、数年前に取材していた、ろう画家の男性からだった。自分が何も知らずに、「かわいそう」という一方的な眼差しを向けていたことに、はたと気がついた。自分がその言葉を使うことができない、ということにも。テクノロジーの発展は、そうした見えない壁をどんどんと壊し、社会をアップデートしていくのだと思う。和田さんのつくる未来に生きることができるのなら、僕は手話を使って、まず何を伝えるのだろう。

〈和田夏実〉 クリエイター、インタープリター
1993年長野生まれ。ろう者の両親のもと、手話を第一言語として育ち、大学進学時にあらためて手で表現することの可能性に惹かれる。慶應義塾大学大学院修了後、視覚身体言語の研究、さまざまな身体性をもつ人々と協働から、感覚を共に模索するプロジェクトを進めている。手話通訳士資格取得。2017年ICC(NTTインターコミュニケーション・センター)にてエマージェンシーズ!033「結んでひらいて / tacit creole」展示。最新情報はサイトで公開している。

Contact Kota Hatachi at kota.hatachi@buzzfeed.com.

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