「そもそも、なんで生きてるんやっけ」 ピース又吉はなぜ「人間」を描くのか

    『火花』で芥川賞を受賞した又吉直樹が、新聞の連載小説に挑戦する。

    「いろんな人間おりますからね。あれも人間やし、これも人間やし、全部を書けるわけじゃないけれど、何かこう、人間の一端みたいなのを書ければいい」

    ピース・又吉直樹(38)が9月3日から、毎日新聞で連載小説をはじめる。

    そのタイトルは『人間』だ。処女作『火花』で芥川賞を受賞し、2作目『劇場』では恋愛模様を描いた又吉がなぜ、そのテーマを選んだのか。一体何を、描こうとしているのか。

    「人間という言葉を好きになったのは、それこそ小学校からですね。人間自体が生々しく感じたんですね。それだけで、浮かび上がって見えるというか」

    BuzzFeed Newsの単独取材に応じた又吉は、そう静かに語り始めた。

    もともと、「いつか書いてみたいな、という言葉」だったという。

    「怖さみたいなものも最初から感じていたし。だって、言わんでも人間やのに、人間っていう言葉があるっていうのはどういうことなんやろ、みたいな」

    小説の主人公は、又吉自身と同じ38歳だ。漫画家を目指している人物が、誕生日を迎えるところから始まる。

    「主人公は、生きていくことの理由であったり、糧であったり、そういうものをどこに見いだすのかっていうことに悩んでいる。その先に何があるのかみたいな、そういうことを考える時期に差し掛かっているんです」

    「自分が表現したいと思っていた人間が、そうではない何かをつくることになったとき、そのことについてどう思っているのか。自分自身を誰もが賞賛してくれるわけではないときに、それとどう向き合っていくのか」

    過去の印象的な思い出を辿りながら、主人公は考える。「そもそも人間ってなんで生きてるんやっけ。なんで、ものつくるんやっけ」と。

    ずっと「表現者」を描いてきた

    又吉はこれまで、表現者ばかりを描いてきた。

    『火花』では、新米のお笑い芸人が。『劇場』では、売れない劇作家が主人公だった。そして今回は漫画家だ。

    「表現をしようとしている人を描きたいっていうのは、かなり強いですね。今回は特にその話にしたいな、というのは思っていましたね」

    「表現者って時点で、もうすでに一個おもろいんですよね。だって勝手にやるっていって、勝手に人に見せて、面白くないって言われて傷つくって、アホじゃないですか。でもやめられへんって、なんなんやろなっていう。その時点ですごく愚かなことかな、という……」

    しかし、群像劇でもなく、漫画家を目指す男を描く小説のタイトルが、なぜ『人間』なのか。

    「今回の主人公は自分が何をやりたいのか、すごくあいまいなんです。僕も同じで。芸人なのか、作家なのかと言われるたびに思うのが、どっちなんやろなと思うんです。だんだん、国籍とかも含めて、わからんようになってきて、何がなんなのかみたいな」

    自分とはいったい、何なのか?

    何だかわからない自分の属性を説明するときに、一番しっくりとくる言葉。それこそが、「人間」なのだ。

    「僕、本籍地が沖縄で、大阪生まれで18で上京して、そんで関西弁使ってますけど、東京のほうが20年くらいおるから長くて。出身地は大阪っていってるけど、いわゆる関西人なのかというと、僕どこになるのかな、とか。わからんくて……」

    「で、わからんでええかと。なんで、わからなあかんねんていう。そりゃそうやと思っていると、自分がなんなのかというときに、人間が一番しっくりくる。だからこそ、そのタイトルで、やるみたいな」

    だからと言って「人間とは何かを突き詰めるような小説ではない」ともいう。

    「僕より答えだせる人、いっぱいいると思うんですよ。たとえば新橋でインタビュー受けている、お酒飲んだ会社員のひとたちとか、あれって人間ってタイトルつけたらしっくりくるじゃないですか」

    「僕より簡単に取り出せる人いっぱいおるなって。僕はちょっとみんなよりややこしい、人間の一端の、捉え方を自分なりにしているから。だから、そういうことなんですけどね」

    『人間失格』に通ずるもの

    そんな又吉が一番好きな小説は、太宰治の『人間失格』だ。これまで100回は読んできた。ページを破って、食べたこともあるほどだ。

    「タイトルの時点でわけわかんなかったんですよね。人間であることを失格している状態も人間に含まれるんじゃないかなと。あれすごい聞き慣れすぎているけれど、面白い、複雑なタイトルですよね」

    中学時代、友達に勧められ、そして太宰の世界に没入していった又吉。太宰の小説には「人間の自然な愚かさ」が描かれている、と語る。

    「なんでそういうことしたんやろとか、なんでそんな失敗してしまったんやろな、とか人間の自然な愚かさみたいなところが見えた時のほうが、笑えるというか。それが太宰の小説にあるのかなと思ったんですね」

    今回の小説を書くにあたっても、「引っ張られてはいないけれど、頭の中のどこかに残っていた」という。

    だからなのか、主人公にもやはり、「愚か」であってほしいと願う。人間とは何かを考えるのは、又吉ではなく、そんな愚かな主人公だ。

    「僕が後追いですよ。そいつが考えて、教えてもらうわけなんです」


    連載小説は毎日新聞夕刊(紙面版)で、毎週月〜土曜日まで掲載される。

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