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ネットで匿名中傷、被害者は泣き寝入り… 法整備を求める専門家が「モデル案」を策定

ネット上における「人権侵害情報」の定義と、「削除や加害者の情報開示」の手続きを定めているモデル案。ヘイトスピーチ対策法などの現行法だけでは救いきれない点をどうカバーするかが論点となっている。

ネット上にはびこる誹謗中傷。現行法での対応には限界があるとして、専門家らが「インターネット上の人権侵害情報対策法」のモデル案を策定した。

12月4日には、このモデル案に関する議員向けの院内セミナーが衆議院第二議員会館で開かれた。今後も法整備に向けた動きを進めていくという。

「ネット人権侵害対策法」のモデル案を策定したのは、弁護士や研究者らでつくる「ネットと人権法研究会」のメンバー。

今回提案されたモデル案では、「ネット上の人権侵害に関する禁止事項」と「送信の防止、関連情報の開示手続き」を定めた。また、「表現の自由」への過度な制約を防ぐための第三者機関の設置を含む制度設計も提示している。

まとめると、ネット上における「人権侵害情報」の定義と、「削除や加害者の情報開示」の手続きを定めているということだ。

なぜ、この2点なのか。

東京大学大学院特任助教の明戸隆浩氏は、現行法制度では被害者の精神的、金銭的負担が大きく、「泣き寝入りせざるを得ない」現状があると指摘する。現行法にある問題点(立法事実)は、以下のようなポイントだ。

・プロバイダが任意で発信者情報を開示することはほとんどない

・削除請求についても裁判所の仮処分申請がなければ応じないケースが多い

・仮処分申請をすることができる、本人の弁護士費用や時間の負担が大きい

・アクセスログが削除されていることがある(期間などの定めがないため)

・不特定な者に対するヘイトスピーチが野放しになっている

匿名の中傷と闘うため

そもそも日本には差別的言動などに関して、2016年にできた「ヘイトスピーチ対策法」があるが、これは理念法に過ぎない。

「ネットと人権法研究会」の師岡康子弁護士は「(同法は)意義がある一歩だが禁止条項はなく、ネット上のヘイトスピーチを止められないという問題がある」と強調した。

実際、国連の人種差別撤廃委員会は2018年9月に、「人種差別撤廃条約」を締結している日本政府に対してヘイトスピーチ規制の法整備を勧告している。

委員会の勧告では、「ヘイトスピーチ対策法で対象されていないヘイトクライムを含む人種差別の禁止に関する包括的な法律を採択すること」「自主的な機構の設置を含む、インターネット上及メディアにおけるヘイトスピーチ と闘うための効果的措置をとること」などと指摘している。

また、師岡弁護士は現在、発信者情報開示の根拠になっている「プロバイダ責任制限法」も様々な条件があるために被害救済のハードルになっているとしも指摘。「ネット人権侵害対策法」の必要性をこう訴えた。

「ネットのヘイトスピーチは毎日で、日常生活でも逃げられないような影響がある。しかし、いまは全くと言っていいほど法的な救済手続きがありません。多くの言動の発信者は、ほとんどが匿名です」

「その素性を明らかにするためだけに被害者が2回、3回と仮処分申請をやらないといけない状況になっている。こうした被害者をなんとか救済できる手続きをつくりましょう、というのが私たちの提案です」

独立した第三者機関の役割とは

「ネット人権侵害対策法」のモデル案で決められた禁止事項は、「名誉毀損」「プライバシー侵害」「差別的言動」の3点だ。

なかでも「差別的言動」については、「人種、皮膚の色、民族的もしくは種族的出身、国籍、世系もしくは社会的身分、性別、性的指向、性自認、または障害もしくはハンセン病歴の有無」を「理由となる属性」としており、ヘイトスピーチ対策法で決められている定義よりも広く取られている。

また、対象となる「差別的言動」の形態には以下のようなものを定義している。

「特定の者に対する脅し、侮蔑、嫌がらせ」「不特定のものに対する著しい侮蔑、誹謗中傷、危害を与えることの告知・助長、社会からの排除、差別を誘発することを目的とする人名・地名の情報」

さらに、「表現の自由に対する過度の制約を防止する」ために、専門家によってつくられた独立した第三者機関「インターネット人権侵害情報委員会」を設けるという制度設計をしているのも特徴だ。

被害者はこの委員会に削除要請や、開示要請を申し立てすることになる。一方の委員会は、申し立てから最大2週間以内にプロバイダへ削除や開示の要請をするほか、被害者への情報提供や関連調査などを担う。

また、プロバイダ側に関しては、委員会の申し立てに必ず応じる義務はないものの、「審査」をする義務を負っているほか、削除や開示しない場合は理由の開示を義務付けるようにする。

「超党派」で取り組みたい

国会内でも、同様の動きは進んでいる。「ネットと人権法研究会」は今後、法整備に向けて超党派の国会議員と連携していく考えだ。

セミナーに参加した立憲民主党の辻元清美議員は「自らもネット上の中傷被害にあったことがある当事者です。この問題は、人権、民主主義を守る基盤の話なので、超党派で取り組みたいと思っている」と話した。