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市役所に警察官… 異例の厳戒態勢で議論、武蔵野市の「住民投票条例」が否決。外国人の投票権めぐり賛否

武蔵野市が議会に提案していたのは、投票資格を持つ住民4分の1の署名が集まれば住民投票を実施することのできるという趣旨の条例案。投票資格を持つ人の要件を、市に3ヶ月以上暮らした18歳以上の住民で、日本人だけではなく、特別永住者や、中長期の在留外国人も対象としていた。

東京都武蔵野市議会の本会議が12月21日に開かれ、外国人住民も参加できるかたちの住民投票条例案を、反対多数で否決した。

条例案は、法的拘束力のない住民投票制度を創設するためのもの。3ヶ月以上市内に暮らす18歳以上が対象とされ、外国人も参加できることになっていたことから、賛否が割れていた。

SNS上では「武蔵野市が外国に乗っ取られる」などという言説が拡散されたほか、市内でも排外主義的な団体による街宣活動がたびたび行われ、本会議当日も市と議会側が警視庁に警備を要請するなど、厳戒態勢での採決となった。

まず、経緯を振り返る

武蔵野市が議会に提案していたのは、投票資格を持つ住民4分の1の署名が集まれば住民投票を実施できるという趣旨の条例案だ。投票結果に法的拘束力はないが、条例案には市側が「結果を尊重する」と記されている。

条例案は、投票資格を持つ人の要件を、市に3ヶ月以上暮らした18歳以上の住民で、日本人だけではなく、特別永住者や、中長期の在留外国人も対象としていた。

賛否が分かれたのは、この点についてだ。武蔵野市などを含む衆院東京18区を選挙区とする自民党の長島昭久衆院議員(比例東京)は、これが「広義の参政権」にあたると批判。安全保障など国政にも影響を及ぼしかねないと主張した。

このほか、「8万人の中国人を日本国内から転居させる事も可能。行政や議会も選挙で牛耳られる」(同党の佐藤正久・参院議員、比例)「武蔵野市は乗っ取られる」(田母神俊雄・元航空幕僚長)という意見も出た。

一方、市側はこうした主張を否定した。前者については「参政権とは異なる。意見の表明であり何らかの措置を義務付けるものではなく、憲法16条の請願に近いもの」であるとしていた。

後者についても、武蔵野市は人口密度が高く大量の新規住民の転居先は存在せず、不正があった場合も調査できるとして「大量の人が入ってくる懸念は当たらない」としている。なお、武蔵野市の外国人住民は3098人(人口の約2%)だ。

市民の賛否はどうか。市が今年3月に実施した無作為アンケート(2000人対象、509人が回答)では、「外国籍の投票資格」について73.2%が賛成、20.5%が反対と答えており、市側の姿勢を後押しする形となっていた。

それでもSNS上などで、市側が否定した言説は拡散。また、排外主義的な団体による街宣活動やデモ行進も市内で開かれ、ヘイトスピーチや差別的な言動が叫ばれた。

なお、外国人に住民投票権がある自治体は全国に43ある。このうち、このうち、神奈川県逗子市と大阪府豊中市の2自治体は、武蔵野市の条例案のように3ヶ月以上暮らしていれば、国籍関係なく住民投票に参加できる。ただ、武蔵野市によると、両自治体とも制定時に反対運動や混乱はなかったという。

厳戒態勢下で…

こうしたことから注目を集めていた条例案。本会議の傍聴席は、ほぼ満席となった。

また、混乱の防止や騒乱時の対応を想定し、市長と市議会議長が警視庁に警備を要請。市役所の外には機動隊車両が集まり、市役所内にも警察官が配置された。これまで市内で開かれていた街宣などを踏まえたもので、議会事務局によると、このような対応がとられるのは初めてという。

総務委員会では賛成3、反対3の同数となり、委員長採決で可決されていたが、12月21日の本会議では賛成11、反対14で否決。逆転された形となった。

反対した市議らは「市民への周知や議論の必要性」と「外国人の投票権の一定基準」を、主な課題としていた。後者は3ヶ月の居住では短すぎる、という指摘だ。本会議では、自民党会派の道場秀憲氏が、反対の立場からこう呼びかけた。

「外国人の投票権には一定基準が必要。決して排除や差別ではなく、一定基準の区別である。また、前提として住民周知が成立していないのではないか。だからいま混乱になっている。コロナ禍で慌てることなく、いったん市民への周知と意見を汲みとるテーブルにもどし、議会での議論も深めるべき。全会一致で送り出せるような完成度の高い条例制定を切に願う」

また、同じく反対討論をした「ワクワクはたらく」の本多夏帆氏は、市民の理解が得られていない点や、国籍の関係なく特定の意図を持った集団へのリスクマネジメントが不足している点、反対を含む多様な意見が出るなかで立ち止まって議論をせず、街のなかで分断が起きているとも指摘。

「外国人参加は否定するものではない」と、この間に市内で繰り広げられたヘイトスピーチを批判しつつ、国籍だけがクローズアップされたことにも苦言を呈し、論点が単純化された議論ではなく、市民も交えたより深い議論が必要と語った。

「フェイクニュース」との批判も

一方で、賛成討論をした市議らは「議論は尽くされた」「市民への周知も十分」などと主張。反対派が訴えていた言説について「ミスリード」「フェイク」と否定する場面もあった。共産党の橋本繁樹氏はこう述べた。

「今回の武蔵野市の住民投票は諮問型で、結果に法的拘束力はない。住民投票と参政権を混同してミスリードするのはやめるべき。住民投票は意見表明であり、請願権の行使と言える。対象から外国人を排除することの方が不自然で、日本憲法にかなうものである」

また、立憲民主会派の藪原太郎氏も同様の主張をしつつ、情報の発信者や拡散者を強く批判した。

「市内外からさまざまな声をいただいた。誰かの権利を侵害しないか、特定の地域に不利益を起こさないか、特定グループが大量に来て恣意的な投票が行われないか。こうした懸念は質疑で明確に否定された」

「一方で、一部の国会議員を含めた公人も、荒唐無稽な情報をあたかも事実のように発信していた。フェイクニュースの拡散力はとてつもなく、市民の分断を産んだ原因の多くはこうした情報からもたらされた。加担した議員が万が一にもいるなら猛省をしてほしい」

「市民を分断したとは思っていない」

武蔵野市の松下玲子市長は本会議後の会見で、「まだまだ市民への周知や理解が足りない、もっと周知を行ったうえで住民投票条例を制定すべきだという議会の声だと受け止めている」として、改めて条例案を検討をしたうえで再提案する考えを示した。

「外国籍の方も同じ街で暮らすコミュニティの一員であるということに、異論がある方は市議会でもいらっしゃらないと思う。反対をされた最大会派の自民党も外国籍に反対するわけではなく一定の要件が必要であると明確におっしゃっていた。時期は未定だが、今後市としても検討し、議会や市民の皆様のご意見を聴きながら、再度考えたいと思っている」

さらに松下市長は今回の議論が「市民の皆様を分断したとは思っておりません」との認識を示した。実際、市に寄せられた条例案に関する手紙で市内のものと確認ができたのは8.6%だったという。

「武蔵野市で常設型の住民投票制度を作るというのは今回が初めて。地域の課題についてともに考え、ともに生活をして、解決をしていくということについて、国籍でわける必要はないと考えている。それが違った形で広がってしまったこと、まったく別の議論である外国人参政権に懸念を示す特に市外の方から反対の声が寄せられてしまったことは残念」

また、一部の国会議員からの発信については、強く批判した。佐藤参院議員の「8万人の中国人が転居し行政や議会などが牛耳られる」という主張については、こう反論した。

「なんら根拠のある事実に基づかないものである。そうした発言を公職につく方がされることには大変強い憤りを持っている。根拠に基づいたお話をしていただきたいと思っています」

また、ヘイトスピーチについても「武蔵野市が標的にされたとも言えるような状況」と指摘し、こう述べた。

「条例を議論するうえで、さまざまな形で市内で行われていたということはとても悲しく、残念。外国籍の方や、子どもたちが怖い思いや悲しい思いをしているという現実がある。合意形成をする民主主義の姿を損いかねない問題で、今後(ヘイトスピーチ)解消法に基づいて、市として何ができるかを考えていかなければならない」

なお、川崎市が導入しているような罰則付きのヘイト禁止条例などについては、「市が単独で制定すべきなのか、本来であれば国をあげて取り組む姿勢を持っていただきたい。国や東京都、武蔵野市で何ができるのか考えていきたい」と述べるにとどまった。