「エンドレス万歳」だけじゃない。天皇陛下即位の国民祭典、研究者の持った3つの違和感

    安倍晋三首相も出席し、NHKにも中継された「国民祭典」。唐突に紹介された古事記、嵐が歌った奉祝曲「Ray of Water」の歌詞、大ボリュームで響き渡ったエンドレス万歳などの違和感を紐解くと、見えてくるものがある。

    11月9日、東京・皇居前広場で開かれた天皇陛下の即位を祝う「国民祭典」。

    終盤の「エンドレス万歳」でも注目された。政府ではなく民間の組織が主催したこのイベントを、研究者はどう見たのか。

    「メディアで抜粋される国民祭典を見ると、おかしなシーンは削られて嵐だけのイメージになってしまいますが、全体で見ると不思議になるということは、忘れてはいけないと思っています。綺麗なところだけをまとめてしまうと、危ない」

    近現代史研究者の辻田真佐憲さんは、BuzzFeed Newsの取材にこう語る。辻田さんが今回のイベントで違和感を覚えたのは、以下の3点だという。

    • 神話「古事記」と今上天皇をつなげた文脈
    • 嵐の歌った「Ray of Water」の歌詞
    • 計48唱におよんだ最後の万歳三唱


    いったい、どういうことなのか。こうした違和感を紐解くと、見えてくるものがある。

    本当に”国民”なのか?

    「今回のイベントは、実際は保守色が強いイベントです。国民という呼び方には違和感を覚えます。主催を曖昧にすることで、ごまかされている」

    辻田さんの指摘する通り、今回のイベントは「国民祭典」という名前で安倍晋三首相も出席。さらにNHKなどの中継もあったため公的イベントのようにも捉えられるが、政府は関与していない。

    主催しているのは「天皇陛下御即位奉祝委員会」と超党派の議員連盟。この委員会は「日本経済団体連合会」「日本商工会議所」「日本会議」の3団体が中心となっている組織だ。

    日本会議は、首相に近いとされる日本最大の保守団体。会長の田久保忠衛氏は、杏林大学名誉教授の名前で奉祝委員会の代表世話人に名を連ねている。

    憲法改正による自衛隊の国軍化、夫婦別姓への反対、女性宮家の創設への反対などの保守的な論調で知られる。

    日本会議名誉会長の三好達氏(元最高裁判所長官)は奉祝委員会の顧問に、同副会長の田中恆清氏(神社本庁総長)は代表世話人に、同理事長の網谷道弘氏(明治神宮崇敬会理事長)は事務総長についている。

    委員会のメンバーにはそのほか、学術経験者や経済関係者の名前があるため、一見しても「色」はわからないが、こうしてみると、保守色がかなり強い構成になっていることがわかる。

    天皇皇后両陛下が出席するかたちでの、こうした「国民祭典」が開かれるのは、いまの上皇陛下の即位10年(1999年)、20年(2009年)に続き、今回で3回目。

    神話と現実の融合

    辻田さんが指摘する1点目の違和感は「古事記」が用いられた文脈だ。

    女優の芦田愛菜さんや歌舞伎役者の松本白鸚さん、経団連の御手洗冨士夫・名誉会長、日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長ら、各界代表の祝辞を経て、「わが国誕生の物語」として古事記が紹介されたのだ。

    日本神話をテーマに作品をつくっているというフランス人アーティスト、マーク・エステル氏の作品とともに、司会のふたり(谷原章介氏、有働由美子氏)が交互に、古事記の「国生み神話」を朗読する。そんな演出だ。

    国生み神話とは、イザナギとイザナミのふたりが、日本列島の多くの島々をつくったという物語だ。第一代天皇とされている神武天皇、つまり皇室の祖先にも通ずる、とされている。

    これはあくまで神話であって、「史実」ではない。憲法は政治と宗教の分離を定めている。しかしイベントでは、その直後に天皇陛下の話が始まる。

    「いにしえよりわが国は瑞穂の国と呼ばれ、水の恵みを受けてきました。天皇陛下は、以前よりひとびとの生活と水、をテーマに研究を続けられ、世界の安定と発展、防災の礎として、水の重要性をと問うてこられました」

    辻田さんは「公的な色合いが強いイベントで、現実と神話が直接結びついてしまったことには驚きました。逆に政府主催ではないからこそできたことなのかもしれませんが、保守系の人たちへのアピールのようにも感じました」と語る。

    嵐の曲で強調された「君」

    2点目は、嵐が歌ったことで注目された「奉祝曲」の「Ray of water」だ。この組曲は3部構成で、天皇陛下が長年研究されている「水」がテーマになっている。

    作詞は脚本家の岡田惠和さん。作曲は音楽を担当した菅野よう子さん。嵐が歌った第三楽章の歌詞では、以下のように「君」が強調される。

    「君が笑えば世界は輝く」「ごらんよ光は君とともにいる」「大丈夫君と歩いてゆこう」

    辻田さんはこのように分析する。

    「すごい刺激的な内容になっているな、と感じました。”君”が”あなた”ではなく、天皇を含意しているように感じたからです。僕という言葉は複数形で使われることが多い一方で、君は一貫して単数形でした。『君が代』論争にも通ずるところがありますが、どちらとも取れるようになっている」

    過去にも同様のことがあった。1999年の「奉祝曲」はX-JAPANのYOSHIKIさんが「Anniversary」を演奏、2009年はEXILEが「太陽の花」(作詞・秋元康、作曲・岩代太郎)を歌っている。

    「天皇は、太陽神である天照大神の子孫ということになっています。太陽は(*中略)ひとりひとり見守っている、などの歌詞からも、この際も太陽は天皇を含意して用いられていたと思います」

    本意はどこにあるのか。BuzzFeed Newsの取材に応じた奉祝委員会の広報担当者は、「君」の意味について「あえてこちらでは指定していません。それぞれの捉え方をしてもらえば」と語った。

    「ちょっと怖い」エンドレス万歳

    そして、「違和感」の3点目が「エンドレス万歳」としても注目された、万歳三唱だ。

    万歳三唱はイベントの最後、超党派の「奉祝国会議員連盟」会長の伊吹文明・前衆院議長の発声で行われた。

    ところが、伊吹氏の万歳三唱が終わり、司会の谷原章介さんが「ありがとうございました」と締めのコメントをした直後、伊吹氏とは別の人と思われる声で「天皇陛下、万歳」の声が皇居前広場に流れたのだ。この時の伊吹氏は、予期せぬ別人の発声に戸惑った様子だった。

    その後も「天皇陛下、万歳」「皇后陛下、万歳」「天皇皇后両陛下、万歳」と3種類のパターンの発声が繰り返された。

    BuzzFeed Newsが数えたところ、万歳の発声は16回。1回で三唱なので、万歳は48唱されたことになる。ネット上には「怖い」などの戸惑いの声もあがっていた。

    現場にいた女性も「比較的後ろの方の席だったが、本気で万歳をしている人は目立つくらい少なかった。何回やるんだって若干笑いも起きる空気で『ちょっと怖い』『これあってるの?』という声が聞こえた」と取材に答えている。

    あらわになった”ギャップ”

    委員会の広報担当者によると、天皇陛下が退席されるまで万歳を続けることは「定番の演出」であり、もともと予定していたものだった、と説明した。

    中継で声が大きく響いたのは「影ナレ」という、舞台にはいない運営スタッフによるアナウンスだったという。

    この影ナレによる万歳三唱が決まったのは、前日のことだった。そのため、壇上にいた伊吹議長を含む一部の人たちは把握していなかったのだという。

    決定に至る過程で反対意見があったのかどうかについても確認したが、検討内容については答えられない、としている。

    予定されていた定番の演出であれど、その声が大きく中継されることでその特異さが目立つ結果となったと言えるだろう。

    辻田さんは「ネット上の反応を見ていると、違和感を覚えている人が多かったように思います。あたかも叫べといわんばかりの演出。司会が伊吹氏の万歳三唱を聖寿万歳と呼んでいることも気になりました」と語る。

    「聖寿万歳」とは天皇陛下のその寿命が長く続くことを願う言葉だ。

    「これは一般の人たちになかなか響かない言葉です。イベントの主催者と、見ている人たちのズレが生じていたように思いました。中継されることによって、そうしたギャップがあらわになったのではないでしょうか」

    総合演出者の父親は…?

    今回の祭典の総合演出を担ったのは、NHKで大河ドラマなどを手がけた経歴を持つ演出家の黛りんたろう氏だ。辻田さんは、この点についても注目している。

    なぜなら、その父親は音楽家の黛敏郎氏。日本会議の前身組織である「日本を守る国民会議」の議長をつとめ、日本会議の初代会長に就任する予定だった(急逝したため、会長にはつかず)人物だからだ。

    作曲家としてだけでなく、元号法制化や憲法改正を求めた保守論客として知られる。そして、その楽曲は今回の「国民祭典」で辻田さんが違和感を覚えた、古事記を紹介するシーンでも使われた。

    「涅槃交響曲」だ。これは、氏が亡くなった後に開かれた「黛敏郎氏を偲ぶ夕べ」でも流されていた曲でもある(産経新聞、1997年5月30日付)。

    「保守論客として知られる黛敏郎さんの曲を、古事記の演出に合わせて使っていたことが気になっていた。演出が長男(黛りんたろう氏)であることを知って、点と点がつながりました」と、辻田さんはいう。

    委員会によると、「古事記」などの演出や、「Ray of Water」の歌詞についても、黛りんたろう氏を中心に検討が重ねられてきたものだという。

    プロパガンダに動員されないために

    こうした保守色の強いイベントが、即位というタイミングで、公的行事のような装いで、かつ国民的なアイドルグループを動員して開かれたことについて、辻田さんはこう指摘する。

    「嵐のように客寄せの目玉をつくって、宣伝を紛れ込ませるのは昔からされてきた方法です。最近、アートと政治の関わりが指摘されていますが、今回のイベントは”国策芸術”とも言えるものです」

    「今回は、万歳のように”ギャップ”が元になって笑い話にもなっていますが、うまく政治的に利用されれば、刷り込み効果によって見ている人の思想や行動に影響してしまうこともある。プロパガンダに動員されないようにするためには、メディアにまとめられていない、綺麗ではないちぐはぐな部分に注目をして、耐性をつけるべきだと思います」

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