「反日」「福島ヘイト」と批判。アーティストが作品に込めた本当の思いとは

    あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」に展示されている、現代アーティスト「Chim↑Pom」の作品「気合い100連発」。「放射能最高!」「被曝最高!」と言葉を叫ぶシーンがあり、「反日」「福島ヘイト」などという指摘が相次いでいる。いったい、どういう経緯で撮影されたものだったのか。

    あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」に展示されている、現代アーティスト「Chim↑Pom」の作品「気合い100連発」が議論を呼んでいる。

    「放射能最高!」「被曝最高!」と言葉を叫ぶシーンがあり、「反日」「福島ヘイト」などという指摘が相次いでいるからだ。

    そんな作品は、いったい、どういう経緯で撮影されたものだったのか。どんな思いが込められているのか。メンバーに聞いた。

    「気合い100連発」は、東日本大震災から約2カ月後の2011年5月の撮影。

    福島県相馬市にボランティアに入っていた「Chim↑Pom」のメンバーと、地元の若者による作品。津波で破壊された海際で円陣を組んだ10人が、「気合い」を入れるために100個の思い叫ぶという内容だ。

    「復興頑張るぞ!」からスタート。「日本最高!」「福島最高!」「絶対負けんなよ!」「原発ふざけんな!」「放射能に負けないよ!」などとそれぞれが思いを叫んでいく様子を、淡々と記録している。

    「あれは、彼らが過酷な状況を生きて行くための切実な叫びでした」

    実際に撮影にも参加していた「Chim↑Pom」の卯城竜太さんは、そうBuzzFeed Newsの取材に話す。

    「『放射能最高』という言葉を、なぜ彼らはあえて叫んだのか。津波に襲われ壊滅した街で、原発事故が起きて、警戒区域に指定されたエリアの横で、不安の中で生きないといけなかった。そんな一人の若者たちが、なぜこう叫んだのか。その想像力を持ってほしい」

    記録すべきだと思った

    「震災直後、アートに携わる人々には無力感が漂っていた。人の命も救えない。食べられるわけでもない。でも、無力だといっていても仕方がない。だから僕らは現地にいったんです」

    福島第一原発事故、直後。震災から2ヶ月後の相馬市はボランティアの人手も足りていないような状況だった。メンバーたちは支援物資の搬入や泥かきなどをするために、足を運んだという。

    「ある日、自分たちで魚を売っている若者に出会いました。自らが被災者でありながら、復興のためにボランティアとしても活動をしていた。絶望的な状況を、自分たちで何とかしていこうという前向きなエネルギーを持っていました」

    メンバーたちは、彼に「気合いを入れ合おう」と誘った。それも100回、だ。

    「あれほど過酷な状況の中でも、人々は前を向いて生きていた。僕たちはアートに何が出来るかなんて専門的なことを考えるよりも、まずはそれを記録すべきだと思ったし、何かをするなら彼らと出来る行為を選ぶべきだと思った。アートとして装ったり演出したりすることではない。彼らのリアルを、生を残したかったんです」

    最初の言葉は「復興頑張るぞー!」

    彼は友人を集めてくれただけではなく、「相馬は漁港だから港でやりましょう」とロケーションの提案もしてくれた。船が乗りあがり、瓦礫が散乱し、建物はボロボロ。まだ復興どころではない、そんな場所だった。

    地元の若者6人と、「Chim↑Pom」のメンバー4人が軽トラで集まった。撮影は完全にアドリブだ。1人が10回叫ぶ、というルールだけ定められた。

    「復興頑張るぞー!」。最初に言葉を発したのは、地元から参加した若者だ。

    「福島最高!」「お母さんありがとう!」「東北頑張ろう!」「放射能に負けないよ!」……。

    叫び続ける中でどんどんと熱は入り、「車ほしい!」「彼女ほしい!」などというユーモアも交えられるようになる。

    そして、後半。地元の若者による「原発ふざけんな!」や「被曝最高!」という流れを受けた最後の一周、「放射能が出てるよ!」というメンバーの言葉に応じるかのようにして、地元の若者から「放射能最高!」という言葉が続く。

    そして最後は「放射能最高じゃないよ!」「ふざけんな!」と結ばれて、気合い100連発は終わる。

    「最低の状況」だからこそ

    卯城さんは当時のことをこう振り返る。

    「当時、僕もその言葉が出てきた瞬間とても驚きました。やりながらも言葉に詰まりそうになった。『なんてことだ』と。後になって聞いても、そのタームで泣けてくるんです。だって彼らが生きていた状況は、ほんとに過酷だった。被曝を恐れ、多くの住民が家を流され、身近な人を失っている。なのに警戒区域に近いこともあって、他の被災地に比べて外からのボランティアが充分ではない。そんな『最低』な状況にいた」

    「それを『最高』と叫んで笑いとばすことで、彼らは自分たちを鼓舞し、乗り越えようとしていたんだと思う。そんな、やぶれかぶれだけど、強烈な皮肉や葛藤に、僕は切実なエネルギーと感動を感じました。『最高』なんて思ってる人はひとりもいないですよ。でも、最低な状況を最低だって言っているだけじゃ生きていけない。 そんな時だからこそ、ユーモアを持って困難に立ち向かおうとする。人間にはそういう一面があるじゃないですか。機械じゃないんだから」

    卯城さんは、この映像は「被災者たちによる、悲惨な状況に立ち向かう自分たち人間を鼓舞した『人間賛歌』だと僕は思う」と、いう。

    「絶望の淵に立たされた彼らの口から出た、生きていこうとするための切実な言葉なんです。それを消したくなかった。すべてを尊重したかった。だから1回しか、撮影もしませんでした」

    幾度となく検閲に

    作品はその後、日本だけではなく世界各国で展示されていく。これまでアメリカ、ヨーロッパ各地、オーストリア、アジア各地など、50以上の国と地域で公開されきた。参加した地元の若者たちの中には、展覧会に足を運んでくれた人もいたという。

    しかし、いくつかの国では展示ができないこともあった。中国では「日本最高!」という言葉が検閲にかかり、NGに。

    日本の国際交流基金が支援するバングラディシュの「アジア・アートビエンナーレ」では、福島と放射能がNGワードであることを理由に、公開が取りやめとなった。

    「これまで幾度となくあった検閲や規制を、僕たちも受け入れてきてしまった。そういう意味で、機関やキュレーターや権力だけでなく、僕らアーティストにも責任がある。アートに対する誠意が足りなかった。その結果、公権力による文化への介入があらわになりはじめてしまった。そんな2015年のタイミングで、自分たちのそんな黒歴史を踏まえ、過去の検閲をすべてリークすることにしたんです」

    それが、「Chim↑Pom」10周年の個展「堪え難きを堪え↑忍び難きを忍ぶ」だ。「気合い100連発」の場合、国際交流基金にNGワードとされたところの字幕をあえてマスキングし、「ピー音」で隠したバージョンを公開した。

    今回の「表現の不自由展」で展示することにもなったのも、こうした過去の検閲の経緯からだった。

    「不自由展」では、オリジナルバージョンと後者のバージョンを並べることで、見る側が「どこが検閲されたのか」わかるような見せ方になっている。

    これはテキストではなく叫びだ

    「あの叫びは、日本人みんなが体験した壮絶な体験が基になっている。彼らはそれを被災者として生の言葉にした。僕らにとっては、圧倒的にリアルな叫びだった。それはどれだけ時が経ったって、常識が変わったって覆せない事実なんです」

    だからこそ。多くの人たちが実際に作品を見ず、一部の言葉だけを切り取り、しかも誤った情報をベースに批判している状況に憤りも感じている。

    「なぜ、この映像に出てくる言葉たちを消せと言えるんでしょうか。ただ剥き出しの生の叫びがあるだけで、政治的なメッセージが放たれているわけでもない。『ピー音』で隠した箇所を『在日にしかわからない隠語が隠されている』と指摘する動画が広がっていましたが、それはフェイクとしか言いようがありません」

    こうした誤った情報、歪曲された情報はSNSで拡散し、多くのまとめサイトやトレンドブログなどが「反日作品」などとして引用し、さらに誤情報や批判が拡散するーー。

    それがいま、「気合い100連発」をめぐり、起きてしまっていることだ。

    広がる誤情報、そして"反日" 批判

    「そうした情報に躍らされてはいけないと思う。批判的な言葉が回ってきたとしても、それが事実なのか、そして作品はそれ以上に何かを語ってはいないのか、それは、展示を実際に体験してこそ知ることができる。だから僕は今回のトリエンナーレで、ずっと展示再開を望んできた」

    「自分で見て、知って、考える。それができなければ、他人に強要されないじぶんの人生をどう生きていけるというんですか?表現の自由はアーテイストの特権じゃない。そういう観客の見る権利と知る権利を、守るための権利なんです。歪曲された情報で批判が拡散されている今の状況は、このことと強くむすびついています」

    卯城さんは、言葉に力を込める。

    「テキストひとつだけが切り取られ、拡散されてしまうこと。例えば歌詞の一節だけが切り取られたとする。歌に込められた情緒や歌声やサビへと続く流れなど、芸術が持つ性質を無視しては、その歌の本質は何も伝わりません」

    「作品をちゃんと知ってもらった結果、事実に基づいて反発批判がある分にはいいんです。解釈は多様であるべきですから。でも、これはテキストではなく叫び。彼らはたまに声もかすれたり、絞り出してもいる。テキスト一言では表せないエネルギーがある。だから作品を見てほしいんです」

    「気合い100連発」の音声は、こちらで公開されている。