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「女児が性的暴行を受け子宮全摘」はなぜ拡散したのか 噂の専門家が語る"善意"の恐ろしさ

1990年代からたびたび拡散してきた噂は、人々の不安を突いて広がった。「子宮全摘」「子宮破裂」という言葉が、さらに拍車をかけたという。

3月初旬にネット上で議論を巻き起こした「ある6歳児が公園のトイレで性的暴行を受け、子宮を全摘した」というツイート。

同様の「噂」はBuzzFeed Newsが調べただけで、1990年代から全国で何度も広がっていた。

チェーンメール、2ちゃんねる、そしてSNSとツールを変えて広がり続けてきた。なぜ、ここまでの拡散力があったのか。専門家に話を聞いた。

「今回の話はこれまでもたびたび流れていた、典型的な噂です」

そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、中央大教授の松田美佐さん。噂の専門家だ。

松田さんによると、「幼児が誘拐され襲われる」という噂は、1990年代後半から2000年代前半にかけて、兵庫、大阪、和歌山、長崎、広島、宮崎、石川、鹿児島、福島、秋田、神奈川、愛知、福岡などで広がってきたという。

また、BuzzFeed Newsの調べでは、同様の噂に「子宮破裂」「子宮全摘」という言葉が付随したものが、同時期に少なくとも佐賀や福島、神奈川で広がっていたことが確認されている。

「大規模なショッピングセンターが一般化した2000年代ごろから、トイレに一人で行かせている間にさらわれ、暴行を受けたという話が流れるようになりました。報道されていない、警察が事件を隠している、というもっともらしいディテールがつくようになったのです」

こうした噂には「外国人」という具体的な犯人像が付与されて出回ったこともあった。また、店名などを名指しするケースもあった。

変質する誘拐の噂

これは、ある種の都市伝説なのだろうか。

「いえ、都市伝説は起承転結が整ったストーリーとして完成しているものを指します。今回のものはそこまでの内容ではない。あくまで噂と言えるのではないでしょうか」

そもそも、こうした類型の噂は古くからあるものだ、と松田さんは説明する。

「子どもや女性が誘拐されるというのは、典型的な『噂話』です。事件が隠されている、性犯罪であるが故に語られないなどの尾ひれがついていくことは、どの社会でもよくある話です」

「オルレアンの噂」と呼ばれるものがある。1969年にフランスで広がったもので、ブティックの試着室で女性がさらわれるというものだ。

こうした類型の噂は、日本でも海外旅行が浸透しつつあった1980年代前半に流行した。「海外で若い女性がさらわれ、手足を切られ見世物にされる」という内容だったという。

噂の舞台はその後、国内に場を移した。「カップルでいたときに女性だけが襲われた」と変質し、さらに1990年代前半には「女性が外国人にレイプされた」と変わり拡散。

それに代わるような形で、90年代後半から女児誘拐の話が流れるようになったのだという。

不安と善意に乗じて拡散

噂の流布量は、「当事者に対する問題の重要さ」と「あいまいさ」の積に比例する、という公式がある。

アメリカの研究者が発表したものだが、松田さんはこれに触れながら、こう説明する。

「それだけではなく、人々の不安を突いたものが広がる傾向にあります。今回の噂のような事件は、本当にあってもおかしくないですし、実際に同様の事件も起きている」

「だからこそ、特に小さい子どもを持つ母親の不安をあおる形で広がったのではないでしょうか。『子宮全摘』というセンセーショナルな表現が、それに拍車をかけたとも言えます」

実際に起きていそうなこと、同じようなことが起きていること、さらに「ない」という証明をしづらいことーー。

こうした噂は、人々の不安をあおり、身近な人に伝えたいという「善意」がさらに拡散を加速させるのだという。

事実でなくでも注意喚起…?

一方で、噂を検証する際に必ずついて回るのが、「事実に基づいていなくても注意喚起になる」という言説だ。松田さんは、これを批判する。

「昔から、事実に基づかないお話をすることで教訓を伝えるということはされてきました。しかし、事実に基づいていない以上、過剰すぎる話だったり、警察や報道への不信感を蔓延させたりすることにもつながりかねません」

「また、以前広がっていた一部のパターンのように『外国人』などという具体性が与えられたときにどうなるのか。そうした人たちへの差別や偏見をあおることにもつながってしまいます。時にそれが、命をも奪うこともある」

松田さんが言及したのは、2018年で起きたメキシコのある事件だ。

チャットアプリ「WhatsApp」で拡散した噂によって、無関係の男性2人が児童誘拐の犯人として名指しされ、暴徒化した人々に火をつけられ、殺害されたのだ。BBCが報じた。

「今回の女児をめぐる噂は加害者に言及するものではありませんでしたが、特定の人物や特定の人種、性別に紐付く紐づく危険性も高かったと感じています」

SNSによる可視化、強まるバッシング

「女児が暴行され、子宮を全摘した」という噂は、口頭で広がっていたものがチェーンメールや2ちゃんねる、そしてTwitterと、ツールを変えてたびたび、広がってきた。

とりわけ、今回のツイートに関しては4万5千RTを超えるほどの拡散を見せている。ネット社会は、噂の拡散を助長しているのだろうか。

松田さんは、SNSやコミュニケーションツールの発達だけが噂の拡散に拍車をかけているわけではない、とみているという。

「ネットがでるずっと前から、噂は思った以上のスピードで拡散していたんです。口頭やビラ、さらには電話を介して広がり、たとえば銀行で取り付け騒ぎが起きたこともある」

「ではネット時代はどうか。Twitterなどの開かれているSNSであれば、逆に検証をする人も増えています。噂が広がるのも早いかもしれませんが、その賞味期限も短くなっている」

オープンなSNSでは噂の伝達も一気に進むが、その経路が明らかになりやすく、検証も進みやすいということだ。

「一方で、発信者へのバッシングが強まっていることも気になります。ルートが可視化されることで、発信者があたかも悪意を持っているかのように叩かれる。しかし、噂はデマやフェイクニュースと違って、流している側は不安や、善意をもとにしていることが多い。指摘する側も、寛容になるべきだと思います」

噂に惑わされないために

私たちが噂に惑わされないためにできることとは、何なのだろうか。

「思わずリツイートしたくなるものが流れて来たときに、一旦考えることが大切だと思います。『女児が子宮全摘』という話についても、本当に被害にあった家族がいたら、そのような物言いで広げることなんてありえるのだろうか、と考えてみてほしい」

「もうひとつは、パターンや典型例を知ることです。たとえば大きな地震があったときは、余震に関する噂が必ず出回りますよね。今回の女児の件も、過去に同じ噂を聞いたことがあった人はピンと来て、すぐに検索して調べられたはず」

さらに、「権威づけ」や「又聞き」も、噂を見抜くひとつの要素だという。

「役人や社長から聞いた、マスコミの知り合いが言っていた……など。もしくは親しいネットワークを強調することもありますね。友達が言っていた、などもその典型です」

松田さんはいう。「人類がコミュニケーションを取る以上、噂はなくなることはありません」と。

ネット時代には検証が進みやすいとは言えど、LINEなどのクローズなSNSでは、拡散が一気に進むおそれもある。災害などの有事であれば混乱に拍車をかけ、先のメキシコの例のように、最悪の事態につながる可能性も、ゼロとは言えない。

そのうえで松田さんは「善意は怖いものなんです」と、言葉に力を込めた。

「善意が必ずしも良い結果をもたらさない。事態をより混乱させたり、社会を不安にさせたり、誰かを傷つけるおそれだってある。そういう『善意の恐ろしさ』を、忘れないようにしてほしい」

UPDATE

一部表記を修正しました。