「私も、狙われていたかもしれない」女子高生が感じた命の恐怖。20代の男が学校を襲撃、生徒らの思いは【2022年回顧】

    立憲民主党の辻元議員の事務所や、在日コリアンらが通う中高一貫校・コリア国際学園、さらに創価学会の施設を立て続けにねらった事件。男はTwitter上の情報を信じ込み犯行に及んだ。生徒ら当事者は、いったい何を感じているのか。(2022年回顧)

    2022年にBuzzFeed Newsで反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:12月8日)


    ネット上に書いてある陰謀論やデマを信じ、「日本を滅ぼす」などと思い込んで、男がインターナショナルスクール「コリア国際学園」や立憲民主党・辻元清美参議院議員の事務所、さらに創価学会の施設を連続襲撃した事件。

    大阪地裁(梶川匡志裁判官)は12月8日、建造物損壊などの罪で、30歳の太刀川誠被告に懲役3年、執行猶予5年の判決(求刑懲役3年)を言い渡した。

    在日コリアンに「嫌悪感」を抱いていたという被告。判決は、「歪んだ正義感に基づいた独善的な犯行」と指摘したが、検察側が論告でも「不合理な差別は許されない。酌量の余地はない」と触れていた「差別」には触れなかった。

    もしかすれば、命を狙われていたかもしれないーー。自らのルーツだけを理由に、自分の通う学校が卑劣なヘイトクライムの「ターゲット」となった、在日コリアンの女子高生、そして保護者がいま抱える思いを聞いた。

    (注:事件の実相を伝えるため、この記事には差別・暴力表現が含まれます)

    まず、経緯を振り返る

    判決や公判でのやりとりによると、被告は、2022年4月5日に大阪府茨木市のコリア国際学園に侵入し、広場に置いてあった段ボール箱にライターオイルを染み込ませ、ガスバーナーで火をつけて床を焼損させた。

    「在日韓国・朝鮮人を野放しにすると日本が危険に晒される」と思い込んでいたという被告。在日コリアンに対する「嫌悪感」もあったと述べており、憎悪感情を根底に排除を煽ろうとした「ヘイトクライム」であることは明らかだ。

    「コリア国際学園」は、2008年に設立された中高一貫のインターナショナルスクール。多様性に富んだ「越境人」の育成が理念で、在校生は在日コリアンや留学生らのほか、日本人もいる。なかでも、2021年に新設された「K-POP・エンターテイメントコース」の日本人生徒の人気が高い。

    男は犯行を計画するまで、この学校のそうした背景はおろか、存在そのものも知らなかったようだ。裁判では「朝鮮学校と検索をかけて知って、家から比較的近くにあったので狙おうと思った」と、その理由を法廷で自ら明かしている。

    朝鮮学校を狙おうと考えること自体が論外だが、実際に襲ったのが各地の朝鮮学校とは経営母体も理念も全く異なるコリア国際学園だというところが、この犯行の二重の短絡性を示している。

    また、犯行を通じて関係者や生徒らの個人情報を入手し、「嫌がらせをして、日本から追い出す」目的があったと述べたほか、同園に送った謝罪文には、こうも綴っている。

    「北朝鮮の拉致、ミサイルなどの情報から、在日朝鮮人は日本人に敵意をもち、財産・命を奪う存在であると思い込んでいました。会う機会もなく、独断と偏見から、力ずくで排除しないといけないと思っていました」

    男はこの犯行前後の3月と5月には、同府高槻市の辻元氏の事務所と、大阪市淀川区の創価学会・淀川文化会館を狙って同様の事件を起こしている。「立憲民主党は日本を滅亡に追い込む組織」「創価学会も日本を貶める組織」だと思っていたという。

    いずれも、1年ほど前に自分のアカウントを開設したTwitter上などで得た、根拠のない情報やデマ、陰謀論などを信じ込んだとみられる。

    「自分が暴力の標的に…」

    「まさか自分の学校が狙われるなんて、と驚きました。もしかしたら自分の身が狙われてたかもしれなかったと思うと、本当に怖かったです」

    そうBuzzFeed Newsの取材に答えるのは、同学園に通う高等部の女子生徒だ。

    国籍は日本、母親は在日コリアン3世。自分自身のルーツが多様であることを嬉しく、誇りにも思っている。

    一方で、「この日本では、少数者が堂々と自分のルーツを明かして生きていくのは難しいのかもしれない」と感じることは、少なくないという。

    「見た目は変わりがないし、国籍だって日本だから一見わからないかもしれないけど、ルーツが知られたら、自分が暴力の標的になってしまうんじゃないかって、感じてしまうことはあるんです」

    ルーツを明かしたときに線を引いてきた友人、知ってか知らずか韓国人らへの差別感情を隠さない友人もいた。路上やインターネット上に氾濫する露骨なヘイトスピーチや誹謗中傷を、見聞きしてしまうことも、あった。

    社会に対し、何か漠然とした不安を抱えるなかで起こったのが、今回の事件だった。恐怖を実感したのは、男が逮捕され、生徒や関係者を「襲おうと思った」という当初の供述があわせて報じられたときだったという。

    「最初はそこまで意識はしていなかったんです。でも、犯人が逮捕されて動機とかが報じられて、あの防護服の写真とかを見て、本当に、私たちに危害を加えようとしていたことがわかって……。自分の身が、命が危ない状況に置かれていたかもしれないと初めて実感して、これまで以上に恐怖を覚えました」

    前述の通り、男はネット上の情報を鵜呑みにし、当事者にも会わず、話も聞かず、思い込みをもとに一方的に在日コリアンを「排除」しようと犯行に及んだ。女子生徒はこう言った。

    「ツイッターとかだけで信じた情報で犯行までに及んでしまうなんて、なんでだろうって疑問を持ちます。一度はちゃんと、当事者に会ってほしかった。日本人でもいろんな人がいるように、在日朝鮮人だからこうだとかいうことはないじゃないですか。いろんな人にあって、知ってほしかった」

    「名前を隠さなくては」と感じる恐怖

    在日コリアンをねらったヘイトクライムをめぐっては、京都府宇治市の「ウトロ地区」や名古屋市の韓国学校などを狙った連続放火事件が2021年に起きている。

    犯行当時22歳の男(懲役4年の判決が確定)は逮捕後、BuzzFeed Newsの取材に、在日コリアンが「日本にいることに恐怖を感じるほどの事件を起こすのが効果的だった」と答えていた。

    公判では、ネット上に広がる在日コリアンに関するデマや言説を信じ、影響を受け、「世論を喚起するため」に犯行に及んでいたことも明らかになった。「ヤフコメ民をヒートアップさせる」目的があったとも述べている。

    その数ヶ月後に起きた、コリア国際学園の事件。犯人はやはり犯行当時29歳、情報源がネット上のデマや根拠のない言説だったなど、ふたつの事件の類似点は多くみられている。

    デマをもとに民衆らが朝鮮人を虐殺するという凄惨な事件が起こった関東大震災から来年で100年を迎えようとしている現代において、こうした「ヘイトクライム」が立て続けに発生してしまったことの衝撃は、大きい。

    「差別をされるから、恥ずかしいからではなく、殺されるかもしれないから名前を隠さなきゃいけないという、次の段階に入ってしまったように感じています」

    女子生徒の母親は、取材に対し、そう不安な心境を吐露した。在日コリアン3世。一家は祖父母の代から日本に暮らす、いわゆる「オールドカマー」だ。

    「私のころももちろん差別はあったけれど、これからは新しい時代に変わっていくというような希望みたいなものもあった。ちょうど娘が生まれた2000年代前後から空気が変わっていったように感じています」

    「相次ぐ政治家の差別発言、路上のヘイトデモや朝鮮学校の襲撃事件、ネット上のヘイトスピーチ……。ここ数年は特にひどいですよね。娘には自分のルーツやアイデンティティ、私たちの歴史を知ってほしいと思い、伝えてきました。それがきっと、何かの抵抗力になるからと」

    コリア国際学園を進学先に選んだのも、まさにそうした思いを親子で共有していたからだった。そんな場所がまさか、「ヘイトクライム」で狙われるとは思ってもいなかったという。

    「今回の犯人は名簿を奪おうとしていましたよね。うちは韓国名で表札が出ているし、男の家も近い。何かあればいちばんに狙われていたのではないか……と本当に、自分の命が奪われるのではないかと感じました。表札もはがさないといけないのかな、と……」

    「もっと怖くなったのは、ウトロ事件を含め、こういう事件が起きたことや、これまでの経緯を、日本人の友人たちがほとんど知らなかったり、まったく危機感を持ったりしていなかったこと。ヘイトの空気を支え容認しているのは、そうした状況に無関心なマジョリティの人たちなのではないでしょうか」

    「無関心」が新たな事件を…

    日本には欧米のように、包括的に差別を禁止する法律が存在しない。通常の犯罪とは異なった悪質性、危険性をはらんだヘイトクライムを、個別に処罰することもできない。

    実際、ウトロなど連続放火事件の裁判では、犯行について「在日韓国・朝鮮人という特定の出自を持つ人への偏見と嫌悪に基づく身勝手な犯行」などと厳しく批判したが、「ヘイト」や「差別」という言葉は直接的には用いられなかった。

    今回の事件では、検察側が「不合理な差別も許されない」「歪んだ憎悪心は容易に矯正できない」と明言。裁判の過程でも「ヘイトクライム」「ヘイトスピーチ」の言葉が用いられるなど、変化も見られている。

    裁判所側がこうした問題点をどこまで盛り込むのか、注目が集まっていた今回の判決。言い渡し前に、2人は何を感じていたのか。

    公判を傍聴したこともある母親は、「検察の言い方などは、当事者としてはまだまだ不十分だと思いました」。

    暴力行為に及んだことを厳しく指摘する一反面、「ヘイトスピーチ」そのものの危険性が矮小化されかねない場面もみられたからだという。

    「もっと司法や政治が、ヘイトクライムの危険性に理解してほしい。はっきりと差別を批判、否定する態度を示さないと、無関心な一般の人たちは変わらないと思うんです。そうしなければ、また同じような事件が繰り返されるかもしれない。だからこそ、しっかりとした判決が出てほしいと願っています」

    一方、女子生徒は、「刑がどうなるかも気になりますが、被告が自分のしたことにちゃんと気がつけるようになってほしいと思います。きちんとした理解ができたらいい」と話した。

    「誰しもが安心できる社会になってほしい」とも語る女子生徒。この社会のマジョリティである日本人に対して、それぞれにルーツを持つ自分に何ができるか、考えをめぐらせている。

    「今回の事件は自分の学校で起きた身近なこと。クラスメイトや友人に話して、いまの世の中がこういう状況だから、今回みたいな犯人が生まれちゃったっていう、社会のことについて、もうちょっと話を深め合えたらなって思っています」

    「偏った情報やヘイトスピーチが溢れないようにすることも必要だとは思います。ただ、それ以上にいま起きていることにマジョリティの目が向いてほしい。向き合うためには歴史や背景とか、問題の見方をわかっていけないということもあるけれど、多くの人が目を向けることで、変わっていくこともあるかもしれない」

    「差別」触れぬ判決に…

    大阪地裁は12月8日、30歳の被告に懲役3年、執行猶予5年の判決(求刑懲役3年)を言い渡した。

    被告がSNS上などの情報を閲覧して根拠のない考え方を持ち、「歪んだ正義感に基づいた独善的な犯行」に及んだとしたが、検察側が論告でも触れていた「差別」などに言及することはなかった。

    判決を受け、コリア国際学園側は「差別犯罪(ヘイトクライム)であるということが看過され、執行猶予とした結論としており、不十分であったと思わざるを得ません」などとコメントした。

    母親は判決後、「在日コリアン、ひとりひとりに与えた苦痛、恐怖、の実害は確実に存在します。その被害者の声が届かなかった判決内容だったことに憤りを感じ、残念でなりません」と話した。

    男が用意周到に火を放ったにもかかわらず建造物損壊などの事件として扱われ、差別動機にも触れられなかったことや、判決にあった「歪んだ正義感」という言葉に、裁判官の理解のなさを感じたという。

    「あきらかな人種差別を根底にした暴力犯罪、ヘイトクライムです。判決にはそのことを示唆した部分もなく、当然ながら量刑に反映したとは思えません。不条理を超えて、怖ろしい」

    女子生徒も「人の考えはすぐには変わらないものだと思う」と、男の今後に不安を示した。「普通の生活の戻るだけでは、考えを改められない」のではないかと感じたといい、「犯行に及んだときのままだったらと考えると、とても怖いです」と心境を吐露した。