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「日本から去っていくと…」コリア学園を襲った男の動機、専門家が感じた「恐怖」と「危機感」

立憲民主党の辻元議員の事務所や、在日コリアンらが通う中高一貫校・コリア国際学園、さらに創価学会の施設を立て続けにねらった被告。裁判ではコリア学園への犯行が「ヘイトクライム」であることが明らかになった。専門家は「差別禁止法」の必要性を訴えている。

辻元清美・参議院議員(立憲)の事務所と、インターナショナルスクール「コリア国際学園」、創価学会の施設を襲撃した事件。

被告の30歳の男はコリア学園を狙った事件について、在日コリアンに対する「嫌悪感」もあったと述べており、憎悪感情を根底にした「ヘイトクライム」であることが明らかになった。

ネット上のヘイトスピーチなどに影響を受け、実際に暴力行為に及んだ今回の事件。昨年も京都府・ウトロ地区を放火するというヘイトクライムが起きたばかりだ。

専門家は「差別」そのものを禁止する法律の必要性を強く訴えている。

(注:事件の実相を伝えるため、この記事には差別表現が含まれます)

起訴状などによると、被告(犯行当時29歳)は3月1日に大阪府高槻市の辻元氏の事務所の窓ガラスをハンマーで割って侵入し、キャビネットを物色。しかし警備会社の警報が鳴り、何も取らずに逃走した。

また、4月5日には同府茨木市のコリア国際学園に侵入し、広場に置いてあった段ボール箱にライターオイルを染み込ませ、ガスバーナーで火をつけて床を焼損させた。

さらに5月4日には、大阪市淀川区の創価学会・淀川文化会館の敷地に侵入。窓ガラスをコンクリートブロックで割った。犯行は3事件とも夜間で、いずれもけが人はいなかった。

10月13日の裁判では、「立憲民主党は日本を滅亡に追い込む組織」「在日韓国・朝鮮人を野放しにすると日本が危険に晒される」「創価学会も日本を貶める組織」だと思っていたことから、犯行に及んだとした。

情報源は昨年開設したばかりだったTwitterと述べており、いずれも、ネット上の根拠のない情報などを信じ込んだとみられる。

また、辻元氏の事務所とコリア学園をねらった犯行では、関係者や生徒らの個人情報を入手しようとしたとし、「嫌がらせをして、日本から追い出す」目的があったと述べた。

在日コリアンは「反日的」であると「嫌悪感」を抱いていたともいう。裁判を通じ、コリア学園を狙った犯行が明確なヘイトクライムであることが明らかになったと言える。

ネットを信じ込んだ若者が連続し…

「TwitterなどのSNS上の一方的なヘイト、排外的な情報をもとにし、正しいと信じ込んで、言葉ではだめだ、暴力が正しいと抵抗感なく思い込んで、今回の事件が起きた。短時間にヘイトスピーチからヘイトクライムに転化する怖さを感じました」

ヘイトクライムにくわしい外国人人権法連絡会共同代表の丹羽雅雄弁護士は裁判を傍聴したあと、記者会見でそう語った。

在日コリアンをねらったヘイトクライムをめぐっては、京都府宇治市の「ウトロ地区」や名古屋市の韓国学校などを狙った連続放火事件が2021年夏に起きている(京都地裁で懲役4年の実刑判決が確定)。

犯行当時22歳だった被告が情報源としていたのは、やはりインターネット。特に「ヤフーニュースのコメント欄」(ヤフコメ)で、デマや根拠のない情報を信じ、在日コリアンの人たちへの嫌悪感を募らせて犯行に及んでいたことが裁判で明らかになっている。

わずか数ヶ月のあいだに、20代の若者がネット上の情報をもとに起こしたヘイトクライムが連続しているーー。こうした実態について、丹羽弁護士は危機感を強く示し、ヘイトスピーチ規制の再考の必要性を訴えた。

「ヘイトスピーチやヘイトクライムは、被害が深刻かつ広範にわり、さらに連続していくものです。メッセージクライムとも言われ、脅迫的効果をもたらすという特徴もあります。市民社会を分断し、誰かを排除するような行為は絶対に許してはいけません」

前述のウトロなど連続放火事件では、京都地裁が判決で犯行について「在日韓国・朝鮮人という特定の出自を持つ人への偏見と嫌悪に基づく身勝手な犯行」などと厳しく批判。

しかし、「ヘイト」や「差別」という言葉は直接的には用いられなかった。専門家からは一歩前進との評価も広がる一方で、動機に差別意識があることを量刑に反映させる必要性から、現行法の運用の限界を指摘する声も多くあがっている。

「ヘイトクライム」行き着く先は

ひるがえって今回の裁判では、「ヘイトクライム」という言葉を弁護人と検察官が用いていたが、波弁護士は司法の「問題認識」の甘さにも苦言を呈した。なぜなのか。

そもそも今回の事件では、警察の逮捕時、被告はコリア学園で「名簿」を入手し、「韓国人を襲おうと思った」と供述した、と伝えられている。

しかし裁判では、名簿入手後の行動について、生徒や教職員らに「嫌がらせ」をしようとした、と主張。そうすれば「日本から去っていくと思いました」とも語ったが、表現が変わっているのだ。

「嫌がらせ」とはいったい何なのかーー。検察官や裁判官も具体的にどのような行為をしようとしたのか、追及することはなかった。丹羽弁護士は「(ヘイトクライムの)本質的な問題点を押さえて尋問できていなかった」と話す。

「(ヘイトスピーチとヘイトクライムの関連を示す)“憎悪のピラミッド”は、日常的な偏見から始まり、差別行為、暴力行為と発展していく。行き着く先は“ジェノサイド”です。今回の事件の怖さ、いまの社会の現状を、司法がしっかりと認識する必要があるのではないでしょうか」

そのうえで、丹羽弁護士は差別を動機としたヘイトクライムを量刑に反映させるために、人種差別撤廃条約に基づく包括的な「差別禁止法」が必要であると強調した。

「いずれ自分も標的に」

一方、同じく裁判を傍聴した大阪弁護士会・ヘイトスピーチ対策推進プロジェクトチームの金英哲弁護士は「TwitterやYouTubeを見ただけで、短期間で日本から去ってしまえと放火するところまで考えに至ったことは非常に怖い」と述べた。

被告はコリア学園を選んだ理由について、ネットで「検索」したら近くに見つかったからーーという趣旨のことを裁判で述べている。

こうした発言について、金弁護士は「誰でもいいみたいなことが非常に怖い。どこの学校が対象になってもおかしくないということ」と語り、丹羽弁護士同様に立法の必要性に言及した。

「ほかにもそういう人たちが何人もいるとも考えられる。こうしたものを野放しにしていけば、今後増えていき、いずれ自分も標的になっていくんじゃないかと非常に怖い。きちんと裁くためにも法律や判例が必要になってくるのでは」

BuzzFeed Newsは裁判後、被告に面会取材を申し込んだが受け入れられなかった。次回の公判は11月17日。被害者側の意見陳述も予定されている。