菅首相の任命拒否に「違法性」?学術会議の推薦、過去答弁との矛盾。解釈変更はあったのか

    過去の政府答弁では「推薦者の任命を拒否しない」とされていたことから、その判断の違法性や矛盾を指摘する声もあがる。内閣法制局は2018年に「解釈確定」があったとしているが、「解釈変更」があったのかどうかははっきりとしていない。いったい、何が起きているのか。

    各分野で日本を代表する学者が集まり、政府から独立した立場で提言などを行う「日本学術会議」の新たな会員として推薦された学者6人の任命を、菅義偉首相が拒否した。

    首相が任命を拒否したのは現在の制度になってから、初めてのことだ。拒否された6人はいずれも安倍政権の一部の方針に反対の立場を示していたことから、政治による恣意的な人事介入であるとして、批判が集まっている。

    さらに、過去の政府答弁では「推薦者の任命を拒否しない」としていたことから、その判断の違法性や矛盾を指摘する声もあがる。

    野党合同ヒアリングでは内閣法制局が2018年に「解釈確定」があったとしているが、「解釈変更」があったのかどうかははっきりとしていない。いったい、何が起きているのか。

    「学者の国会」とも言われる日本学術会議は、1949年に設立された。人文・社会科学、生命科学、理学・工学の3部制で、「科学者の代表」とされる210人の会員が首相所轄の独立機関として、政府への提言などをしてきた。

    かつて戦争に科学者が関与してきたことへの反省から、「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」とする声明を1950年と67年に出してきたことでも知られる。

    2017年には防衛装備庁が創設した研究助成制度に対し、「軍事的安全保障研究協力に関する声明」を出して協力を拒否。話題を呼んだ。声明は「近年、再び学術と軍事が接近しつつある」「専門家でなく同庁内部の職員が研究の進捗管理を行うなど、政府による介入が著しい」などと批判した。

    今回、問題となっている会員の選定方法は「日本学術会議法」という法律の7条と17条に定められている。会議側からの推薦制に基づき、首相が任命する、とされている。

    この制度が導入された1983年以降、首相がその任命を拒んだことはなかったが、菅首相は今回の人事ではじめて、学術会議側の推薦105人のうち6人を任命しなかったのだ。

    任命拒否をされた6人とは?

    この件は10月1日付「しんぶん赤旗」がスクープし、各紙も相次いで報じている。各報道によると、任命されなかったのは以下の6人だ。


    • 松宮孝明氏(立命館大教授、刑事法学)
    • 小沢隆一氏(東京慈恵医大教授、憲法学)
    • 岡田正則氏(早稲田大教授、行政法学)
    • 宇野重規氏(東京大教授、政治学)
    • 加藤陽子氏(東京大教授、歴史学)
    • 芦名定道氏(京都大教授、キリスト教学)


    松宮氏や小沢氏は、安倍政権下で成立したいわゆる「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法や「安法法制」に対して国会で反対意見を述べていた。

    また、宇野氏や岡田氏、芦名氏も「安保法制」に反対する立場を示してたほか、加藤氏も同じく安倍政権下で成立した「特定秘密保護法」や憲法改正に反対していた。

    こうしたことから、今回の任命拒否は「菅首相による恣意的な人事介入であり、学問の自由を侵害する」との批判があがっている。

    加藤勝信官房長官は同日の記者会見で、「個々の候補者の選考過程理由については人事に関することなのでコメントを差し控える」と回答。

    そのうえで、政治判断によるものなのか、学問の自由を侵害するのではないか、との質問に対しては、こう回答した。

    「政府側が責任を持って行っていくことは当然。法律上内閣総理大臣の所轄であり、会員の人事等を通して一定の監督権を行使することは法律上可能となっており、その範囲のなかで行っているため、これがただちに学問の自由の侵害にはつながらない」

    政府判断の違法性の指摘も

    また、今回の判断の違法性を指摘する声もあがっている。過去の政府答弁では推薦制は「形式だけ」のものであり、法解釈上も政府側が「拒否はしない」「干渉しない」仕組みになっている、と明言されていたからだ。

    そもそも、学術会議の会員の選定方法が「推薦制」になったのは1983年(中曽根康弘政権)のこと。それまでは「公選制」だった選定方法が、現在のように学術会議側の推薦(当時は学術研究団体によるもので、2004年に会員によるものに変更)を受け、首相が任命する方式に変えられた。

    当時の政府は「立候補者数の減少」など「学者の学術会議離れ」をその理由にあげていたが、当時の国会では、この「推薦制」に反対する声も野党側からあがっていた。

    当時も政府内に学術会議に対する批判的な目線があったことから、今回のような「恣意的な人事介入」を懸念していたのだ。たとえば、共産党の佐藤昭夫議員は同年5月の参議院文教委員会で、「政府・自民党は、学術会議に対し攻撃を繰り返し」てきたと指摘した。

    これは、吉田元首相の「学術会議が政治批判ばかりやるなら、政府機関であるよりも民間団体になったほうがいい」(1953年)という発言や、中山太郎元総務長官が「日本学術会議の現状は左翼的なイデオロギーに偏向した会員に牛耳られている」(自著による)という発言を念頭に置いたものだった。

    佐藤議員はそうした発言に触れたうえで、推薦制は「党利党略に基づく学術会議の御用機関化を図るもの」であり、「学術統制に道を開くことは言うまでもないこと」と反対している。

    しかし法案は強行採決され、その後、日本学術会議は「本法案が学術会議の存在理由を脅かし、目的、職務遂行に重大な疑義がある」「手続自体がすでに本会議の独立性と自主性を侵すものといわざるをえない」とする批判声明を出しているという(当時の野党質問による)。

    過去答弁では「形式的な任命」

    一方で、当時の政府側はそうした懸念には当たらないと答弁してきた。

    5月の参院文教委員会で、手塚康夫・内閣官房総務審議官(当時)は同じ日の委員会で首相による任命は「形式的であり、実質的ではない」と述べている。

    それを形式的に任命行為を行う。この点は、従来の場合には選挙によっていたために任命というのが必要がなかったのですが、こういう形の場合には形式的にはやむを得ません。そういうことで任命制を置いておりますが、これが実質的なものだというふうには私ども理解しておりません。

    また、高岡完治・内閣官房参事官も同日の委員会で、以下のように述べている。

    この条文の読み方といたしまして、推薦に基づいて、ぎりぎりした法解釈論として申し上げれば、その文言を解釈すれば、その中身が二百人であれ、あるいは一人であれ、形式的な任命行為になると、こういうことでございます。

    この答弁に対し、社会党の粕谷照美議員は重ねて「法解釈では絶対に大丈夫だと、こう理解してよろしゅうございますね」と問うと、高岡参事官はこう、念を押した。

    繰り返しになりますけれども、法律案審査の段階におきまして、内閣法制局の担当参事官と十分その点は私ども詰めたところでございます。

    過去答弁では「歯止めをつける」

    こう答えたのは、当時の政府高官だけではない。国務大臣もやはり、同じように「推薦者は拒否しない形だけの推薦制」であると述べているのだ。

    1983年11月の参院文教委員会で共産党の吉川春子議員が「学術会議の自主性の尊重とか時々の政府の不介入というような立場が完全に踏みにじられてしまう」と懸念を示すと、丹羽兵助・総理府総務長官はこう答弁している。

    その推薦制もちゃんと歯どめをつけて、ただ形だけの推薦制であって、学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとおりの形だけの任命をしていく、こういうことでございますから、決して決して総理の言われた方針が変わったり、政府が干渉したり中傷したり、そういうものではない。

    この日の文教委員会では、与野党合同で提出した以下のように記した付帯決議も可決されている。

    内閣総理大臣が会員の任命をする際には、日本学術会議側の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて行うこと。

    一方、加藤官房長官は10月2日の会見で「法律上は推薦した人の中から選ぶということになっている」「これまでは推薦者をそのまま認めてきたが今回はそうではなかった。結果の違いであって、対応してきた姿勢に違いはない」とも述べている。

    これは、推薦制が導入された法改正当時の政府答弁との矛盾とも捉えかねない発言だが、この点を問われ「時代時代に応じて変遷をしていく」としたうえで、「推薦された人を義務的に任命しなければならないと言うわけではない、言う風に考えとります」とも回答している。

    「解釈変更」はされたのか?

    この点について、10月2日に開かれた野党合同ヒアリングによると、2018年に内閣府からの問い合わせを受けた内閣法制局が、合議ののち解釈を「確定」させたという。

    1983年の解釈を変更したのかどうかについて野党側は何度も追及をしたが、内閣府も法制局も回答をにごし、「まさに義務的に任命しなければならないわけではない」と繰り返した。

    そのため、今回の決定に関する矛盾は解消していない。野党側は「人事権を使って学問の国会を踏みにじろうとしている」と批判した。

    「人事権」は菅首相がこれまでも伝家の宝刀として用いてきた。第二次安倍政権下の2014年に新設された「内閣人事局」によって、首相官邸と、その中枢にいる菅氏が霞ヶ関の官僚人事を掌握したことは、よく知られている。

    自著「著書「政治家の覚悟 官僚を動かせ」(文藝春秋、2012年)では、人事権の掌握こそが大切だという見解も示している。

    人事権は大臣に与えられた大きな権限です。どういう人物をどういう役職に就けるか。人事によって、大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わります。(133ページ)

    野党側は、内閣府と内閣法制局に対し、2018年の合議に関する文書記録を出すよう、政府側に求めている。次回のヒアリングは10月6日に予定されている。

    UPDATE

    当初、内閣府文書の日付を「2019年」としていましたが、正しくは「2018年」でした。修正いたします。