障害者の疑似体験ではなく。見えない、聞こえない世界の先にある「対話」とは

    ポスト東京五輪を見据えてDIDが目指す、新たな世界。

    光のない世界、音のない世界を経験し、ほんとうの「対話」を考える場所。

    真っ暗闇の空間をつくり、目の見えない人のアテンドでその中を進んでいくことで「見えない世界」を実体験する「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)」。8月末、日本で2009年から続いていた東京・外苑前の常設会場が終了した。

    家賃の値上がりなどが理由だが、こうした「場作り」自体が終わったわけではないという。いったい、DIDはこれから先、どんな「対話」を目指していくのか。

    「私たちは、決して障がいの疑似体験を提供しているわけではありません。それを超えた立場同士で、関係性を新しく紡いでいくことを目指しているんです」

    そう、BuzzFeed Newsの取材に答えるのは、ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン代表の志村真介さんだ。

    1988年にドイツで生まれ、1999年に日本で初開催した「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)」。2009年に外苑前に常設会場を設置し、これまで20万人以上が体験してきた。

    DIDでは、「イン・ザ・ダーク」以外にも、高齢者のアテンドで「いのち」について考える「ダイアログ・ウィズ・タイム」も企画。

    また、今年の8月1〜20日までは、新たなワークショップ「ダイアログ・イン・サイレンス」も開催している。これは文字通り「音のない世界」を、耳の聞こえない人にアテンドしてもらいながら進んでいくプログラムだ。

    異質なものと、「出会う」意味

    なぜ、これほど多岐にわたるワークショップを企画してきたのか。

    「いまの時代は、SNSなどで同じ立場や意見の人たちとばかり、つながってしまう。小さなグループの内に閉じこもってしまうのです。しかし人は、同質ではなく、異質なものと出会わないと、成長することができません」

    「障がいを持っている人と、それを助ける人という関係だけでは出会ったことにはなりません。対等性をもって関係をつくり、互いが持っている既成概念や違和感に気がつくこと。それを溶かしていく作業が大切なんです」

    溶かしていく作業、とは?

    「半径5mの身近さで、異質なものや異文化を体験し、相手に興味を持って、自分に問いかけることだと思っています。そうして相手を理解し、行動を少しでも変えていく作業です。それこそが、ダイアログ(対話)ですから」

    「触媒」になるということ

    記者も実際に「サイレンス」を体験をしてみた。言葉や音を使わずに参加者同士でやりとりをする場面がいくつもある。

    過去に2度体験した「イン・ザ・ダーク」では声が自由に使えるから、意思の疎通ははかりやすい。しかし、「サイレンス」ではそうしたことがうまくできず、もどかしさすら感じる。

    そうして「人と人との関わり方」や「言葉とは、コミュニケーションとは何なのか」を考えさせられた。「暗闇」で学んだこととは違った「対話のたいせつさ」を知ることのできる、貴重な空間だった。

    今回、日本で初めて開催した「サイレンス」は、4000枚のチケットが完売したという。運営サイドも驚きの好評ぶりだったという。

    「社会はいま、国籍や性別、障害の有無に関わらず、それぞれがそのままで活躍できるよう変容しつつあると感じています」

    「東京五輪を契機に、誰しもが対等であるという意識を持っている人たちは、たくさんいるということがわかりました。これはさらに、より根付いていくのではないでしょうか。その中で、私たちは触媒となれれば良い」

    ダイアログ・ミュージアムをつくりたい

    もちろん、体験をする側だけではない。アテンドをする目が見えないスタッフ、耳が聞こえないスタッフたちにとっても、この取り組みはポジティブだ。

    「自分が助けられる存在ではなく、自分が社会を変える、イノベーションを起こすことができるとわかるんです。そうすると、その人たち自身の自己肯定感はものすごくあがる」

    「今回、サイレンスを通し、初めて耳の聞こえないスタッフが一緒に仕事をすることになった。そこで問題解決をするプロセスもものすごく刺激的で、全員が成長できたと感じています」

    DIDでは現在、企業の人事研修向けに体験ワークショップを開催しており、常設会場がなくなった今後もそういった活動は継続していく方針だ。また、「サイレンス」のような短期開催も繰り返していくという。

    次の目標は、「ダイアログ・ミュージアム」の常設だ。これまで開催してきたワークショップをどれも、誰でも常に参加できるようにする施設という。もちろんそれは、雇用の場にもなる。

    志村さんは言う。

    「社会が、みんなにとってより生きやすい社会になるように。障がいや、年齢へのネガティブな概念を変えていく、人が対等に出会う場をつくっていけることを目指しています」

    「2020年、ポスト五輪の世の中にレガシーとして残せるような、そんな施設がつくれればいい。子どもたちが、当たり前にそこで体験をできるようにしていきたいのです」