「あの人、逮捕されたらしいよ」 ネットでの批判の痴漢抑止ポスター、撤去へ

    「無罪推定の原則を無視している」などの批判が集まっていた。

    愛知県警鉄道警察隊が作成した痴漢抑止ポスターが「無罪推定の原則を無視している」などとネットなどで批判されていた問題で、県警側がポスターの撤去方針を決めた。

    BuzzFeed Newsの取材に、同県警が明らかにした。すでにホームページでは閲覧ができなくなっている。「各方面からポスターに対するご批判や厳しいご意見」があったことを受けた措置という。

    そもそも何が問題なのか

    問題視されていたのは、愛知県警鉄道警察隊が作成した2018年度の痴漢抑止ポスター。6月1日からの痴漢撲滅キャンペーンで使われていたものだ。

    男性のイラストともに大きく「あの人、逮捕されたらしいよ」と書かれたポスターでは、女性2人が痴漢容疑で逮捕された男性について、「気持ち悪」「軽蔑する」「性犯罪者じゃん」などとメッセージを交わす様子を示している。

    このポスターについては、「警察に逮捕された=犯罪者」と捉えられるような文言が散見されることから、ネット上で指摘が相次いでいた。

    攻めたデザインで例年話題の愛知県警対痴漢ポスターですが、逮捕=犯罪者扱いするのは一線越えすぎじゃない?

    警察の捜査手法などにくわしい亀石倫子弁護士はBuzzFeed Newsの取材に対し、「無罪推定の原則を無視している。警察の人権に対する配慮のなさを自ら示したものといえる」と語る。

    「そもそもこの原則は、犯罪の嫌疑をかけられて捜査の対象となった人(=被疑者。逮捕されたかどうかは関係ない)や起訴されて刑事裁判を受けることになった人(=被告人)について、刑事裁判で有罪が確定するまでは、『罪を犯していない人』として扱わなければならない、という刑事裁判の基本的な原則です」

    亀石弁護士は、憲法で保障されていると理解され、世界的にも一般的なこの原則が、日本ではあまり周知されていない点に言及。

    「マスコミの報道の仕方にも問題があり、逮捕された時点で実名報道したり、犯人であると決めつけているような報道が多く見受けられます」としたうえで、こう語った。

    「今回のポスターは、刑事司法の一翼を担う捜査機関である警察が作ったものであるので、マスコミの報道以上に問題があると思います。刑事裁判の大原則を知らないはずがないのに、はなっから無視しているからです」

    「警察の都合の良いメッセージ」

    亀石弁護士は、ポスターが「痴漢で逮捕された以上、罪を認めなければこういう不利益がある」とアピールしているとも指摘。こうも批判した。

    「痴漢は、実際にこうした事実上の不利益を回避するために、やっていないのに認めてしまうことが多く、とても冤罪が生まれやすい犯罪類型で、弁護士の間では以前から問題視されています」

    「警察は犯罪捜査をする組織ですが、捜査の必要性ばかりを重視して、人権に配慮するという意識が一般的に欠けていると思います。だから、違法な捜査(たとえば私が担当したGPS捜査事件)や、自白を強要するような違法な取り調べなどが後を絶たず、冤罪の温床になっています」

    こうしたものを踏まえ、ポスターは「警察の都合の良いメッセージ」だ、と強く批判した。

    また、ポスターの最下部で女性側が「私たちも気をつけなきゃね」とコメントしていることについては、「痴漢に遭う女性側にも問題があるかのような表現で、性犯罪の被害者に対する無理解を警察自ら露呈しています」とも指摘している。

    愛知県警の見解は…

    どうしてこのような表現が散見されるポスターになったのか。愛知県警はBuzzFeed Newsの取材に対し、6月5日午前にFAXで回答した。

    「無罪推定の原則を無視しているとの批判があがっている」ことへの見解については、以下のように説明している。

    「本ポスターは、痴漢犯罪の撲滅等を目的に、県民の皆様に痴漢が犯罪であるということを認識していただくとともに、行為者には犯行を思いとどまってほしいという趣旨で作成したものであります」

    「また、警察は被疑者を逮捕した場合に、公表を行う時点で、法と証拠に基づいて捜査を尽くし、公表当時に罪を犯したと認める具体的な嫌疑がある場合は公表しています」

    一方、「冤罪が生まれやすい犯罪類型である痴漢に関して、偏見を招きかねないのでは」という問いについては、「(上記で)お答えした通りの趣旨」と回答するにとどめた。

    また、最下部の文言が「女性側にも問題があるような表現では」との問いについてはこう答えた。

    「警察においては、痴漢犯罪に対する警戒、取締りを行っていますが、男女を問わず、県民の皆様に高い防犯意識を持っていただきたいという意図で作成したものであります」

    一転、撤去へ

    ポスターの作成にあたっては、デザインや内容について組織内で検討し、民間業者に発注したという。

    当初は「撤去、修正を行う予定はない」と回答していたが、同日午後になってポスターを撤去する方針に転換した。すでにホームページ上からも削除されている。

    愛知県警広報課は、現段階で撤去の理由を明らかにしていない。BuzzFeed Newsは記者クラブ未加盟のため、鉄道警察隊への直接の取材はできないとも説明している。

    そのため、撤去理由などについては現在改めてFAXを送信しており、回答があり次第、追記する。

    UPDATE

    愛知県警は5日夕、ポスターの撤去理由について以下のように回答した。

    「各方面からポスターに対するご批判や厳しいご意見が寄せられているところであり、この様な状況の下でポスターを使用し続けながら、痴漢撲滅キャンペーンを実施してその目的が達せられないと考え、撤去するという判断に至りました」

    ポスターは計500枚印刷し、駅や駅施設など、大勢が集まる場所に提示していたという。