菅新政権でも「ご飯論法」は継承されるか 答えているようで答えない「名手」が官房長官に

    「便利ですごく多用されている」ご飯論法の提唱者に話を聞いた。

    憲政史上最長となった安倍政権が幕を閉じ、菅義偉政権が9月16日、発足した。

    長らく官房長官として政府のスポークスパーソンを務めた菅義偉氏が、新首相となった。菅新政権は、自らの方針と行動を、国民にどう説明していくのか。国会で閣僚はどんな答弁をしていくのか。

    安倍政権下で社会に広まったのは「ご飯論法」という言葉だ。

    国会審議の監視活動を続けてきた、法政大学の上西充子教授は「新政権で、安倍政権が使ってきた『ご飯論法』を通用させたままにしてはいけない。国民がしっかりと審議を監視する必要がある」と訴える。

    2012年末から始まった第2次安倍政権は、7年8カ月続く憲政史上最長の政権となった。

    安倍政権の残したものは何か。上西教授は「『ご飯論法』は通用するんだ、ということ」だと語る。

    「ご飯論法」とは、安倍政権で厚生労働相だった官僚出身の加藤勝信氏が「得意」としてきた答弁手法だ。

    それを上西教授が「ご飯」にたとえて問題提起し、広く認知されるようになった。菅政権でその加藤氏は、新たな政府スポークスパーソンとなる官房長官に起用された。

    問題を認知させた一連のツイート

    上西教授は2018年5月、加藤氏が答弁で用いた論法を「ご飯」にたとえてTwitterに投稿した。

    Q「朝ごはんは食べなかったんですか?」
    A「ご飯は食べませんでした(パンは食べましたが、それは黙っておきます)」

    Q「何も食べなかったんですね?」
    A「何も、と聞かれましても、どこまでを食事の範囲に入れるかは、必ずしも明確ではありませんので・・」

    そんなやりとり。加藤大臣は。


    Q「では、何か食べたんですか?」
    A「お尋ねの趣旨が必ずしもわかりませんが、一般論で申し上げますと、朝食を摂る、というのは健康のために大切であります」

    Q「いや、一般論を伺っているんじゃないんです。あなたが昨日、朝ごはんを食べたかどうかが、問題なんですよ」
    A「ですから・・」


    Q「じゃあ、聞き方を変えましょう。ご飯、白米ですね、それは食べましたか」
    A「そのように一つ一つのお尋ねにこたえていくことになりますと、私の食生活をすべて開示しなければならないことになりますので、それはさすがに、そこまでお答えすることは、大臣としての業務に支障をきたしますので」

    質問者が「朝ごはん」を食べたかどうかを尋ねているのに、回答者は「ご飯(米)は食べていない」と答える。

    ただ、実際には「パン」は食べている。つまり「朝ごはんは食べている」が、その事実を隠したい。

    そのため、意識しなければ気づかないようなレベルで論点をすり替え、「ご飯は食べていない」と、あたかも何も食べていないかのような答弁をする。

    追及を続けても、最終的には答弁を拒否したり、「個別の事案にはお答えできない」と返したりして、質問者の聞きたい本題については決して答えない。

    「ご飯論法」の定義と問題点

    上西教授が一連のツイートをもとにした記事を読んだブロガーの紙屋高雪さんが「ご飯論法」と名付けた

    聞かれていないことを答え、何かを答えたかのように装う。質問にきちんと答弁していないため、さらに質問者が追及を重ねると、「ですから」と付け加え、あたかも質問者側が誤解しているかのように印象付けることもある。

    上西教授は、このご飯論法を「意図的な『論点ずらし』や『はぐらかし』などの不誠実な国会答弁の手法」と否定的な意味合いを持たせて定義している。

    答弁者がこの手法を用いれば、議論が深まることはなく、野党の質疑の時間が空費され、終了してしまうからだ。

    親しい友人や知人が日常生活でご飯論法を用いれば、「話が通じない人」「会話が進まない人」となり得るかもしれない。

    しかし、国会ではこの手法を用いた答弁がまかり通っているという。

    上西教授はこう指摘する。

    「加藤氏は、誠実そうに見えて、実は極めて不誠実な面があるというのをわかってもらいたくて、ご飯を例にして発信したんです」

    「そのように補助線を引いて可視化することで、そして『ご飯論法』と命名されることで、初めて問題が表面化したんです。共感した人が多かったからこそ反響があり、メディアも取り上げてくれたのではないかと思います」

    安倍政権下でご飯論法は、加藤氏に限ったものではなく、「すごく多用されていた」と上西教授は見る。

    「話をそらすというのは、隠したいことがあることの裏返しです。国民に重要なことを隠す、開き直ると決めているこうした政権には、野党もメディアも専門家も、残念ながら歯が立たなくなる。当事者の声も届かない。論理が通用しなくなるんです」

    「答弁を聞いていれば、何か話をそらそうとしているのはわかる。けれど、何を話そうとしていないのか、何を隠そうとしているのかは、非常に精緻に見ないとわからないのが、ご飯論法の特徴です」

    「野党をだますことは、国民をだますこと」

    国会で審議されている話題の当事者が声をあげれば、声が届く。野党やメディア、各分野の専門家が問題を指摘すれば、政府が検討する。国会は、こうした当たり前の論理が通る場所であるべきではないか。

    朝ごはんを食べたか尋ねられたら、「ご飯(白米)」に限定して答えるのではなく、朝ごはんを食べたか否かを誠実に答えなくてはいけない。パンを食べていれば、「パンを食べていた」と答えるようにさせないといけない。

    だが、国会審議に目を向けると、ご飯論法が常態化している。このままではいけない、と上西教授は語る。

    「野党の追及をうまくかわした、と受け取ってはいけないんです。不誠実な答弁を許してはいけません。野党をだますことは、国民をだますこと。質疑を混乱させ、野党の貴重な質疑時間を奪うことになります」

    だからこそ、国民が国会審議を日頃から見て、政府を「監視」しなければいけないという。

    衆議院参議院のいずれもインターネット審議中継を提供しており、録画映像もいつでも視聴できるが、そのサービスを知らない人がいる。解説がないから、見てもわからない人もいる。

    自身の生活に密接する国会審議がどのように行われているか、国民に知ってもらう必要がある。政府が姿勢を変えるには、答弁の問題点の認知を広げなければならない。

    そんな問題意識を持って、上西教授が中心となり、2018年に始めたのが「国会パブリックビューイング」だった。国会審議の様子を解説付きで街頭で上映する活動だ。

    「私たちが、審議の様子を監視することで、政府の姿勢を正すことができるはずです。ですが、残念ながら国会での実際の審議を見ている人は少ないです」

    「解説を加え、問題点を伝えれば、『これは見過ごせない』となる人たちはいるんですよ。自分ごと化できれば、自分で調べ、自分の言葉で語るようになる。そして、その発信によって、新たに情報が届く人たちがいる。そのきっかけを作りたかったんです」

    新政権のスタートを期に国民と野党が意識すべきこと

    上西教授は、ご飯論法が国会内で通用することを示した政権だった、と安倍政権を分析する。

    そして、その答弁手法を使ったとしても多くの国民が怒りの声をあげることもなく、逆に真っ当な答弁をしていると信じる人がいた、とみる。

    安倍政権のスポークスパーソンだった菅氏が首相となり、菅氏の後任の官房長官に、ご飯論法を得意とする加藤氏が就いた。

    この布陣の新政権の発足で、国民は何を意識すべきなのか。

    「多くの人は、政府は多少の不祥事はあっても、おおむねちゃんとやっていると思っている。でも、審議をしっかりと見ればそんなことはない、とわかります」

    「言葉は、言葉として通る世の中に。論理的な指摘は、しっかりと通る世の中にしていかなければいけません。私たち自身で言葉の力を取り戻すために、日頃から監視して、ご飯論法を使ったら『ぴっ、レッドカード!』と笛を吹かないといけないんですよ」

    「国会審議でいい加減なことをしていたら、世論調査でも選挙でも、悪い結果として跳ね返ると政府には知ってもらう必要がある。そのためにも、野党の議員も専門性を持って、質疑能力を高めてほしい。権力を持っている政府が、その力を好き放題使わないために」