北朝鮮を提訴した脱北者たちが安倍首相に望んだこと 「地上の楽園ではなかった」

    横断幕に綴られたのは、"今も続く悲劇「北朝鮮帰国事業」 今こそ日本への帰国と救済を"だった。

    1959年から25年間続いた在日コリアンの北朝鮮への帰国事業。

    脱北者5人が8月20日、北朝鮮を相手取り、1人あたり1億円(5億円)の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。

    事業は「地上の楽園」などと虚偽の宣伝をした国家による誘拐行為であり、北朝鮮に今も残る家族と面会できず、多大な損害を被ったとしている。

    在日コリアンとその家族を日本から北朝鮮に集団的に帰国・移住させる事業は、1959年から84年まであった。

    朝鮮総連は「地上の楽園」などと宣伝し、豊かな暮らしぶりをアピール。

    多くの人たちが希望を抱き、新潟から北朝鮮に25年間で9万3千人余りが渡った。中には、日本人妻など日本国籍者約7000人も含まれていた。

    原告らは20日午後、横断幕を掲げて、東京地裁に入った。

    綴られたのは、"今も続く悲劇「北朝鮮帰国事業」 今こそ日本への帰国と救済を"だった。

    訴状などによると、「十分な生活物資に恵まれた国であり、十分な衣食住を享受できる」などの偽りの宣伝で、在日コリアンらは出国し、凄惨な生活を強いられた。

    健康に生きるには不十分な雑穀などが配給されるのみで、劣悪な住居に住んだ。当局の監視対象となり、北朝鮮国民からは差別を受けるといった被害もあった。

    さらに、国家に対して抵抗しようものなら政治犯として拷問を受け、収容所に収容されるなどして弾圧。北朝鮮からの出国や自由な国内移動も許されないなど、基本的人権を抑圧され続けたとしている。

    そして、現在も北朝鮮に残る人たちは、そういった被害に遭っていると主張する。

    提訴後、原告らは記者会見を開き、北朝鮮での経験や思いを吐露した。

    在日コリアン2世として生まれた高政美さんは1963年、家族とともに北朝鮮に渡った。当時、3歳だった。

    涙ながらに語った兄のエピソードはこうだ。

    北朝鮮に船で着くと、10代半ばだった兄は聞いていた話とはまるで違う光景に「日本に帰して」と叫び、暴れた。すると、当局が拘束した。

    兄は政治犯を入れる精神病院に入れられ、その後、死亡。遺体を引き取れず、埋葬することができなかったという。

    「希望に満ち、祖国と総連への揺るぎない信頼にもとづく帰国は、到着した時から家族の離別という不幸に見舞われました。北朝鮮当局の行為を許すことはできません」

    北朝鮮に残る親族が、安全に暮らしているかを心配し、原告に加わった理由を次のように述べた。

    「私が北朝鮮を脱出し、日本に入国したのは、飢餓によるものではなく、北朝鮮の恐怖支配から私と子どもたちの身を守るためであり、残虐な政治への怒りであり、父母兄の無念を通じて知った帰国事業の虚偽を訴えるためです」

    「こんな行動を起こせば、北朝鮮に残る親族に政府が迫害をもたらすのではないかと思うのですが、何をしなくても親族はどんどん追い詰められるだけです。だから、勇気を出して名乗り出て訴える決意をしました」

    原告の弁護団によれば、脱北者が北朝鮮を相手取り提訴するのは初めて。

    訴訟を審理する以前に、どう北朝鮮に訴状を送達するか、そもそも日本の裁判所が審理できるのかなどが問題となる。

    原告代理人の白木敦士弁護士は、「内容に異議があるのであれば、日本の法廷に堂々と争いにきてほしい、と強く思っています」と北朝鮮関係者に訴える。

    「裁判で勝訴判決を得て、それをもとに北朝鮮の財産に対する強制執行をし、損害の一部を回収していきたいと思います」

    6月の米朝首脳会談を受け、安倍晋三首相が日朝首脳会談の早期実現を図っている中での提訴となった。

    高さんは、安倍首相に向けて原告の願いを話した。

    「騙されて北朝鮮に連れて行かれた帰国者が、そして私たちの子どもたちが日本に戻れるようにしてください。帰国事業の被害者全員を日本に戻すよう、金正恩に熱意をもって交渉してください」