「ニートを辞めて、早く働けよ」
周囲にそう口酸っぱく言われるたびに「ごもっともだ」と思いつつも、再就職に向けて一歩を踏み出せない。そんな一人の若者がいる。
東京都内の実家で暮らすユウスケさん(27歳、仮名)は、慶應大学を卒業後、一度は出版社に就職したものの2ヶ月で退職。1ヶ月ほどは身体をのんびり休めようと考えていたが、気づけば約3年が経っていた。
学校を卒業して3年以内の社会人経験がある人材「第二新卒」と呼ばれるのは、今年9月末までだという。ユウスケさんはそこを再就職の目標にし、環境を変える大きなチャンスだと捉えるが、就活サイトへの登録も面接のためにスーツを羽織ることもまだしていない。
自身が据えるタイムリミットまで1ヶ月を切った。葛藤を抱える"高学歴ニート"が、BuzzFeed Newsに思いの丈を語ってくれた。
慶應大学を卒業して就職したが
ユウスケさんは、1浪して都内の国公立大学に入学した。大学に通いながら慶應大学を受験して合格。2010年に20歳で入った。
同級生と同じ時期に就職活動をし、営業職で採用されようと企業の面接を数社受けた。だが、いずれも内定をもらうことはできなかった。
大学では卒業に必要な単位を全て取得し、卒論も無事に提出した。ところが、就職先が決まらない。既卒よりも新卒の方が就職先が見つかりやすいと思い、大学に申し出て卒業を半年遅らせた。
そして、出版社から内定通知をもらった。時間をかけてつかんだ納得のいく結果だった。
2014年秋、24歳で編集者として働き始めてから、仕事はおもしろく感じた。インタビューへの同行、企画立案…。新鮮で楽しいことばかりで、やりがいに満ちていた。
入社して2ヶ月で退職。「典型的なブラック企業だと思った」
それなのに、入社してわずか2ヶ月後、退職届を提出した。会社の働き方に強烈な違和感を覚え、耐えられなくなったからだった。
休日は2ヶ月間で計4日しかなく、毎日の終業時間は編集長が深夜に帰った後。残業代は出なかった。精神的に追い詰められ、食事のため外出するたびに職場に戻りたくないと強く思った。
「働きっぱなしで、典型的なブラック企業。雑誌を完成させるため、みんなが休んでいないから休めないという環境が当たり前になっていた」
「『好きなことを仕事にしているんだから、そのくらい我慢しろよ』という気持ちにつけ込んで、『だったら休むなよ』という空気が流れていた。こういう環境を是としているのはおかしい」
就職を自ら希望した以上、仕事の忙しさはある程度は覚悟していた。だが、実際に職場に身体を埋めて初めて気づくこともある。
休みの少なさ、残業の多さ、給料の少なさ。その3つと仕事のやりがいを天秤にかけて、自分にとっての我慢の限界を考えた。その結果、仕事を辞めようと決意した。
同僚たちは、同じ境遇で納得して働いている。でも、ユウスケさんは無理だった。親は「自分の人生だからね」と認めてくれたという。
「逃げるは恥だが役に立つよ」
辞められたのは、両親にユウスケさんを養える余裕があったからだ。
「僕には逃げ道がいくらでもあった。働かなきゃ暮らしていけないという状況ではなかったから、親には本当に感謝している」
仕事に悩み、辞めたいという人の誰もがユウスケさんのように、両親の助けが得られるわけではない。それをわかった上で「逃げるは恥だが役に立つよ」と言う。
「親の期待を裏切るから、親に迷惑をかけてしまうから仕事を辞められないと考える人もいるし、働かないと暮らしていけない人もいるはず。逃げても大丈夫な環境があった僕は、我慢して破裂する前に逃げられてすごく幸運だった」
ユウスケさんの日課
午前11時に起きて、昼食を済ますついでに散歩するのが日課だ。帰宅してスマートフォンをいじると気づけば夕方になっている。夕食を終え、午前3時ごろまでテレビで野球観戦や映画鑑賞をして眠りにつく。
たまには、アイドルのライブや野球観戦で球場に足を運ぶこともあり、支出は月に3、4万円ほど。必要になった時に親から借り、これまで集めたアイドルグッズなどを売って自由に使える金を捻出している。
今春にフードデリバリーサービスに配達員として登録。家でゴロゴロしながら配達依頼を待ち、スマホに通知されてから数十秒以内に、自分が配達員を引き受けるかどうかを自分の意思で決められる。
バイクは持っておらず、一日中、自転車で配達に走ってお金を稼いだ時期もあったが、最近は「暑いから」しなくなった。そんな自分の存在価値を見出そうと、献血ルームに通っている。
「僕が生きていてもいい理由を求めて行っている。人の役に立つのはこれくらいかな、と思っている」
献血ルームで自然と手に取るのが、漫画「闇金ウシジマくん」。「闇金」をテーマに人々が借金に溺れていく転落劇を描いた人気作だ。
このままではいつか自分も漫画に登場する人物のようになるのではないか。そんな不安が頭をよぎるという。
「リアリティがあって心に響くものがある。やべえな、怖ええ、僕もこうなっちゃうって」
言葉に表すのが難しい漫画の恐怖は、自分にしかわからないのではないか。自らに言い聞かせるかのように、ユウスケさんはつぶやいた。
「友人たちが眩しく見える」
同じ慶應大学を卒業した友人たちは、大手広告代理店や有名IT企業など名だたる企業に勤めている。飲み会に参加したり、SNSを開いたりすれば、活躍するみんなの近況が意識せずとも入ってくる。
「眩しく見えるし、立派な人間だと思うよ。目標に向かって、真摯に努力できるところが僕とは違う」
そんな友人たちからはいつも「ニートを辞めて、早く働けよ」と言われる。そのたびにどう感じているのか。
「おっしゃる通りだと思うよ。何も否定できないし、現実から目を背けて親に甘えているのはわかっている。それでも、その言葉を気にはしない」
「働いていないなんて想定していなかった」
「高学歴なのに」と思う人もいるかもしれない。しかし、労働意欲を失うことは、誰にも起こりうる。
総務省では、ニートに近い概念として「若年無業者」の人数を公表している。
15〜34歳の非労働人口のうち、家事も通学もしていない若年無業者は2002年に64万人いた。その後、おおむね横ばいで推移し、直近の2016年は57万人だ。
人数は少なくなったように見えるが、15〜34歳の人口に占める割合で見ると増えている。2002年に1.9%だったが、16年には2.2%に増加している。つまり約45人に1人。決して、社会として無視することはできない数字だ。
自分に降りかかってみないと、彼ら彼女らが置かれている状況を理解するのは難しい。ユウスケさんだって自分がそうなるとは思ってもみなかった。
「この歳にもなって自分が働いていないなんて、想定していなかったよ。もちろん原因は社会にあるのではなく、完全に自分」
今の生活は楽しく幸せに感じる一方、活力は日々低下していく。年齢を重ねるほど、再就職は厳しくなると自覚し、できるだけ早くこの生活を抜け出さないといけないとも思う。ただ、そのタイミングは他人に決められるのではなく、自分で決めたい。
「親がいつ亡くなるかもわからないし、永遠にこの生活は続かない。この歳にもなって、お金を自分で稼がずに実家で生活できるというのは誰から見ても正常ではなく、親の気持ちも思うと、いつかは変わらなきゃいけないよね」
生活を変えるタイミングと信じたい
「第二新卒」として扱われるタイムリミットは9月末までだ。この生活に踏ん切りをつけるタイミングになる。ユウスケさんはそう信じたいという。
「僕は、期限を設定されるとかして本当に追い込まれないと絶対に動けない人間なんだ。第二新卒の期限が、一歩を踏み出すためのエネルギーになると信じたい」
一歩を踏み出すチャンスは多くあった。それでも動けなかった。友人が子どもを授かったと聞けば「27歳にもなって、僕は何をやってるんだ」と心の中で葛藤もする。
9月末までに就職先が決まらなかった場合はどうするのか。そう尋ねた。
「就職活動を続けるのか、今のニート生活に戻るのか。どうなんだろうね。でも、さすがにもうそろそろ働かなきゃと思ってる」