強烈な印象を植え付けた台詞「あたしこのパイ嫌いなのよね」
そんな映画の中で特に心に残る台詞があります。キキが老婦人に頼まれて、孫娘の誕生日パーティーに向けてニシンのパイを届けるシーンです。
故障したオーブンの代わりに、キキは薪を使ってパイを焼くのを手伝い、嵐の中をずぶ濡れになってホウキで飛びながら、パイを届けます。パーティー会場から現れた孫娘はちっともうれしくなさそう。受け取ってはくれたものの「あたしこのパイきらいなのよね」と言い捨てて玄関のドアを閉めます。
苦労して届けたのに感謝されるどころか冷たい仕打ち。「ひどすぎる」とキキに同情してしまったのは自分だけではないはずです。
一体、宮﨑監督は何を考えて、こんな台詞を少女に言わせたのでしょうか。『魔女の宅急便』について調べる中で、本人がインタビューでその意図を語っていたことが分かりました。
「あれは嘘をついていない、正直な言い方ですよ」宮﨑監督が明かした真意とは?
それは、『ジブリの教科書5 魔女の宅急便』(文春ジブリ文庫)に掲載されている1989年7月当時のインタビューです。映画は完成済み、上映される直前のタイミングで行われたものでした。
宮﨑監督はこの台詞が「キキにとってはショッキングで、すごくダメージになることかもしれない」としつつ、「あたしこのパイきらいなのよね」という少女のしゃべり方が気に入ってると述べていました。
少し長くなりますが、その部分を抜粋してみましょう。
「老婦人のパイを届けた時に、女の子から冷たくあしらわれてしまうわけですけど、宅急便の仕事をするというのは、ああいう目にあうことなんですから。特にひどい目にあったわけじゃあなくてね、ああいうことを経験するのが仕事なんです」
「僕はそう思いますし、キキはあそこで自分の甘さを思い知らされたんです。当然、感謝してくれるだろうと思い込んでいたのが……。違うんですよ。お金をもらったから運ばなきゃいけないんです。もし、そこでいい人に出会えたなら、それは幸せなことだと思わなくちゃ……。別に、映画ではそこまでは言ってませんけどね(笑)」
「だから、僕はあのパーティーの女の子が出てきた時のしゃべり方が気に入ってますけどね。あれは嘘をついていない、正直な言い方ですよ。本当にいやなんですよ、要らないっていうのに、またおばあちゃんが料理を送ってきて、みたいな。ああいうことは世間にはよくあることでしょ」
「それはあの場合、キキにとってはショッキングで、すごくダメージになることかもしれないけど、そうやって呑み下していかなければいけないことも、この世の中にはいっぱいあるわけですから」
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少女の冷たい言葉は、キキが社会と向き合って成長するための通過儀礼だったようです。
「世の中には優しい人ばかりではない」「仕事をしたからといって感謝されるとは限らない」という宮﨑監督からの子ども達へのメッセージが込められているように感じました。