【ジャングル黒べえ】もともとは宮﨑駿さんの企画だった。小人が登場する『頭の上のチッカとボッカ』が実現しなかった意外な理由とは?

    YouTubeで初配信される幻のアニメ『ジャングル黒べえ』。実は、アニメ界の巨匠が関わっていた? 知られざるエピソードを紹介します。

    4月12日から期間限定でYouTubeで配信されているTVアニメ『ジャングル黒べえ』。アフリカ出身の少年が主人公ということで、黒人差別問題との絡みで長らく封印されていましたが、ついに誰でも見られるようになりました。

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    この『ジャングル黒べえ』は、『ドラえもん』の生みの親である藤子・F・不二雄さんが原作漫画を手がけたことで知られていますが、最初の原案となる企画を考えたのは、後にスタジオジブリを立ち上げる宮﨑駿さんだったことをご存じでしょうか。世界的なアニメ監督の知られざるトリビアをお届けします。

    当初の作品名は『頭の上のチッカとボッカ』

    1973年にテレビ放送された『ジャングル黒べえ』。製作は、東京ムービー(現在のトムス・エンタテインメント)ですが、実際のアニメ作りはAプロダクション(現在のシンエイ動画)が請け負っていました。

    宮﨑さんは1971年に東映動画を辞めてAプロダクションに移籍してきたばかりでした。このころに宮﨑さんが出した『頭の上のチッカとボッカ』という企画が後に『ジャングル黒べえ』になったと言われています。

    Aプロダクションで同僚だった大塚康生さんは著書『リトル・ニモの野望』(徳間書店)でこう振り返っています。

    📖 <「ジャングル黒べえ」はもともとAプロに入ったばかりの宮崎さんが出した企画でした。チッカとボッカという小人二人が都会の普通の家庭の天井裏に住み着いて起こす珍騒動の物語でした>

    📖 <これを楠部三吉郎さん(現シンエイ動画社長)が、主人公をアフリカの原住民の黒べえが日本にやってきた話に翻案して「ジャングル黒べえ」とし、雑誌原作のために藤子不二雄さんに提供、テレビアニメ番組と同時に漫画連載をスタートさせたという企画でした>

    コロボックルの姉妹が「ガリ勉くん」の家の天井裏に住みつく話だった

    宮﨑駿さん(1995年撮影、時事通信)

    シンエイ動画の楠部三吉郎さん自身も、『ジャングル黒べえ』の企画に、宮﨑さんの名前を伏せた上で「アニメ界の世界的な巨匠」が関わっていたと明かしています。

    著書『「ドラえもん」への感謝状』(小学館)の記述を引きましょう。

    📖 <次に手がけたのが、『ジャングル黒べえ』(73年3月〜9月/毎日放送系)です。これはもともと、別のアニメ作家と一緒に練った話です>

    📖 <ある日、コロボックル(アイヌ神話に登場するとても小さな妖精)の兄妹がガリ勉くん(ひとりの小学生)の家の天井裏に住みついてしまって、ガリ勉くんの家のものをくすねるようになります。盗む、というと聞こえが悪いから、これは「狩猟」だと位置づけました>

    📖 <でも、ガリ勉くんの家の人たちにとってはたまりません。だって、大切な品が狩猟されていくんだから。家族はガリ勉くんを疑います。濡れ衣を着せるのです>

    📖 <ガリ勉くんは「天井裏に誰かがいるんだ!」と訴えるけど、誰も聞いてはくれません。それじゃ自分の身で潔白を証明するしかないというので、真剣にコロボックルたちに勝負を挑み始めます。勉強一筋だったガリ勉くんの目は、だんだん輝きを増してきて、少年の目に戻っていく——>

    📖 <ガキの頃、私たちの田舎では、ジャンケンのことを「チッカッキュー」と言っていました。それをもらって、コロボックルの妹をチッカ、兄はキューじゃあんまりだから、語呂合わせでボッカ。「チッカとボッカ」。いい加減な名前をつけて、作画スタッフにキャラクターを描いてもらいました。それをテレビ局に売り込んだら、すんなり通ってしまったのです>

    なんと最初の時点では、コロボックルの小人の兄妹の話だったのですね。なかなか面白そうな設定です。天井裏に住んでいるから『頭の上のチッカとボッカ』。タイトルからも、なんとなく宮﨑さんのテイストが感じられます。

    宮﨑駿さんが降板させられた驚くべき理由とは?

    藤子不二雄ランドvol.175『ジャングル黒べえ』(中央公論社)の表紙

    しかし、この『頭の上のチッカとボッカ』は企画は通ったものの、宮﨑さんの起用にテレビ局が難色を示したそうです。再び楠部さんの著作『「ドラえもん」への感謝状』を引きましょう。

    <ところが、局が、「作家は誰ですか?」と聞いてくる。手塚治虫や赤塚不二夫のようなビッグネームですか?とこうきたわけです。名前を告げると、テレビ局がその作家を嫌がりました。無名だから、というのがその理由です>

    <その後、このアニメクリエーターがたどった道を考えれば、テレビ局もほぞを噛んでいることでしょう。何せいまや、引退会見がトップニュースになるほどのアニメ界の世界的な巨匠ですからね>

    <こっちとしては企画が通ってしまっていたからあとに引けません。思わず、「藤子先生ならいかがですか?」と口走っていました>

    驚くべきことに「無名だから」というのがその理由でした。宮﨑さんは東映動画で『太陽の王子 ホルスの大冒険』の制作に参加していましたが、世間的にはまだ無名の新人だったのです。

    こうして宮﨑さんは作品から降ろされ、新たに藤子・F・不二雄さんが原作者という形になりました。設定もコロボックルではなく、ジャングルの野生児が日本に来る……と変貌を遂げて『ジャングル黒べえ』になったそうです。

    宮﨑さんが描いていた設定原画がネットオークションに出品された

    53万円で落札された『頭の上のチッカとボッカ』の設定原画(まんだらけ公式サイトより)

    こうして完全に幻の存在になっていた『頭の上のチッカとボッカ』ですが、40年以上たってからファンを驚かせることがありました。

    なんと宮﨑さんが描いた『頭の上のチッカとボッカ』の設定原画が、2016年に漫画専門古書チェーン「まんだらけ」のネットオークションに出品されたのです。


    ピンクの髪の毛は、妹のチッカ。緑の髪の毛は、兄ボッカ。現在のピカチュウを連想させる黄色と黒の衣装と耳のような飾りをつけています。

    このままアニメにできそうなキュートな姿ですね。この設定原画は53万円で落札されました。アニメ界の歴史的な資料とはいえ、すごい価格です。

    『ジャングル黒べえ』もいいけど、宮﨑監督の手による『頭の上のチッカとボッカ』も見たかった……。そう思えてしまうほど魅力的なキャラクターでした。

    『借りぐらしのアリエッティ』は『頭の上のチッカとボッカ』のリベンジだった?

    借りぐらしのアリエッティ [DVD]

    宮﨑さんは小人を描く作品に思い入れがあったらしく、2008年にスタジオジブリで『借りぐらしのアリエッティ』を企画しました。メアリー・ノートンの著書『床下の小人たち』を原作とする作品です。

    スタジオジブリ公式サイトによると、この映画の制作開始時に、宮﨑さんは『頭の上のチッカとボッカ』を念頭に置いたと見られる発言をしていました。社内のアニメーターに向けて、こう言ったそうです。

    🗣️ 「今ならこの作品は多くの人々に受け入れられるだろう。僕とパクさん(高畑勲監督)が40年前に企画した時より、今の時代の方が深刻だから」