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「マスコミと遺族の“壁”にはならない」メディアスクラムを防ぐ弁護士が、「窓」でいる理由

遺族代理人として記者対応を行う弁護士を取材しました。事件報道に関してメディア側の論理は度々語られますが、遺族側の話はあまり表には出てきません。報道関係者はこの問題について考え続けなければならないと思っています。

事件事故の遺族らに対する過剰な取材で心理的な苦痛を強いたり、平穏な生活を妨害したりしてしまう「集団的加熱取材(メディアスクラム)」。

新聞協会はメディアスクラム防止の申し合わせを公表しているが、十分機能しているとは言い難い。最近も北海道・知床で起きた観光船沈没事故で、遺族が報道陣の姿勢に「モラルが非常に残念だ」と批判した。

「悲しみを社会に共有して再発防止につなげる」。メディア側は自らの論理をこう説明するが、遺族の側はどう感じているのか。報道に思いをはせてほしいことは何か。

BuzzFeed Newsは、事件事故の直後から遺族代理人としてメディア対応に取り組む神奈川県の武内大徳弁護士を取材。

「遺族とマスコミの『壁』ではなく『窓』になる」ーー。そう語り続ける真意を尋ねた。

【関連記事:「なんでマスコミはこんなことができるんだ?」知床の事故現場で被害者家族は私に言った。自問自答して気付いた「変えるべき」取材手法とは

武内弁護士は、日弁連の犯罪被害者支援委員会委員長やNPO法人神奈川被害者支援センター副理事長などを歴任。

自殺願望をSNSに投稿していた女性など9人が殺害された「座間事件」や、障害者施設で利用者19人が殺害され、26人が重軽傷を負った「相模原障害者施設殺傷事件」など、数多くの現場で遺族の代理人としてマスコミ対応に当たった。

なぜこのような役割を担うことになったのか。メディアスクラムを発生させない方法とは何か。


費用は「手弁当」

ーー神奈川県では弁護士がご遺族の代理人となってメディア対応をしていますね。

県の犯罪被害者支援等条例が制定されるのに合わせ、2008年頃から県と県警、弁護士の連携が正式に始まりました。

当初は法律相談を希望する被害者や遺族の話を聞いていたのですが、県警から「実は最も弁護士に来てほしい場面は事件の発生直後なんです」と言われました。

特に通夜・葬儀はマスコミが殺到し、遺族に大きな負担がかかる一方、警察としては取材自体を阻止することはできないということでした。

遺族自身も事件直後です。「弁護士を呼ぼう」と思いつくはずもありません。

私は県警側と相談し、遺族から承諾を得られた場合のみ、通夜・葬儀時のマスコミ対応を弁護士に任せてもらうことにしました。

ーー遺族側からしたら弁護士費用の心配があると思います。

通夜・葬儀対応に関しては県から費用が出ないので「手弁当」です。そもそも遺族の精神状態を考えたらお金の話をすることなんてできません。

通夜、葬儀の2日間は無料で報道対応します。承諾を得たら口頭で委任契約が成立したということで、遺族の代理人として働くことになります。

幸い、手弁当でも神奈川では若手の弁護士が積極的に手伝ってくれています。

記者に「自粛しろ」とは言わない

ーー私も過去、通夜・葬儀の会場で取材した経験がありますが、弁護士に対応していただいた記憶はありません。どのように記者と接するのですか?

これは持論ですが、記者に「自粛しろ」「遺族の心情を考えろ」とは言わないようにしています。

それは弁護士の仕事としては、あまりにも非力だからです。

記者も手ぶらでは帰れません。そういう人たちに「おとなしくして」というのは無策で、それはプロの仕事ではない。

また、何の権限があって「取材を控えてくれ」と言えるのか考えなければなりません。

そこで考えついたのが「施設の管理権」でした。遺族が施設をレンタルしているので、私たちが代理人として管理権を代理行使できるという理屈です。

ただ、限界はあります。施設の外から撮影したり、通夜・葬儀に訪れた人たちへのぶら下がり取材は「迷惑をかけないように」と、お願いするにとどまります。

ーー過去に取材した事件のご遺族は、ある程度取材が抑制されていたため、「最後の時間を娘と静かに過ごすことができた」と言っていました。

そういう声は本当によく言っていただきます。

通夜・葬儀対応を始めた2008年頃は、記者に「取材をご遠慮ください」と言って押し問答になったことがあります。

しかし、今は弁護士が遺族代理人としてマスコミ対応をするケースが神奈川では増えてきたので問題は起きていません。

遺族からも感謝され、通夜・葬儀の後も代理人をお願いされます。その時に初めて、費用を援助できる日弁連の制度の申込書を書いてもらっています。

できる限りコメントを発表する

ーー通夜・葬儀の前、つまり発生直後に自宅を囲まれることもありますよね。

弁護士による通夜・葬儀対応が定着化し、「事件発生直後も」という話になりました。

例えばバングラデシュの首都・ダッカで2016年、日本人7人を含む22人が殺害されたテロ事件では、神奈川県在住の被害者もいました。

私は県警の車で遺族のもとに行き、自宅周辺に集まった記者と話して帰ってもらいました。遺族や県警から感謝されたことを覚えています。

ーーなぜ記者は帰ることができたのでしょうか。

先ほども述べましたが、私は「帰れ」「取材お断り」とは言いません。

上から目線で対応している限り、敵対している限り、絶対に事態は収まらないと思っているからです。

記者には、「できる範囲の協力をするから、最低限こちらの希望も聞いてほしい」ということを伝え、遺族のコメントを発表しています。

記者は事件後、当事者のコメントを求めて自宅に集まります。遺族はインターホンを鳴らされたり、カメラの前で話したりするような精神状態ではありません。

しかし、私が「どうしても嫌でなければコメントを出しませんか」と話しかけると、「一言でいいなら」と言ってくれる人がほとんどです。

気のきいたコメントや長文は無理ですが、「突然でわからない」という言葉だけでも預かり、記者に「コメントを出したら帰ってくれますか」と約束して発表しています。

記者たちも「迷惑をかけるのは本意ではない」と言ってくれます。

自宅前に記者がいるとスーパーにも行けない

ーー記者がなぜ自宅前で待機するのかというと、もしご遺族が対応された時に自社だけ情報を取りこぼすことを恐れているからです。いわゆる「特落ち」です。

「取材は一切お断り」「コメントを出さない」となれば、周辺取材も激化します。

近隣住民や職場、同級生のもとに記者が押し寄せ、状況がコントロールできなくなります。

遺族が拒否しない限り、記者の求めるものを出し、状況をコントロールするほうがよっぽど利口です。

この方法はメディアスクラムを起こさせないために有効なものだと感じています。

ーー情報の更新に追われる記者はなかなか自宅の中にいるご遺族の心境を考えることができていないのかもしれません。

遺族は悲しみのどん底にいます。記者が自宅前に集まると、ご近所の心配もしなければならない。日常生活にも支障をきたします。

特に幼い子どもがいる遺族の家庭では、「下の子を学校に通わせなければ」とか、「スーパーに買い物に行かなければ」とか、家の外に出ざるを得ません。

記者が自宅前に張り付くと、外に出られないので日常生活を送れなくなります。

だからまずはコメントを出して記者に帰ってもらう。

つまり、この問題を解消する答えは「遺族に一刻も早く代理人弁護士をつけること」です。私が関わった事件ではメディアスクラムは1件も起きていません。

メディアスクラムはマスコミが考え続けるべき問題

ーーメディア側も“発生直後”から「代表取材」にするなど、メディアスクラム防止に向けて取り組まなければならないと思っています。

メディア間で競争があるのはわかっています。

代表取材は窓口を一つにして状況を鎮静化する。私たちのやり方は「状況をコントロールするため、情報のアウトプットを弁護士に一本化する」ということです。

弁護士は代理人として被害者の利益を最優先に考えなければなりません。コメントを出すのはメディアへのサービスではなく、状況をコントロールするためです。

理念とか思想で動くのではなく、遺族にとってより良い状況を作ることがプロの仕事だと思っています。

ーーこの神奈川方式が全国に広まれば、メディアスクラムも少しずつ改善されると思います。

なかなかスピードは遅いですが、徐々に、徐々に広まっていくと思います。そのためには仕組みづくりが必要ですね。

あと、遺族によっては積極的に情報発信したいという人もいます。実名を報道してほしいという人もいます。

考え方が違うので、それぞれの遺族に合わせた対応が代理人には求められます。

ーー最近は遺族取材に悩んでいる若手記者も増えているような気がします。

昔、ある事故で亡くなった人の葬儀が行われていたのですが、大手紙の若手記者が来ました。

遺族代理人の私が「申し訳ないです」と話すと、「わかりました。なんでこんな取材をしているんだろう。嫌になる」と言っていましたね。

私は健全な競争意識はあってもいいと思っています。でも、「現場も悩んでいるんだな」と感じました。その感覚を持ったままデスクになってほしいです。

メディアスクラムという言葉が出てくる前は、「被害者宅で三日三晩寝ずに張り込んだ」を自慢げに語る人もいたと思いますが、今なら人権侵害ですよね。

「被害者の写真は絶対に必要なのか」「亡くなった直後にすぐ自宅を訪問する必要があるのか」。こういうのは時代によって変わってきます。

ただ、これは外野の弁護士が糾弾するのは間違いだと思っています。マスコミの人たちが自分たちで考え続けるべき問題です。

遺族とマスコミの「壁」にならず、「窓」になる

ーーご遺族が発生から時間が経過して話したい気持ちが芽生えるケースはありますか。

もちろんです。遺族が話したいとなった時に「聞いてくれますか」と記者に連絡するのも私たちの仕事です。

長文のコメントや手記、記者会見など形は様々ですが、特定の記者に話したいという人もいます。

地元の神奈川新聞の記者から以前、「遺族とマスコミの壁にならないでください。窓になってください」と言われました。

いい言葉です。取材対応を「記者を跳ね返すこと」と言う弁護士も増えている気がしますが、遺族は心情の変化で少しだけ窓が開いている時もあります。

遺族が話したいというのであれば、私はその窓を開けて記者に思いを伝えてもらおうと思っています。

神奈川ではこの対応が一般的になっています。遺族の窓が閉まっている時の直当たり(直撃取材)は、これまで一度も起きていません。

ーーここまで弁護士が考えて代理人業務にあたっていることを恥ずかしながら知りませんでした。

記者に注文をつける弁護士もいますが、マスコミ対応の枠組みを作って対応できる弁護士を増やすなど、私たちもまだまだやるべきことはたくさんあります。

このようなメディアスクラム対策として有効な方法があるので、まずは弁護士自身ができることを最大限にしなければなりません。

そういう意味では、私もまだまだやれることがたくさん残っています。

この神奈川方式を全国に広め、代理人として被害者や遺族の負担が少しでも軽くなるようにこれからも取り組んでいきたいと思っています。

【武内大徳(たけうち・ひろのり)】

1991年、中央大学法学部卒業。97年、神奈川県弁護士会登録。

日弁連・犯罪被害者支援委員会委員長、神奈川県弁護士会・犯罪被害者支援委員会委員長、NPO法人神奈川被害者支援センター副理事長などを歴任。

著書に「犯罪被害者等基本計画の解説」(共著)。


事件・事故の遺族や関係者のもとにメディアが押し寄せて行き過ぎた取材をし、心理的な苦痛を強いたり、平穏な生活を妨害したりしてしまうーー。

この「集団的加熱取材(メディアスクラム)について、取材される側の証言を積み重ねることで、メディアスクラムの問題点や解決策を見いだせないか。そんな視点で取材を続けています。

メディアスクラムをはじめメディアに関する問題の取材に協力してもいいという方がいらっしゃれば、相本(keita.aimoto@buzzfeed.com)までご連絡ください。

なお、メディアスクラムを巡っては、日本新聞協会が2001年に見解をまとめています。

①嫌がる当事者を強引に包囲した状態での取材は行うべきではない

②通夜・葬儀など遺族の心情を踏みにじらないよう十分配慮する

といった内容です。

しかし、その後も批判が相次いだことから、協会は2020年に申し合わせを発表しました。

現場レベルで万全の策を講じるとし、幹事社による代表取材は「一定の効果をあげている」と評価したほか、「状況が改善されたところもある」としています。

一方、被害者家族への聞き取り調査などが行われた形跡はありません。また、上層部を含まない現場レベルで万全の策を講じることができるのでしょうか。

2022年5月に起きた北海道・知床で起きた観光船沈没事故でも、遺族が「報道のモラルが非常に残念だ」と痛烈に批判しています。