「会社のみ責任おかしい」知床観光船事故で社長が主張。監査でわかった「虚偽申請」とは?17項目の違反も

    北海道運輸局が知床遊覧船の観光事業の許可を取り消しました。その過程で分かったのは、17項目にわたる安全管理規定違反と、「虚偽申請」でした。

    北海道・知床半島沖で4月23日、乗員乗客26人を乗せた観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」が沈没した事故を巡り、国土交通省北海道運輸局は6月16日、運行会社「知床遊覧船」(斜里町)の観光船事業の許可を取り消したと発表した。

    事故によって観光船事業の許可が取り消されるのは全国で初めてで、海洋運送法に基づく処分としては最も重いものになる。

    特別監査では、事前に提出する「安全管理規定」の違反が17項目に上ることがわかったほか、桂田精一社長が運航管理者を選任した際、虚偽の届出を行っていたことも判明した。

    経緯を振り返る

    総務省消防庁や関係者への取材によると、カズワンは4月23日午前10時頃にウトロ漁港を出発。事故は午後1時過ぎ、約25キロ北東の「カシュニの滝」付近で起きた。

    6月16日現在、14人の死亡が確認され、12人が行方不明となっている。

    知床遊覧船の桂田社長は事故後の会見で、当日の午前8時から船長と出航の打ち合わせをしたと説明。

    報道陣からは、現場周辺で波浪・強風注意報が出ていた点を問われたが、「打ち合わせの時点で風と波も強くなかったので、海が荒れるようであれば引き返す『条件付き運行』を認めた」と返答した。

    また、午前8時半に同業他社から「無線アンテナが壊れている」と指摘されていたが、桂田社長は業者に修理を依頼しただけで、出航を取りやめる判断をしなかったことも明らかになった。

    17項目の安全管理規定違反

    北海道運輸局は4月24日〜5月23日、特別監査を実施。桂田社長や社員、アルバイト、同業他社から聴取したり、知床遊覧船の営業所内を調査したりした。

    この監査で判明した17項目の安全管理規定違反は次の通り。なお、運航管理者と安全統括管理者は桂田社長が兼任している。

    1. 桂田社長が船の輸送の安全確保に向けて主体的に関与せず、安全マネジメント態勢が適切に運営されていなかった。
    2. 桂田社長が運行管理者の資格要件である「船舶の運航の管理に関し、3年以上の実務経験を有する者」に該当しないにも関わらず、運航管理者に選任した。
    3. 運航管理者が、自らの不在時の運航管理者代行を指名していなかった。
    4. 運航管理者は当日、カズワン運航中に営業所への常駐義務を果たさず、運航管理補助者も不在だった。
    5. 運航管理補助者が事故当日の運航時、営業所に不在だった。
    6. 安全統括管理者は、安全マネジメント態勢に必要な手順や方法の確立、維持などの職務を果たしていなかった。
    7. 運航管理者は安全管理規定の遵守の確実な実施に必要な職務を果たしていなかった。(運航基準で定めた連絡方法に不備があるにもかかわらず、カズワンを出航させたなど)
    8. 船長は事故当日、航行中に風速8メートル以上、波高1メートル以上に達する恐れがあるにもかかわらず、出航を取り止めなかった。
    9. 運航管理者は、運航基準により運航中止を判断すべきだったにもかかわらず、中止の判断を怠り、その指示を出していなかった。
    10. 事故当日の運航管理者か船長が行うべき運航の可否判断、運航中止の措置や協議の結果などが記録されていなかった。
    11. 運航管理者は事故当日、気象・海象などに関する情報を船長に連絡していなかった。
    12. 船長は事故当日、運航基準に定められた地点に達した旨の連絡をしていなかった。
    13. 運航管理者は、船の検査結果を確認していなかった。
    14. 運航管理者は事故当日、陸上施設の点検結果を記録していなかった。
    15. 運航管理者は事故当日、船舶の動静を把握できない時に事故処理基準に定める必要な措置を取らなかった。
    16. 運航管理者らは、輸送の安全を確保するために具体的な安全教育を定期的に実施し、その周知徹底を図っていなかった。
    17. 船員や運航管理要員に対する安全教育、訓練などの概要が記録されていなかった。


    虚偽申請も行っていた

    運輸局が2つめの項目で指摘している通り、桂田社長は船舶の運航に関する実務経験がほとんどなかったにもかかわらず、運航管理者になっていた。

    一方、海上運送法では、運航管理者の資格要件として、「船舶の運航管理に3年以上の実務経験を有する」としている。

    これについて、運輸局は「資格要件に該当する旨の虚偽申告を行っていた」としている。

    また、通信体制の不備も指摘している。

    会社が事前に届け出た「運航基準」では、①衛星携帯電話②業務用無線設備③携帯電話の3つが通信手段として設定されていたが、衛星電話は昨シーズン末から故障して使用できない状態だった。

    また、事故後の会見で質問が出た通り、会社の無線設備はアンテナが故障して使えない状態だったほか、携帯電話も航路で通信できなかったことが推測されるという。

    そして、事故当日は船長から桂田社長への定点連絡が全く行われていなかったこと、また、カズワンの船底に損傷があったことや、船長がこの海域での経験に乏しかった点について、複数の関係者から証言が得られたという。

    安全管理体制が欠如

    さらに、会社は昨年6月にも監査を受けており、安全管理規定などに関する次の指導を受けていた。

    1. 運航管理者は常時連絡できる体制を維持し、必要な勤務の体制を確立すること
    2. 全社員に対して安全管理規定に関する安全教育を徹底的に行うこと
    3. 運航の可否判断などを運行記録簿に記載すること
    4. 運航管理者への定点連絡を確実に実施すること


    このことについて、北海道運輸局は次のように指摘している。

    「前回監査で必要な勤務体制を確立すべきと指導されているにもかかわらず、今回の事故が発生した。会社が安全確保を日常的に行っていく組織風土を持っているか強い疑問を禁じ得ず、会社の安全管理体制は欠如していたといえる」

    そして、事故が発生した原因の一つとして、こう記述した。

    「会社は違反を繰り返し、安全管理規定により構築されるべき複層的なセーフティネットが失われたことが今回の重大な事故の発生と被害の拡大の大きな要因となった」

    「事故の責任が会社のみにあるのはおかしい」

    一方、北海道運輸局の関係者によると、先月に観光船事業の許可を取り消す方針を示していたが、知床遊覧船側が運輸局に提出した陳述書にはこのような趣旨の主張が記載されていたという。

    事故の責任が会社のみにあるのはおかしい。責任は監督官庁の国にもある

    北海道運輸局の岩城宏幸局長は、以下のコメントを出した。

    カズワン沈没事故により、乗員乗客26人が巻き込まれる重大な結果となった。事故を受け、国交省で実施した特別監査の結果、海上運送法の違反事項を多数重ねていたことを確認し、事業許可の取消処分を行った。

    事実を重く受け止め、引き続き行方不明者の捜索に協力するとともに、乗客のご家族に対する損害賠償について真摯に対応をするよう求める。

    なお、この損害賠償については、知床遊覧船は旅客1人当たり1億円の保険に加入していることが確認されている。

    カズワンも6月1日に網走港で陸揚げされ、乗客の家族らに公開された。現在、海上保安庁が船体を調べるなどの捜査を続けている。