安倍元首相銃撃の弾丸1発が未発見。奈良県警は「捜査に支障ない」元警察官僚が語った見解とは?

    安倍元首相に当たった弾丸のうち1発が未発見だったと報じられています。弾丸は重要な証拠ですが、今後の捜査に支障はないのでしょうか。元警察官僚に聞きました。

    安倍晋三元首相が7月8日、奈良市の近鉄大和西大寺駅前で演説中に銃撃され死亡した事件で、安倍元首相に当たった2発の弾丸のうち1発が見つかっていないことを、NHKや朝日新聞が報じている。

    奈良県警は事件から5日後に現場検証を行ったが、弾丸そのものは見つからなかった。

    一方、銃を使った事件では通常、弾丸は重要な証拠とされる。今後の捜査や山上徹也容疑者(殺人容疑で送検)の起訴などに影響はないのか。

    BuzzFeed Newsは、警察庁出身の四方光・中央大法学部教授に取材した。神奈川県警刑事部長などを歴任した元警察官僚が語った見解は。

    経緯を振り返る

    山上容疑者は7月8日午前11時半過ぎ、演台に立っていた安倍元首相の背後約7メートルから手製の銃を発砲した。

    1発目は当たらなかったが、2秒後にさらに近づいて2発目を発砲。

    安倍元首相は被弾し、現場での応急処置後にドクターヘリで搬送されたが、午後5時過ぎに死亡が確認された。

    発見された弾丸は一つだけ

    朝日新聞によると、山上容疑者が使用した銃は長さ約40センチ、高さ約20センチ。1回で6個の弾丸が詰まった弾薬が発射される仕組みだったとみられる。

    県警の司法解剖では、安倍元首相の左上腕と首に1か所ずつ傷があることが確認された。死因は、左上腕から入った弾丸が鎖骨下の動脈を傷つけた失血死だった。

    一方、司法解剖の際に体内から発見された弾丸は一つだけだった。病院で救命処置をしている最中に体外に出て、行方がわからなくなった可能性があるという。

    「解剖で発見されていない」

    発見されていない弾丸があることについては、自民党の青山繁晴・参議院議員が7月21日、自身のYouTubeで触れた。

    青山議員は同20日、自民党の「治安・テロ対策調査会」に出席。警察庁の担当者に「弾は(安倍元首相の)体内に残っていたのか」と質問したところ、「解剖で発見されていない」と回答したという。

    奈良県警「捜査に支障はない」

    そして、NHKが7月29日、捜査関係者の話として「(安倍元首相が)体に受けたと見られる銃弾のうち1発が見つかっていない」と報道。

    奈良県警は公式に発表はしていないが、NHKの取材に「捜査に支障はない」との見解を示したという。

    また、警察の元幹部が「銃弾は重要な証拠で、発生後に速やかに現場検証すべきだった」と指摘しているとも報じた。

    奈良県警の現場検証は事件から5日後の7月13日に行われていた。

    元警察官僚が語った見解は?

    安倍元首相に当たった弾丸が見つからなくても、捜査に支障はないのか。そして、事件から5日後という現場検証のタイミングは適切だったのか。

    BuzzFeed Newsは中央大の四方光教授に聞いた。

    四方教授は1987年、警察庁に入庁。神奈川県警刑事部長や警察庁情報技術犯罪対策課長、警察庁長官官房国際課長などを歴任している。


    ーー安倍元首相に当たった弾丸のうち1発が見つかっていないと報道されており、奈良県警はメディアの取材に「捜査に支障はない」と見解を示しています。これについてはどう捉えていますか?

    いわゆる「犯人性の特定」という意味では、弾丸だけで特定されるという話ではありません。全般の状況で判断されます。

    今回の事件では、警護に当たった警察官や演説を聞こうと集まった聴衆など、相当数の目撃証言があります。

    もちろん弾丸は見つかったほうがいいですが、それが見つからなかったといって立証に大きな支障があるわけではないと思います。

    ただ一般的に、銃を使った事件で弾丸は重要な証拠物になるということは確かです。

    ーー全般の状況というのは、目撃証言のほか、遺体の状況や聴衆が撮影した映像、現場で押収された銃、山上容疑者宅からの押収物なども入っていますか?

    そうです。

    例えば、「誰も見ていない場所で拳銃のようなもので殺害されたとみられる」といった事件があったとします。

    被疑者も拳銃も現場で見つからない。

    その場合は弾丸を探し、見つけた弾丸の「線条痕」(銃を発射した際に弾丸の表面に刻まれる痕)などから事件に使われた銃を特定します。

    そういう意味では、今回の事件は弾丸がなければ被疑者と立証できないことはないので、山上容疑者が急に否認に転じたとしても大きな影響はないと考えています。

    ーー奈良県警は朝日新聞の取材に「病院での救命処置中に銃弾が紛失した可能性がある」としていますが、それは考えられるでしょうか?「盲管銃創」(弾丸が体を貫かずに体内にとどまっている傷)という情報もあります。

    司法解剖では法医学の先生も「弾丸は重要な証拠になる」という意識でやっているので、そこで紛失したとは考えにくいです。

    あと、司法解剖は落ち着いた中でしっかりやりますからね。

    そういう意味では、病院でなくなった可能性が高いと思いますが、当時は(弾丸の確保よりも)命が助かるかどうかぎりぎりの状態で処置をしていたと思います。

    現場検証のタイミングは適切だったのか

    ーー現場検証についてお伺いします。今回、奈良県警が現場検証を実施したのは事件から5日後の13日でした。このタイミングは遅いとの指摘もあります。

    確かに少し遅めだとは思いますが、おそらく要人が殺害されたということで、そこまで手が回らなかったのではないかと思います。

    メディア対応も含め、やらなければならないことが山のようにあったことが推測できます。

    しかし、今回の事件ではある意味、犯人性の立証は難しくはない。

    弾丸がないとものすごく困るという話ではないので、現場検証の優先順位は下がると考えられます。

    ーー被疑者が判明していない事件ではどうでしょう。

    被疑者がわかっていない事件では、現場の証拠から特定しないといけないので真っ先に実施します。

    しかし、山上容疑者は今回、現行犯で逮捕されています。そういうことから、事件から5日後というタイミングになったのではないでしょうか。

    ーーテレビを見る限り、現場検証では横一列になった捜査員が地面をはいつくばって遺留物を捜していました。しかし、事件翌日には雨も降っています。

    銃器を使った事件なので、もちろん弾は見つけられた方がいいのは確かです。

    犯人性が確かな事件の場合は実況見分だけで済ませる場合もありますが、今回は重要な事件なので念押しして令状をとって検証したのかな、という印象を持ちました。

    ビルの壁面も調べていましたが、例えばビルオーナーが許可を出せば実況見分で済みますが、映像を見る限り公道ではないところもやっているので、令状を取ったとも考えられます。

    確かに雨が降れば遺留物が流される可能性はありますが、念押しして検証したという意味では、5日後でも実施した意味があったと思います。