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「死後硬直がない」ウクライナの惨劇を否定するロシア、法医学者は疑問符

ウクライナ側がロシア軍撤退後に首都近郊のブチャで撮影した映像には、住民とみられる多くの遺体が映っていました。一方、ロシア側は遺体に「死後硬直」が見られないことを理由に「ウクライナ側の自作自演だ」と主張しています。

ウクライナの首都キーウ近郊の街ブチャで、市民のものとみられる多数の遺体がロシア軍の撤退後に見つかった事件。国際的非難が集まる中、ロシア側は「ウクライナによる自作自演だ」と反論している。

ロシア側は主張の根拠のひとつとして「遺体が死後硬直していないこと」をあげている。この主張は正しいのか。BuzzFeed Newsは、法医学の専門家に取材した。

閲覧注意:この記事には、戦争の実態を伝えるため、犠牲者の写真が含まれます)

まず、経緯を振り返る


ウクライナ検察庁は410人の遺体が確認されたと発表したほか、市内にある教会の敷地に遺体が埋葬されたとも伝えられている。また、ブチャに現地入りした欧米メディアも、通りに遺体が散乱している様子などを報じている。

ウクライナ国防省は、4月3日にツイッターに首都キーフ近郊のブチャで撮影されたもとする映像を投稿。道端に住民とみられる大勢の遺体が倒れている様子が映し出されている。

「地元の民間人が処刑されていた。一部の人々は背中の後ろで手を縛られ、彼らの体は町の通りに散らばっていた」

こうした事態に対し、ゼレンスキー大統領は「ロシアの戦争犯罪」などと非難する声明を発表。日本政府をはじめ、国際社会の非難は高まっている。

一方のロシア国防省は3日、ロシア軍の関与を否定する声明を発表した。

ウクライナ側が公開したブチャでの写真や動画は「単なる挑発に過ぎない」「ブチャでの写真や映像は、ウクライナが西側諸国のメディアのために撮影した自作自演のもの」とした。

自作自演の理由として挙げているのが、遺体の「死後硬直」だ。ロシア側はHP上で、「ロシアの部隊は3月30日にブチャから完全撤退した」と説明。こう主張した。

「ブチャの現状が明らかになったのは(3月30日から)4日目になってからで、画像に写った全ての遺体が少なくとも4日は経過しているのに死後硬直しておらず、遺体が汚れていない」


ロシア側は「ブチャの遺体は死後硬直していない」「汚れていない」ことを、「ブチャの遺体を写した写真や映像はウクライナ側のでっち上げだ」と主張する根拠の一つとしていると言える。

死後硬直とは?

そもそも、死後硬直とは何なのか。

事件性の有無を見極める司法解剖などを数多く担当してきた旭川医科大(北海道旭川市)法医学講座の清水恵子教授によると、死後硬直は、遺体の筋肉が一定時間、硬直する現象をいう。

死亡後は体の循環機能が停止するほか、筋肉を収縮、弛緩させるなどの役割を担うエネルギーの供給源が減っていくため、体が徐々に硬直し始める。通常であれば半日程度で全身が硬直するという。

一方、基本的に硬直は半日が経過すると解けていくケースが多く、気温が高い夏は2日程度、冬は4日程度で完全に解ける場合が多いと言う。

なお、ヨーロッパの気象情報サイト「メテオブルー」(本社:スイス)によると、ブチャの3月30日から4月にかけての最高気温は10度を超えている日が多かった。

「主張には疑問符」

清水教授はまず、ロシア側の言い分について、「現場で遺体を見たり、検案したりせずに、映像だけで死後硬直があるかどうか判断するのは不可能」と指摘。

そのうえで「完全撤退から4日経過しているのに遺体に死後硬直がみられない」とする主張についても、以下のように述べた。

「そもそも冬の季節でも4日後に死後硬直が完全に解かれるケースは普通にあること。今は春にさしかかった季節なため、ロシア軍が撤退したとする3月30日に亡くなった人だとしても、数日で死後硬直は終わっているのではないか。自作自演とする主張には疑問符がつく」

ウクライナ情勢を巡っては、ウクライナ側とロシア側の双方が、ツイッターなどで積極的に情報を発信している。

ロシア側の投稿には様々な誤情報や偽情報が飛び交っており、BuzzFeed Newsも複数のファクトチェックを実施してきた。情報の取り扱いには注意が必要だ。