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「子供産むってそんなに偉いの?」“ママ記者”の働き方めぐり論争。子育てを機に記者を辞めた女性は…

“ママ記者”という言葉自体に違和感がありますが、時代の変化に適応していかなければ厳しいものになっていきます。子育てを機に記者を辞めた女性は「いつでも呼び出し可能という人が評価される文化から飛び出したかった」と話していました。

「ママ記者たち ずっと遊軍で 事件や災害時の呼び出しなし 日中でも地取りなど肉体労働は振らない 自分のペースで好きな記事だけ書く。子供産むってそんなに偉いことなの?」

こんなツイートが先日、記者界隈で話題になった。発信元は匿名だが、職業を新聞記者と明かしている。

私は10月に書いた記事で、自らが子育てを理由に新聞記者を辞めた経緯を記した。

仲間である記者同士がたたき合う背景には何があるのか。子育てしながら記者をすることは無理なのか。

10月の記事では、先輩記者から「記者の仕事と家庭の両立なんてハナから考えないほうがいい」という反応がTwitter上で返ってきたこともあった。

仕事と子どもの世話の両立から気づいたこと、子育てを機に記者を辞めた女性の話、先輩記者の意見について思うことをまとめる。

【関連記事:「妻の育休期間が終わればどうすれば……」私が新聞記者を辞めた理由は「子育て」だった

経緯を振り返る

前述したツイートは11月23日、新聞記者として働いているという匿名アカウントが発信した。

社名や部署はわからないが、「事件や災害時の呼び出し」や「地取り」などの文言があることから、社会部系の経歴を持つ記者と推測できる。

事件・事故や災害があれば現場に出て、地取り(聞き込み)をしたりするのは、主に東京や大阪の社会部や、地方支局にいる地方部の記者だ。私もかつて社会部に所属していた。

発信元は前述のツイートのほか、子どもがいる女性記者に対し、次のように述べていた。

「転勤もなし。深夜勤務もなし。深夜勤務できないから整理部は無理ですって申告しているくせに、出稿部の遊軍に配属されるとやる気をみせるためか、夜遅くまで残業している」

「最近は子育てを理由に都合の良いポジションに居座り続けるママ記者が多い。会社もママ記者に無理させるとハラスメントと言われるから丁重に扱うかんじ」

女性記者だけに向けられたベクトル

発信元の主張をまとめると、自分たちは事件事故や災害で呼び出されたり、日中に聞き込み取材をさせられたりしているが、子どもを持つ記者はそのような指示を受けることがない。

転勤や宿直勤務もなく、そのしわ寄せが独身の記者らにいっている、という不満があるのだろう。

本来は社員の働き方をマネジメントする会社への不満のはずだが、ツイートの内容は、子育て中の記者にベクトルが向いている。それも女性記者だけに向けられた。

働き方を巡る問題の背景には、労働環境を取材先の都合に合わせる必要が出てくる、記者特有の事情がある。

長時間労働が当たり前の取材先

報道機関の記者が取材する対象は、政治家や捜査機関を含む官公庁、企業が多い。

これらの中でも取材する相手は、必然的に情報を握る幹部ということになる。

政治家ならば、政党の幹事長や政調会長といった肩書きの人々、中央官庁や都道府県庁なら課長級以上の職員。企業では取締役クラスなどが想定できる。

今の日本は、こうした幹部らが早朝から深夜まで働くのが当たり前の社会だ。

特に政治の世界は、ワークライフバランスという概念に乏しい。国家や地域社会のために必要な職務は膨大で、即応が必要な部分ももちろんある。

しかし、政治家のほとんどは、平日は早朝から深夜まで予定がびっしり入っているうえ、週末は地域の催しへの出席や支援者へのあいさつ回りに追われる。

個人の働き方という意味では、政治家のほとんどは、ワークライフバランスが最初から崩壊しているといっていいだろう。

待機時間を含めた記者の拘束時間

こんな取材先に合わせて記者の側も仕事する必要があるため、個人の努力で働き方を変えることには、限界がある。

旧知の政治家や官僚から「ここだけの話」や「次の方針」をこっそり聞き出そうにも、ケータイを鳴らせば何でも答えてくれるような人は、まずいない。

会って人間関係を構築する必要があるのだ。

だから、早朝の出勤前か、深夜に仕事を終えて帰宅する本人をつかまえて話を聞くことになる。こうした取材を「夜討ち朝駆け」という。

同僚の誰かにしわ寄せ

こうして、待機時間を含めた記者の拘束時間は、ただでさえ長時間労働の幹部らよりも、さらに長くなる。

記者1人の労働時間が減っても、全体の仕事量が変わらない限り、減った分の仕事量と拘束時間のしわ寄せは、同僚のだれかに行くことになる。

つまり、日本の政治、行政、経済の中枢部分で長時間労働が当たり前で、それを報じる記者も幹部らと同等以上の長時間労働となり、拘束時間は長くなる。子育ても当然、その影響を受ける。

そして、私の経験上、政党・官庁・企業の幹部らは男性がほとんどで、主体的に子育てをしている人は少ない。主体的に子育てしている人がいれば、逆にニュースになるくらいだ。

BuzzFeedの記者も

BuzzFeedの記者は、常に官庁や議会などに張り付いているわけではないため、より柔軟な環境で働ける。

それでも労働時間が大きく乱れることがある。特に多いのは、政府の動きを取材して報じる時だ。

厚労省などが開くコロナ対策に関する会見は午後9時から始まることも珍しくなく、時間がさらにずれ込むことも度々あった。

また、国会閉会を受けた岸田首相の記者会見は、今月10日、つまり土曜日の夜に設定された。

こうした会見を取材してから記事を書き、エディターの編集と校閲を経て出稿し、さらにSNSの配信などをすれば、確実に深夜になる。夜間や週末の突発的な事件や災害も同様だ。

一方、今の私の生活に置き換えると、平日は午前7時半から同9時まで、午後6時から同10時までは1人で子どもの面倒をみており、物理的に仕事ができない。

子どもは日中、保育園にいるが、発熱などで呼び出されることもある。

例えば午後9時に記者会見が入った場合、同僚に代わりを頼まなければならないが、独身や小さな子どものいない記者のほうがお願いはしやすい。これは事実だ。

記者の定時は「24時間」

今も日本の報道機関では、記者の労働時間は「24時間」という感覚が根強い。

午後6時までしか仕事ができない記者は「時短」扱いで、職場の本音の部分では「戦力外」と目されてしまうことは、珍しくない。

前述の「夜討ち朝駆け」や、宿直勤務、突然の呼び出しに対応できないからだ。

10月に書いた記事でも、年長の男性記者からTwitter上で次のような意見があった。

経験者として言えば、記者みたいな24時間スタンバイのフルタイム共働きはスーパーマン(ウーマン)でないとほぼ不可能なんで、両立なんてハナから考えない方がいい。

それが可能なのは、実家の支援がある人だけじゃないかなと。地方出身者はクールに見といた方がいい。

地方出身で親の支援がなく、夫婦共働きで子どもがいる記者は確かに「24時間のスタンバイ」はできない。

では、子育て中の記者は辞めるか一線から退くしかないのか。たとえ配慮されたとしても、その業務を独身記者らがカバーするしかないのか。

その先に待っているのはなんだろうか。

ある女性記者は「24時間呼び出し対応可能」という人が評価される文化・システムから飛び出したかった

大手の報道機関の一線で働いていたある女性記者が今年、退社した。

子育てをきっかけに、キャリアでの目標を考えた上でも、家族との生活を顧みても、記者の仕事を離れて他業界・他業種で経験を積むほうが効率的だと判断したという。

女性は「育児などで労働時間が限られている記者でも、夜討ち朝駆けをする記者が昼寝している日中に集中して働き、積極的に原稿を出している人も多い」と指摘する。

しかし、書いた原稿の質や量よりも、夜討ち朝駆けをしているかどうかといった部分が人事評価の対象になることは、報道機関では珍しくない。

女性はこう振り返る。

「時代の変化にうとく、だらだら働いていても『24時間呼び出し対応可能、いつでも転勤可能』という人が評価される文化・システムから飛び出したかった」

男性の上司が保育園にお迎えに行くために帰る

また、今回の“ママ記者”ツイートを巡っては、記者を名乗る人物らが「経産婦記者の巧みなポジショニング」 「子育て記者は権利を高らかに主張」と投稿していた。

この女性の新たな職場は、顧客対応のため記者時代と同じくらい忙しいが、男性の上司が保育園に子どもを迎えにいくため午後6時に帰ることが普通の光景だ。

記者時代は仕事の効率性を意識することが業界にないと感じていたが、今は夜遅くまで会社にいると「無駄な作業」「スキルが足りない」と判断されるという。

女性は「ジェンダーと働き方は密接な関係にあり、時代の移り変わりに適応できない企業は消滅する。さらにメディアは自ら働き方を発信している。男性で構成される上層部は、そもそもの意識を変えたほうがいい」と話した。

河野デジタル相は……

今年8月に行われた岸田政権の内閣改造で、河野太郎デジタル相は任命当日の深夜に開催されることが慣例の新閣僚会見を、別日の日中に変更した。

新閣僚は官邸に呼ばれた後、認証式や記念撮影などに臨んでから、首相官邸で順番に会見する。

人によっては会見のスタートが深夜や早朝にまでくい込むことがある。当然、閣僚を支える官僚も、会見を待つ報道陣も、長時間拘束されることになる。

河野氏は2020年、この慣例について「さっさとやめたらいい」と苦言を呈しており、今年はトップ自らが「働き方」を変えた形だ。

記者の労働環境が変わるには、このように取材先の働き方が変わることが求められる。

報道機関の内部でも、リモート勤務の積極的導入や適切で柔軟な人員配置を行うなど、上層部の工夫で改善できることは、たくさんある。

とはいえ、特に新聞社ではリモート勤務やPCにアレルギーがある幹部が珍しくなく、私もエクセルで計算したものを電卓でやり直すように命じられて驚愕したことがある。

「個人の努力」で対応する若手・中堅記者

そして、記者を辞めた前述の女性が指摘した通り、働き方とジェンダーは密接に絡み合っている。

最近、私がもう一つ驚愕したのは、新聞社を離れ半年ほど過ぎた今年9月下旬に参加した、マスコミ倫理懇談会全国大会での光景だった。

参加者約330人のほとんどは、各報道機関の中高年男性幹部。7つある分科会のうち6つで、登壇者は男性がほぼ独占していた。

半数以上を占める女性スタッフが活躍するデジタルメディアの世界に慣れてきた私の目には、報道の世界が古色蒼然として見えた。

一方、「ジェンダー平等」分科会だけ、登壇者のほとんどが女性だった。女性参加者の大部分は、この分科会に出席するために来ていた。

逆に言えば、報道機関の男性幹部らの間で、「ジェンダー」とは女性だけが考えるものであり、自分はほぼ無関心の「他人事」だと言っても、過言ではない。

そんな状況を改め、ジェンダーと働き方をきちんと考えることは、時代の変化に“個人”の努力で対応している若手・中堅記者を支えることにもつながる。

それができなければ、せっかく確保して育てた人材が時代の流れに適応した企業に流出し、報道機関に入りたいという若者もどんどん減っていきかねない。

業界として、企業として、それでいいのだろうか。