「2歩」歩くだけで……“餃子の王将”事件、容疑者を絞り込んだ「新しい鑑定技術」とは?

    新しい鑑定技術は警察白書にも「新たな個人識別法」として掲載されており、裁判でも証拠として扱われています。専門家に取材しました。

    中華レストラン「餃子の王将」を運営する「王将フードサービス」(京都市)の大東隆行・元社長(当時72歳)を銃で殺害したとして男が逮捕された事件で、容疑者の絞り込みに「歩容認証」という鑑定技術が活用された、と毎日新聞が報じた。

    事件は2013年の発生から9年後の今年10月に急展開を見せ、特定危険指定暴力団・工藤会系暴力団幹部、田中幸雄容疑者(56)が殺人容疑などで逮捕された。

    容疑者を絞り込んだ歩容認証とは、どんな鑑定技術なのか。そして、警察の捜査にどう生かされているのか。

    経緯を振り返る

    事件は2013年12月19日に発生。

    社長だった大東さんが早朝、1人で車を運転して本社に出勤した際、駐車場で胸や腹を拳銃で撃たれて死亡した。

    有力な目撃情報がなかったことから捜査は難航したが、京都府警は今年10月28日、別の銃撃事件で服役していた田中幸雄容疑者を逮捕した。

    毎日新聞(10月29日、11月9日)によると、現場近くで見つかったタバコの吸い殻から田中容疑者のDNAが検出されたという。

    また、現場近くの防犯カメラに映っていた不審人物と、別日に収集した田中容疑者の歩き方を「歩容認証」で解析。その結果、専門家から「同一人物と考えて矛盾はない」という鑑定結果を得ていた。

    歩容認証は「警察白書」でも

    歩容認証は2014年の警察白書で「新たな個人識別法」として取り上げられた。

    白書では、防犯カメラ画像は犯人の追跡に重要な役割を果たしているが、サングラスやマスクで顔を隠されたり、映像が不鮮明だったりする場合は、個人の識別が難しくなると指摘。

    そのうえで、歩幅・姿勢・腕の振り方などの「歩容」と、身長や体型などの特徴を総合的に複合することで、顔が判別できない映像でも識別を可能にすることが期待されると言及している。

    歩容認証に顔の情報は必要ない

    BuzzFeed Newsは、大阪大学産業科学研究所の八木康史教授(コンピュータビジョン)を取材した。

    八木教授は2013年に世界で初めて捜査員向けの歩容鑑定システムを構築し、警察庁に提供した。

    2016年には歩容鑑定の結果が、初めて裁判所で証拠として認められた。


    ーー「歩容」とはどのようなことを言うのでしょうか。

    歩いている時の動きと容姿、全体の体型ということです。

    歩き方や腕の振り、歩幅などに違いが現れますが、現実の歩容認証では、人のシルエット、または、人物の骨格情報(関節点の座標データ)が歩容データとして利用されます。

    ーー歩容認証はどのような場面で捜査に役立つとお考えでしょうか。

    防犯カメラ映像に対象者が映っていても、サングラスやヘルメットで顔を隠している場合は顔での認証が困難になります。

    歩容認証には顔の情報は必要ありません。シルエットがわかれば判断できます。

    ーー画像が不鮮明でも対応できますか。

    不鮮明すぎるとだめですが、ある一定以上の解像度があれば大丈夫です。たとえば、顔がわからない程度の不鮮明さであれば問題ありません。

    一方、歩容認証する際はある程度のコマ数の映像が取れていないとやりにくくなるというのはあります

    ーーカメラに映っている対象者が遠く離れていても解析はできるのでしょうか。

    先ほど申し上げた通り、解像度が一定以上あれば大丈夫です。

    最近は4Kや8Kの防犯カメラも出ているので、その標準程度の解像度で50〜100メートルくらいの距離であれば問題ありません。

    ただ、1キロ先などあまりに遠いと空気の揺らぎなどが影響するので、単純に解像度があればいいというわけでもありません。

    ーー先生の研究室は6万人規模の歩行映像データベースを所有しているそうですね。

    我々が研究用に集めたデータです。幼児からお年寄りまで幅広い性別・年齢の方を含んでいます。

    それ以外にも1万人規模の14方向からの多視点映像や、荷物の所持状況など多様なデータベースを保有しています。

    そのデータベースを活用し、深層学習に基づく認証手法を開発しています。

    ーー最近はさらに性能が上がっていると聞きます。

    これは前からですが、歩数は「2歩」あれば識別できます。

    最近は大量のデータがあれば、従来のパターン認識ではなく、深層学習のアルゴリズムを使うことで認証性能が全体的に高まっているというのが現実としてあります。

    しかし、これは歩容に限らず、すべてのパターン認識の世界が深層学習によって性能が上がっているということになります。

    ーー誤りが出る確率はどの程度なのでしょうか。

    10年前は1.5%の確率で誤りがありましたが、今は0.2%前後くらいになりました。

    ーー捜査でも十分使用可能ということですね。

    ただ、注意すべき点はあくまで「無矛盾」の情報で、たとえば二つの映像に映った人物は矛盾しないということを示すものになります。

    歩容認証は裁判で証拠として採用されていますが、あくまで状況証拠の一つ。DNA鑑定や虹彩の方が証拠としては大きいです。

    ーーしかし、警察側は確実に起訴してもらうため、「もう一つ支えが欲しい」ということがあるかと思います。その点、歩容認証は大きく役に立つのではないでしょうか。

    もちろん証拠能力はあります。

    先ほど申し上げた通り、たとえば二つの映像を見比べていたとき、これまでは捜査員が目視でみていたと思うのですが、「この二つの映像が同一人物である可能性は何%である」ということは言えます。

    つまり直感ではなく、確率で、数字として表現できることが歩容認証です。

    ーーまるでドラマみたいな世界ですね。課題はありますか?

    課題というか、最近の研究では、全身が見えない、つまり一部しか映っていない場合でも認証できるように取り組んでいます。

    要するに、より難しい問題にチャレンジしているということです。

    ーー捜査以外にも使えると聞きました。

    歩容認証は年齢や性別の推定もできるので、マーケティング目的にも使えます。

    それから医療の世界では、歩行の仕方自体が診断補助に使われるケースもあるので、そういった時に使われる応用もあります。

    歩容認証は様々な場面で使うことができます。