元陸上自衛官の女性が、部隊内で複数の男性隊員から性被害を受けた、と実名で語った。
宮城県東松島市出身の五ノ井里奈さん(22)だ。7月27日、BuzzFeed Newsなどの取材に応じた。
関わった男性隊員3人は強制わいせつ容疑で書類送検された。しかし、不起訴になったため、五ノ井さんは検察審査会に不服を申し立てている。
五ノ井さんは小学校の時、東日本大震災で被災し、住民の支援に来た女性自衛官の姿に憧れ、「私も人を助けたい」と同じ道を志した。
しかし、性被害で退職に追い込まれることになった。
BuzzFeed Newsの取材に、「未来の自衛官のためにも泣き寝入りせず、声をあげたい」と語った。
津波で車がぐちゃぐちゃに
宮城県東部の東松島市で生まれ育った五ノ井さんが自衛官を志したきっかけは、小学校5年生の時に被災した東日本大震災だった。
体育の授業中に激しい揺れに襲われた。
近所の男性が「津波が来る」と学校に駆け込んできたため、校舎2階に避難すると、間もなくして濁流が押し寄せた。
学校の1階は浸水。避難する前に親と一緒に帰宅した児童は途中で津波にのまれて亡くなった。
隣接する石巻市で働いていた母親とは連絡が取れず、校舎で1週間過ごした。
ガソリンの匂いが漂い、校庭は津波で流されてきた車がぐちゃぐちゃに積み重なっていた。
同級生らと円になり、教室のカーテンを毛布代わりにして寝た。自らも、友達も涙が止まらなかった。
避難先で活動していた女性自衛官
1週間後、母が車で迎えに来た。
家を見にいくと、1階が津波で浸水していた。そして、ゲージに入っていた愛犬2匹が死んでいた。
トイプードルの「チャチャ」、ビション・フリーゼの「ラブ」。2匹とも幼少期から一緒に育った犬だった。
「学校から自宅までは数分だったのに。助けられなくてごめん」。自責の念にかられた。
希望が見えないまま、避難所となっていた公民館で生活することになった。段ボールを床に敷いて寝泊まりした。
家に帰れない。幼い頃から続けていた柔道もできない。亡くなった人も大勢いる。残された人も絶望の淵に突き落とされているーー。
そんな非日常は3か月続いた。
しかし、くじけそうな心を支えてくれた存在がいた。それが、公民館で活動していた女性自衛官だった。
「腕相撲しよう」と女性隊員が声をかけてくれた
女性自衛官らは、災害時用の風呂場を設営したり、炊き出しをしたりしていた。
ある日、お風呂から上がった五ノ井さんが女性隊員に「ありがとうございました」と言うと、「一緒に腕相撲しよう」と女性隊員が声をかけてくれた。
結果は負け。それでも「こんな力強い女性になりたい」と希望が見えた。そして、「いつかこの女性隊員に腕相撲を勝ちたい」と思った。
未曾有の災害に巻き込まれた中で、少し気持ちが紛れた瞬間だった。
次の人生は自衛隊
公民館を出た後、母らとアパートに入居した。
柔道も再開し、五輪を目標として練習に打ち込んだ。中学生の時には全国大会にも出場し、高校は私立の強豪校に進学。
同級生との関係がうまくいかず、兵庫県の強豪校に編入したが、柔道の成績が認められて山口県の大学から声がかかった。
大学でも柔道を続けたが、尊敬していた監督が辞めたことから大学1年生の時に中退した。
次の人生ーー。そこで頭に浮かんだのが自衛隊だった。
震災時の経験や、柔道を続けて五輪を目指せる環境が整っている自衛隊に「いつかは入りたい」と思っていた。
そして、2020年に陸上自衛隊員になった。
いきなり抱きつかれた
配属先は、東北方面の中隊。当時は隊員58人のうち、女性は5人(1人は育休)だけだった。
配属前に女性の先輩隊員から「セクハラに気をつけて」と忠告されていたため、ある程度は警戒していたが、いきなり山での訓練中に性被害を受けた。
訓練では大きいテント「天幕」を設営して寝る。訓練が終わった後、若い隊員が先輩のためにご飯をつくらなければならなかったが、そこで酒に酔った男性隊員らに胸を触られたり、頬にキスをされたりした。
廊下でいきなり抱きつかれることも度々あった。同部屋の女性隊員らと「今日はこのようなセクハラがあった」と話すのが日課になっていたという。
災害時に人を助けたい。柔道を続けて五輪に出たい。そんな決意で門をたたいた自衛官の道。「ここで辞めるわけにはいかない。耐えたらいつか終わる」と思っていた。
押し倒された
しかし、性被害はエスカレートしていく。
昨年8月、遠方の訓練先の宿舎で開かれた宴会で、男性隊員から「接待しろ」と言われた。
男性隊員十数人が集まっていたが、女性隊員の姿はなかった。すると、上司が男性隊員に「五ノ井に技をかけてみろ」と言い、男性隊員と組まされた。
首をひねられてベッドに押し倒され、股を広げられた。そして、腰を何度もふってきた。
別の男性隊員2人も同様の行為をしてきたが、周囲は笑っているだけで止めに入ってくる人物はいなかった。
恥ずかしくて顔が引きつった。
「誰にも言わないで」と言われ、その時の恐怖で「わかりました」と言ったが、「もうここにいるのは無理だ」と思った。
中隊長に相談したが、「訓練は訓練だ」と言われた。泣きながら「私が死んだらどうするんですか」と訴えると、実家に帰ることになった。
しかし、関わった男性隊員らが調査で証言しなかったため、自衛隊内の犯罪を捜査する警務隊に被害届を出した。
関わった男性隊員3人は強制わいせつ容疑で書類送検されたが、検察庁は不起訴とした。
検察庁の担当者からはこのように言われたという。
「五ノ井さんの証言は真実だと思うけど、20人が『見ていない』、『やっていない』と言ったら難しくなってくる」
「腰をふったという証言が出ていない。客観的な証拠がないので五ノ井さんの証言だけでは立証するのが難しい」
再調査を求める署名活動
「迷彩服を見たくない」
五ノ井さん適応障害の診断を受け、休職したまま今年6月に退職した。現在は、昨年8月の性被害について第三者委員会による再調査を求める署名活動をしている。
署名はオンライン署名サイト「Change.org」を通じて行われており、自衛隊で性被害に遭った経験などを書き込むアンケートもサイト内にある。
性被害という深刻な問題で、実名で取材に応じたのは、なぜなのか。
五ノ井さんは「女性自衛官が同じような被害を受けないため」という。
「別の女性隊員も性被害に遭ったという話はよく聞きます。しかし、周囲に相談しづらい環境にあります」
「この被害をなかったことにはできません。未来ある隊員が安心して勤務できるように、泣き寝入りせず、行動します」
陸上自衛隊陸上幕僚監部はBuzzFeed Newsの取材に、「性被害の内容について調査中のため、回答は差し控える」とした。