使いどころ不明な「ストックフォト」の謎

    いったい何のために?

    ストックフォトを検索すると、たまに用途不明の変な写真が出てくることがある。そんなとき、撮影者の個性が垣間見えたようで少しうれしい気持ちになる。

    当然、写真がたくさんダウンロードされた方が撮影者の収益につながるだろう。そう考えると、撮影者としては、なるべく汎用性が高く、個性が強すぎない写真を提供するのがよさそうだ。事実、ストックフォトの提供サイトには、無機質で無個性な写真が多く並んでいる。

    しかし、ストックフォトで画像を探していると、そんな無個性な市場に対し、まるで“小さな抵抗”をしているかのような個性的な写真に遭遇することがあるのだ。

    例えば、これである。

    タイトルは「銃で猫を守る怒っている先輩女性の写真素材」だ。汎用性という概念と対極にあるような写真である。意図はよくわからないが、きっと楽しんで撮影したのだろうということだけは伝わってくる。

    ストックフォトには、なぜこのような写真や画像が存在するのだろうか。残念ながら、上記の写真の撮影者の方に話を聞くことはできなかったが、いくつか気になった“奇妙なストックフォト”の意図を聞けたので紹介したい。


    ①プチプチ越しに見えるスーツ姿の男性

    ストックフォトで「スーツ姿の男性」を見かけるのは別に珍しいことではない。しかし、「プチプチ越し」となると話は別だ。これはいったい何を表現しているのだろうか?

    制作者の八木スタジオ 八木宣行氏はこう話す。

    「スーツを着た若い男性のポートレイトに半透明のプチプチを重ねることで、仕事へのストレスや閉塞感など“負の感情”をユーモラスに表現したいと考えました」

    「また、プチプチがモザイクのように作用しているので、デジタル上の不透明性なども表現できると思います」

    というわけで、今後この写真をどこかで見かけても驚かないでほしい。そこで表現しているのは「プチプチ越しに半笑いするスーツ男」ではなく「仕事へのストレス」や「デジタル上の不透明性」なのだ。

    ②綱渡りする力士

    これもまた斬新な画像である。綱渡りまではなんとなくわかる。しかし、なぜ、力士なのか?

    制作者のジョン・ルンド氏が解説してくれた。

    「この画像では、大きくて力強い人物が、予期せぬ機敏さを発揮することを表現しています。大企業が素早く市場に対応する様子なども表現できると思います」

    なんと、力士は小回りのきく大企業を表現していたのだ。同氏は、他にも力士が登場する画像を提供している。それが次の画像だ。

    ③会議室のテーブルの上で構える力士

    「この力士は、ビジネス上で直面する課題のメタファー(隠喩)なのです。役員会議室のテーブルの上に彼を立たせることで、企業とそのマネジメントに大きな困難が訪れることを示唆しています」(ジョン氏)

    いったいどれだけの人が上記のメッセージを読み取れただろうか。我々は、力士を読み解く高度な思考能力を試されている。

    そして、力士の画像を提供しているのはジョン氏だけではない。次に紹介するドナルド・イアン・スミス氏もその一人だ。

    ④エネルギー波のようなものを解き放っている力士

    ドナルド氏はこの画像について「現代の科学技術の中でその居場所を探す“伝統的な慣習”を表現しています」と説明してくれた。わかるようでわからないコンセプトだ。

    同氏による力士の画像は他にも多数ある。

    ⑤未来のスケボー的な何かに乗る力士

    「未来のテクノロジーの強さとバランスを表現しています」(ドナルド氏)

    ⑥四股を踏む瞬間を氷漬けにされた力士

    「何かがはじまる瞬間への待ち時間やためらいを表現しています」(ドナルド氏)

    ⑦紅葉の中を舞う力士

    「再生や新たなはじまりの予感を表現しています」(ドナルド氏)

    ⑧ガラス状の力士

    「ガラスのように物体を加工する技術を学んだので試してみました」(ドナルド氏)

    ⑨天使の羽が生えた力士

    「これはただのお遊びです」(ドナルド氏)

    力士以外にも、ストックフォトには日本をモチーフにしたものがたくさんある。中でも気になったのが次の写真である。

    ⑩角のカチューシャをつけて鹿を追い回す会社員

    これは、いったいどんなシチュエーションなのだろうか。撮影者デイビッド・サックス氏にコンタクトをとってみたところ、悲しい事実が判明した。

    「デイビッドは2013年にガンで亡くなりました」

    返事をくれたのは妻のアンジー・サックス氏だ。デイビッド氏は生前、常に世界中を飛び回り、現地の人々の写真を撮っていたという。

    「彼は、よく撮影した人たちについて楽しそうに話してくれました。デイビッドは人が大好きだったんです」

    たしかに、デイビッド氏が提供している写真には、世界中の人たちの姿が写っている。

    一つ一つの写真はわりとありがちなストックフォトだが、並べて見ると一人の写真家の人生が浮かび上がってくる。

    先述の“角のカチューシャをつけた男性”も、度々登場していた。きっと、日本での楽しい出会いだったのだろう。


    “奇妙なストックフォト”には、制作者の工夫や遊び心、人生が反映されていた。